#2 言い訳と後悔





 何とも言えない空気が俺と森凱さんの間を漂っている。

 これもある種の修羅場と言えるのではないだろうか・・・

 頭の中が真っ白で脳が上手く回らず、この状況をどうすればいいのか分からない。

 しかし、この状況を作り出したのは他でもない俺であって、俺が何とかするしかないか・・・


「・・・・・・・・・」


 森凱さんは閉口したまま、困惑とも不安とも取れる表情を浮かべている。


「えーっと・・・」


 俺は情けない事にそんな言葉しか出てこなかった・・・

 苦笑いを浮かべながら、頬を掻く。

 何でもいいから二の句を継げッ、俺よ!

 心の中で自分自身を叱咤激励するがあまり効果がない。


「今、好きって言った・・・?」


 もしかしたら森凱さんにさっきの俺の発言は聞こえていなかったと一縷の望みを託していたが、それもダメだったみたいだ。しっかり聞かれていた。


「えっ、あぁ、す、好き、好きだよ、花がね」


 情けない。俺はなんと情けない男か・・・


「お花ね・・・ そうだよね、黒若君がわたしの事なんて・・・」


 森凱さんは正面に向き直った。

 俺はその小声が聞き取れたが、特に反応出来なかった。

 今の俺にはそんな余裕はなかった。スルーしたくてしたわけじゃない。気が付けばスルーしていた。


 それ以降お互いに会話がなく、黙々と草むしりを続けた。

 この気まずさでは今日は流石に用務員室には寄らないよなぁ・・・


 用務員の田中さんに週2のエキストラワークを任された俺と森凱さんは田中さんの計らいで、用務員室でお茶とお茶菓子をたまにもらっている。

 特定の生徒を贔屓するのは良くないらしくので、この事は他の生徒には秘密だそうだ。

 俺は何気にこの時間を楽しみにしている。森凱さんとも落ち着いて話が出来るし。

 特に今日みたいな蒸し熱く、汗を掻く日なら尚更だ。草むしりの後は、喉も乾くし、小腹も空く。

 しかし、この気まずさのまま森凱さんと一緒にいられる程俺はタフではない。


「ふぅー」


 ため息をつきながら、とりあえず目の前の作業に集中する。

 雑草を親の仇の様に次から次へとむしり取りながら煩悩を滅していく。

 しかし、煩悩は手強く、何度も何度も俺の頭をすり抜けていく。


 今、森凱さんは何を考えているのかなぁ・・・?

 さっきの事なんて俺が気にしている程気にしてないだろう。

 いや、やっぱり気にしているかも・・・

 俺があの時、勇気を出して本当の事を言っていたらどうなっていたのだろうか・・・?

 森凱さんも俺の事が好きだったりして・・・

 でも、もしそうじゃなかったら、今後の美化委員が気まずくて仕方ない・・・

 はぁ~、俺はどうしたら良かったんだろうか、そして、今後どうするべきなのだろうか・・・


 そんな答えの出ない不毛とも思える考えを繰り返している内に、今日分の草むしりが終了した。

 軍手を片付け、草むしりした雑草が詰まったビニール袋をゴミ捨て場まで運ぶ。

 その間に会話がないのが息苦しく・・・


「帰ろっか・・・」


 俺は小さく頷いて、二人して校門まで歩いた。

 校門のバス停には運良く最寄り駅までのバスが停車していた。

 俺たちはそれに乗り込んで駅へと向かう。

 近年は大方の公共交通機関が自動運転化されており、学生はタダ同然で乗車出来る。

 運転席と呼ばれる場所には人型の機械があり、乗り降りの挨拶や案内をしている。


 物心付く前から自動運転が当たり前の俺たちの世代には人型ロボットなんて必要に感じないが、まだ実際に人が運転していた時代の人たちには無人で車が動いているのが不安らしく、精神衛生上の観念から人型ロボットが取り付けられている。

 これは年配になるほど顕著らしい。


 人型ロボットの挨拶を無視して、森凱さんと一緒に座席に座る。

 バスは数分もすれば出発の時間だ。

 しかし、この数分の時間でさえ今の俺には果てしなく長く感じる。

 何か他愛もない事でもいいので喋ればいくらかマシなのかもしれないが、何故か喉から声が出てこない。


「・・・蘇鉄」


「―――えっ?」


「この前黒若君が話してくれた蘇鉄を知るきっかけになった小説、貸してくれるって話覚えてる?」


 森凱さんの声がすーっと耳に入り、喉のつっかえを取り除いてくれた。


「あぁ、覚えてるよ。今、母さんと交渉中。うちの母さん、自分のコレクションの小説はあまり他人に貸したがらないから、もうちょっと待ってくれ」


「ううん、全然いいよ。無理にとは言わないから・・・」


 いつの間にかバスは出発しており、最寄りの駅へ向かっている。

 先程の会話をきっかけに普段通りの会話を交わすことが出来た。

 会話はすごく盛り上がる訳でもないけど、気まずくなる訳でもない。

 だからか、気がつけば最寄りの駅に着いており、一緒に電車に乗り込んで、森凱さんの降りる駅まで無事に見送れた。


 地元の駅に降りて、自宅までの帰路を歩きながら、今日の放課後の出来事を振り返る。

 自分の間抜けな発言と意気地のなさ。

 幸い、今日の事で彼女から嫌われている素振が無かった事が唯一の救いだ。

 しかし、俺の心の比重は自分自身への情けなさが大半を占めており、その足どりは決して軽いものではなかった。


 


 

 

 

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