【終章】次世代編
#1 美化委員の二人
空が一面薄暗い雲に覆われていても、周りが明るくて、完全に暗くないのは何故だろうか。
その雲の向こうに太陽があって、太陽の光を全て遮っている訳ではないと自己完結する。
薄っすらと額に汗をかきながら、俺はそんなどうでもいい事を考えていた。
5月初旬にしては湿度が高く、蒸し暑い一日。
放課後の時間でみんながそれぞれの青春を謳歌している中、俺は中庭で草むしりをしている。
正確には俺一人ではない。
すぐ傍には俺と同じ美化委員の女の子が一人、俺と同じく草むしりをしている。
壊滅的に運動神経がない俺は、中学の頃から部活というものに縁がない。
別に運動部だけが部活ではないが、文化部に入る気にもなれなかった。
そして、この高校でも部活には所属しておらず、帰宅部を貫いている。
本来であれば、放課後は帰宅部にとって最大の活動の帰宅をする時間なのだが、社会にはルールと言うものが存在する。
俺はそのルールに則って、与えられた美化委員の仕事をこなしている。
部活に所属していない人から積極的にクラスの委員に割り振られる。
一見不平等の様に思えるが、それがルールだ。暗黙のルールと言うやつだ。
「はぁ~、あつッ・・・」
美化委員の仕事は楽な部類ではない。
まず、基本的に屋外での作業になるので、エアコンの効いた屋内の委員の仕事に比べてかなりキツイ。
運動神経のない俺に体力があるはずもなく、花壇の草むしりだけでバテバテである。
「大丈夫?」
もう一人の美化委員である森凱さんが手を休め、一息つきながらこちらを見ている。
森凱さんは黒髪を三つ編みにし、前髪は垂れていておでこを隠している。メガネを掛けている事もあって、かなり地味な見た目をしている。
女子高生としては普通な気もするが、ませている他の女子連中と比べるとどうしても大人しい印象を受ける。その見た目も性格も。
「大丈夫。俺こそ悪いな、余計な仕事増やしちゃって」
「ううん、別に気にしてないからいいよ。それに、黒若君が悪いわけでもないし・・・」
森凱さんは言葉を発しつつ、また草むしり作業に戻った。
彼女はああ言ってくれているけど、少し罪悪感を感じる。
植木などの花壇の管理は普段は用務員のおっさんが行っていて、俺たち美化委員はその補助的な事しかしない。
活動もクラス毎で分けられ、各クラスは週1回のものである。
しかし、俺と森凱さんは週2回美化委員の活動をしている。
事の発端は2年生に進級して、最初の委員会の集まり。
美化委員は校舎の正面玄関前に集まり、用務員のおっさん―――田中さんから説明を受けていた。
そこで俺がボソッとこの
それが正面玄関先に植えられており、少し南国の雰囲気を
田中さんは高校生の俺がそんな事を知っている事が珍しかったらしく、蘇鉄について熱く語りだした。
日本には三大蘇鉄があり、大阪にある妙国寺にある
この手の話は嫌いではないが、蘇鉄自体はたまたま知っていただけだ。
母さんから借りた小説に登場したので、興味本位でネットで検索した程度の知識しかない。
だから、あまり熱く語られても困る。
そして、田中さんに気に入られた俺はどこかの1クラスだけがしないといけない週2回での活動を頼まれた。
こういう場合は逆にその担当から外してくれそうなものだが、俺が植物好きで、積極的に美化委員に参加していると勘違いされたらしく、熱心にお願いされた。
正直あまりやりたくなかったけど、その熱意に押されて渋々承諾したが、承諾した後に、森凱さんに相談せずに決めた事に気づき、彼女へ平謝りをした。
その時も森凱さんは全然気にしなくていいよ、と言ってくれて、正直安堵した。
普通、美化委員の仕事なんてやりたくないだろうに・・・彼女には申し訳ない気持ちになる。
でも森凱さんは、わたしも植物好きだよ、と小声で言っていた。
わたしもと言う言葉に少し引っかかりを覚えたが、その時の彼女の横顔が印象的で、普段の大人しい印象とは違って、凛々しく、美しかった。
その時からだったかもしれない、俺が彼女に惹かれ始めたのは。
お互い口数が多い方ではなかったが、美化委員の活動を重ねる毎に会話が増えていった。
おさげの三編みも一見地味に思えるが、彼女の亡くなったおばあちゃんがよく森凱さんが幼い頃によく編んでもらっていたから今でも続けているらしい。
俺も母方と父方の祖父母にはよくしてもらっているので、その気持ちが分かる。
そういった内面の美しさも森凱さんの魅力の一つなのかもしれない。
俺は草むしりする手を止め、森凱さんの横顔を見つめた。
彼女は軍手をはめた両手で必死に雑草を引き抜いている。
中にはしぶとく根を張る雑草もあって、眉根を寄せながら悪戦苦闘している表情も可愛く思える。
森凱さんを見つめ過ぎてしまったのか、彼女は俺の様子に気づいてこちらに振り向いた。
「どうしたの・・・?」
「―――好きだ」
「えっ・・・!?」
「―――あっ!」
俺―――
それを聞いた彼女―――
お互いに素っ頓狂な声を上げて見つめ合う。
そして、沈黙がその場を支配した。
俺の額からは暑さからくるそれとは違った別の種類の汗をかいた。
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