#6 雨降って地固まる




 俺はラブホテルを出た所で、真桜をおんぶして歩き出そうとした。


「おい! お前誰だ? 井手亜さんから離れろ! 田ノ下の知り合いか? と、とにかく井手亜さんから離れろ!」


 すると、凄い剣幕のパンクなファッションの女に絡まれた。

 真桜の知り合いか?


「あ、赤井さん・・・? どうしてここに?」


「あっ! 井手亜さん大丈夫か? その男に酷い事されてないか?」


 酷い言われようだな、俺・・・

 俺って人を襲う様に見えるの・・・か?


「赤井さん大丈夫、この人は私の彼氏で、黒若英雄君。だから、大丈夫」


「へっ? か、彼氏?」


 俺が真桜の彼氏と分かると赤井さんは平謝りしてきた。

 暴漢に間違えられたのは心外だけど、どうやら真桜を心配してここまで来てくれたみたいで、見た目に反して良い人みたいだ。


「それで、赤井さんはどうしてここに?」


「あぁ、あの後暫くして合コンは解散したんだ。それで、柚希と二人で帰ってたら酔いが回ったのか訊いてもいないのにとんでもない事を喋りだしたんだ」


 赤井さんの話してくれた内容を聞いて俺と真桜は驚愕した。無理やり合コンに参加させた事はすでに知っているのでいいとして、柚希って子が真桜の飲み物に少量だが、お酒を入れていたらしい。

 なんでも、今日行った居酒屋は柚希の知り合いがやっているらしく、彼女の言う事なら多少融通が効くそうだ。

 知り合いの頼みとはいえ、ソフトドリンクにこっそり酒を混ぜて提供するのはどう考えてもアウトだろ。

 そして、最後に田ノ下が無理やり真桜を襲うであろう事まで喋ったそうだ。

 柚希って子は前々から真桜の事を良く思っていなかったみたいで、美人を鼻にかけて目障りとか、多数の男に言い寄られているが、その全てを袖にしている事に対してムカつくとか、色々愚痴ったらしい。

 簡単に言えば嫉妬なんだろうけど、だからってクズ男に売るとか酷過ぎないか。


「でも、私と赤井さんは今日知り合ったばかりの他人なのに、どうしてわざわざ私を探してくれたの?」


「はぁ? クズ男に無理やり犯されそうになってるって聞いたら助けに行くのが普通だろ? 初対面だろうが、そんな話を聞いて、はいそうですか、とはならないだろ、普通。 なんだ? オレが可笑しいのか?」


赤井さんの感性が可笑しいとは思わないが、普通でもないだろう。

 今日出会った人の為に行動できる人はそうはいない。それがどれだけ危険な事でも。

 赤井さんは損得なしに他人の為に行動出来る人なのだろう。


「それで、田ノ下はどうしたんだ? 何もされてないのか?」


「ありがとう、赤井さん。でも、大丈夫。ヒデ君に助けてもらったから」


「赤井さん、俺からも礼を言わせてくれ。真桜を心配して探してくれてありがとう」


「いや、オレは何もやってないし、礼を言われるほどじゃね。それにこんな頼れる彼氏がいるならオレなんて要らなかっただろ」


「なあ? 赤井さん、真桜と友達になってくれないか?」


「「えっ?」」


 真桜と赤井さんが同時に素っ頓狂な声を上げた。

 そんなに変な事言ったかな?


「いや、真桜ってこう見えてもちょっと抜けてる所があるから、赤井さんみたいな人が友達だと俺も安心できる。まぁ、無理にとは言わないが」


「いや、嫌ではないけど・・・ 井手亜さんはいいのか? オレって女だけどこんな感じだし」


「寧ろ、私からお願いしたいぐらい。赤井さんとだったら自然体でお話できそう」


「そ、そうか、ならよろしく! 紅羽って呼んでくれ。オレも真桜って呼ぶから」


「分かった、紅羽、ありがとう。後、ヒデ君。私がちょっと抜けてる所があるってどういう事?」

「あっ! やっぱりそこはスルーしてくれないか・・・」


 背中越しに真桜の怒りを感じる。

 疲労困憊のはずなのに、二回ほど頭をポカポカと叩かれた。

 真桜が実際に抜けている所があるかどうかは置いておくとして、今回は運が悪かっただけだ。

 真桜のお酒の弱さと店ぐるみでお酒を飲まされたのだ。

 誰だってどうしようもないと思う。

 完璧な人間などいない。

 だから、今回は俺を頼ってくれた事は素直に嬉しかったし、最悪の事態は避けられて良かった。


「それにしても何で柚希は紅羽にそんな話をしたんだろう?」

「さぁな。大方オレが柚希の意見に同調すると思ったんだろう。なめられたものだな。友達は選んだ方がいいぜ、真桜」

「うん、そうだね・・・」

「まぁ、オレも人の事は言えねぇけどな」


 二人は早速自然体で話をしていた。

 そして、真桜と赤井さんは連絡先を交換して、俺と真桜は赤井さんと別れた。


「じゃ、オレは帰るから、また大学でな!」

「うん、ありがとうね。またね」

「気をつけてな」


 女性を夜中に一人で帰らせるのは忍びなかったが、赤井さんも全然気にしなくていいと言ってくれた。

 寧ろ、真桜をしっかり家に送り届けろと鋭い眼光で言われ、少したじろいだ。


 地元の駅に帰ってきて家までの道を歩いている俺達だが、真桜はまだ俺の背中にいる。

 今日は珍しく甘えてくる。多分、立って歩けるぐらいには回復しているみたいだが、今はそんな気分なのだろう。


「今日はありがとうね、ヒデ君」

「いいよ、全然気にするなって」

「気にするよ、だって凄く迷惑掛けたもん・・・」


 やっぱり真桜はいざと言う時、俺を頼るのを躊躇っているな。


「昔さぁ、小学校三年か四年生の頃に俺が上級生とケンカして大怪我して帰ってきた事があっただろ?」

「えっ、う、うん・・・」

「あの時の真桜さぁ、俺の事見て大泣きしただろ。ヒデ君が死んじゃうって」

「そんな事もあったね。ねぇ、急にどうしたの?」

「真桜。あの時の事をまだ気にしているのか?」

「えっ・・・?」

「今にして思えば、あの頃から真桜は変わった。いつも俺の後ろにくっ付いて来ていたのが嘘のように、前へ出る様になった。クラスメイトとも積極的に話に行くようになった」

「それはヒデ君が私を守ってくれたからっ! イジメもなくなりだしたし・・・ 全部ヒデ君の―――」

「それは違う。真桜が努力したからだ。周りがどれだけサポートしても本人にやる気がなければ中々上手くいかない」

「・・・・・・・・・」

「俺は大した事はしていない。あの頃の俺は幼稚園から一緒の家も隣のいつも傍にいる女の子の悲しい顔を見たくなかっただけだ」

「でも、私はそれに救われた」

「そう言ってもらえると子供の頃の俺を褒めてやりたいね。でも、それは今でも一緒なんだぜ? 真桜の悲しむ顔なんて見たくない・・・」

「・・・ごめん」

「謝らなくていい。ただ、昔みたいに俺を頼ってほしい。どうしようもなくなったら俺を頼ってほしい」

「・・・うん」

「堅豪を覚えているか?高校の」

「えっ? う、うん。覚えてる・・・」

「実は堅豪が真桜を呼び出した日、俺は二人のやり取りの一部始終を見ていたんだ」

「―――?!」

「あっ、凛々子じゃないぞ。サボろうとしていた堅豪を連れ戻そうと後を追いかけていたら、あの部室に行きついたんだ。それで、物陰に隠れている凛々子を見つけて事情を聞いた」

「そうだったの・・・ 知っていたのね」

「悪い、今まで黙っていて。ただ、ずっと俺の中で答えが出なかったんだ。少なからずショックだったから・・・俺って頼りにならないのかなぁって」

「そんな事ないっ! そ、それは全部私が悪いのっ!」

「分かっている。今なら真桜の気持ちを分かっているつもりだ。だから、ショックだったけど、少し嬉しい気持ちにもなったんだ」

「えっ?」

「だってそうだろ。真桜はずっと子供の頃の事を覚えていて、それに遠慮と感謝が入り混じっているんだろ?人ってさぁ、付き合いが長ければ長い程、お互いの事が当たり前になり過ぎて感謝を忘れやすい生き物だ。友達、恋人、家族。相手から与えられる事が当たり前になって、感謝を忘れ、逆に相手に与えて見返りを求める。私はこんなにやってあげたのに、あなたは何もしてくれないって感じで。それを考えると俺は幸せ者だ。ずっと大好きな人に想われている訳だからな」

「なんで、なんで、そんな・・・」

「真桜、結婚しよう」

「えっ?」

「真桜が肩肘張らずに生きられるように俺にも支えさせてくれ。俺が挫けそうな時は支えてくれ。家族になれば遠慮なんていらない。お互い、感謝を忘れずに一緒に生きていこう」

「うぅぅ、はっい。私をヒデ君のお嫁さんにして下さい」


 思わずプロポーズしたが、後悔は一切ない。

 真桜となら、幸せな家庭が築ける。

 学生の身分で結婚するのは難しいので、婚約という形にした。

 でも、大学を卒業して社会人になればすぐに籍を入れるつもりだ。

 真桜もそれで納得している。


「じゃ、婚約指輪買わなくちゃね」

「あぁ、そうだな」


 婚約指輪ってどれぐらいするんだろうか・・・?


 俺は心の中で小さく呟いて、プロポーズを受けてもらえた浮かれ気分から少し現実に引き戻された。







 


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