#7 大学にて②





 大変な事と嬉しい事があった金曜日から週明けの月曜日。

 私はいつも通り大学に通っている。


 金曜日の夜遅くに帰ってきた私は体のダルさから化粧だけを落としすぐに眠りについた。

 そして、一夜明けた土曜日に私は一時的に高熱にうなされた。

 恐らく、『守る君19号』の使用の反動と、慣れないお酒で酔った事でそれらが相まって寝込んでしまったのだろう。

 その所為で、土曜日のアルバイトはお休みさせてもらった。

 ヒデ君もその日は日中にアルバイトがあったのだけど、出勤前に私の元を訪れて様子を見てくれた。

 私が高熱を出していると聞いて、凄く心配そうな表情を浮かべていた。

 その顔を見て私の体は疲れとは裏腹に温かい気持ちになった。


 嗚呼、私は愛されているだな・・・


 ヒデ君が部屋を去った後は、ずっとベッドに横になって過ごした。

 さすがに何かをする気にもなれないし、体調の回復を優先しないといけない。

 しかし、何もせずずっとベッドで寝ていると昨日の事を思い出す。

 思い出すと頬がニヤけた。高熱にうなされながら「えへへっ」と笑っている今の自分ははたから見たらちょっと不気味だったかもしれない。

 でも、仕方ない。だって、だって、ヒデ君がプロポーズしてくれたんだもん。

 そして、それを考えると布団の中で悶絶してしまった。

 しかし、体力が落ちている今の状態ではすぐにバテて、すぐに横になった。

 落ち着きを取り戻すとすぐに昨日の事が頭を過ぎった。そして、また悶絶した。

 これを何回か繰り返した所為か、少し治りが遅かったかもしれない。

 それでも夕方ぐらいになれば熱も収まり、軽食ぐらいなら食べられるようにもなった。

 お粥を食べている時に、アルバイト帰りのヒデ君が顔を出してくれたので、少しお喋りをした。

 その何気ないひと時にも私は幸福を感じる。

 ヒデ君はまだ体調の悪い私を気遣って、長居はしなかった。

 もっと一緒にいたいと思ったけど、仕方ない。早く体調を戻そうと思った。


 翌日の日曜日も同じような感じで、家で大人しくしていた。

 アルバイトは元々なかったので、気兼ねなく休めた。

 ヒデ君は相変わらずアルバイトがあったので、出勤前と帰宅後に顔を出してくれた。

 私はアルバイト帰りで疲れているヒデ君には申し訳ないと思いつつも、わがままを言って、少し添い寝してもらった。

 彼の温もりを感じるだけで、週末の嫌な事が洗い流されるよう。

 これで明日からも頑張れる。気力と体力が戻った。


 そして、今は月曜日の最終講義を受けている。

 この講義の教授は一回の授業に二回の出席確認を取る、サボりに厳しい人。

 しかも、出席を取るタイミングも毎回決まっておらず、教授の適当なタイミングで取る。

 だから、基本的にずっと講義を受けていないと出席が取りづらい。

 真面目な生徒には別に苦ではないが、サボり癖のある生徒には辛い。

 私は最初から最後まで受けている。

 たまに眠くもなるが、座って話を聞いたりノートを取るだけなので楽なもの。

 講義が終わり最後の出欠確認を終えた私は教室を出た。

 

 この時期は日によって寒暖の差が激しい。

 今日は日差し出ているので、少し暖かく感じる。

 そよ風で薄手のワンピースを揺らしながら、正門へ向かった。

 正門を出たすぐ辺りで男女の声が聞こえてくる。


「ねぇねぇ、いいじゃん、わたしが案内してあげるよ。こんな所で待たずに中で待った方がいいって!」


「いや、いいよ。ここから離れたら待ち合わせの意味がないし、それにもうすぐ約束の時間だからすぐ来ると思うから気持ちだけ受け取っておくよ」


 その人物はヒデ君と柚希。

 ヒデ君は先週の私の出来事を心配して、出来る限り私の大学の送り迎えをしてくると言ってくれた。

 凄く申し訳ない気持ちとそこまでしてくれる気遣いに嬉しくなってします。

 いいよね、今だけは甘えても?


「あれ? 真桜ちゃんだ」


「・・・柚希」


 私が彼女の名を口にするとヒデ君が一瞬、険しい表情になった。


「先週の金曜日は楽しかったね」


 柚希がニヤニヤしながら私の傍に寄ってくる。


「・・・武くんとよろしくやったんでしょ?」


 彼女は私の耳元でそう小さく囁いた。


 そうか、柚希は事の顛末を知らないのか。

 あの状況からだと私が田ノ下に無理やり犯されたと考えるのが普通なのね・・・

 残念。田ノ下は返り討ちにしたから、私に実害はあまりなかった。


「えぇ、楽しかったわ」


 それに対して私が余裕の表情で返すと、柚希は怪訝な表情を浮かべた。

 当然よね。無理やり強姦されているならこんな態度は取れないはず。


「えっ!? 何それ? どうせ武くんに恥ずかしい写真撮られてるんでしょ? わたしにそんな態度取っていいと思っているの?」


 寧ろ、アナタのその態度はどこからくるのかしら?

 ここまで最低な人だとは思わなかった。私って意外に人の見る目ないのね・・・

 何が柚希をここまで駆り立てるのだろうか。


「それは彼に訊いてみるといいわ。まぁ、碌な返事は返ってこないと思うけど」


「えっ? 何? 武くんに何かしたの?」


「それはこっちのセリフよ。もう二度と話し掛けないでっ!」


 柚希は私の態度に困惑と怒りの表情を浮かべている。

 もうこんな人と関わり合いになりたくない。


「柚希さん、俺からも言わせてくれ。真桜にこれ以上関わらないでくれ」


「へっ? 何? 知り合い?」


「えぇ、そうよ。彼は私の彼氏の黒若英雄君」


「う、うそっ・・・」


 柚希が大きく目を見開いて驚いて、少し悔しそうな表情を浮かべた。

 ウフフッ、何を驚いているの? もしかして世界一格好良くて頼りになるヒデ君が彼氏で羨ましいのかしら?

 さっきも柚希がヒデ君を逆ナンパみたいな事をしていたので、そんな彼が私の彼氏で悔しいのね。

 何か少しスッキリした。

 人と比べるのは好きではないけど、今回ばかりは優越感に浸ってもいいよね。


「ヒデ君、行こ」

「あっ、ごめん、真桜。円斗の奴にも連絡していてもうすぐ来るはずだ」


 ヒデ君が言っている人物は、牧原円斗まきはらえんと君。

 彼はヒデ君と私の一年後輩で、中学校のサッカー部からの付き合い。

 高校も同じで、ヒデ君と長い間一緒にサッカーをしていたちょっと小柄な男の子。

 大学は私と同じ所に通っているけど、学内では数回会って挨拶した程度。

 基本的にヒデ君の後輩で、私自身はあまり関り合いはない。


「お待たせしたッス、英雄先輩、真桜先輩」


 その噂の円斗君が駆け足でやってきた。


「おう、久しぶり。お前の高校の卒業以来だな」

「そうッスね。英雄先輩は相変わらずッスか? 真桜先輩とイチャついてるんッスか?」

「相変わらずはお前だっ!ッス言葉直ってないし、先輩の俺を敬わないなぁ」

「敬わってるッスよ。この言葉は仕方ないッス。癖なんで」


 ヒデ君が円斗君の肩に腕を回して、少し首を絞めている。

 円斗君は苦しい素振りを見せているけど、じゃれ合っている感じで楽しそう。

 相変わらずこの二人は仲が良い。先輩後輩と言う関係だけど、もう友達に近いのだろう。


「あれ? 柚希さんじゃないッスか? みんなお知り合いッスか?」


「えっ? えーっと・・・」


 微妙な距離感がある柚希に気付いた円斗君が声を掛けた。

 ん? 円斗君と柚希も知り合いなの?


「し、知り合いよっ! わたし達友達なの。ねぇ? 真桜ちゃん」


 柚希の表情に焦りの色が窺えるけど、どうしたのだろう・・・

 その態度がちょっと気持ち悪い。


「・・・・・・・・・・」


 私は柚希の質問に沈黙で答えた。


「円斗。その女とは関わらない方がいいぞ」


「ちょ、ちょっとあなた何余計な言ってるのよっ!」


 そこへヒデ君が割って入って、場が一気に剣呑な雰囲気になった。

 それを察した円斗君の雰囲気も変わった。


「柚希さん、俺の大事な先輩達に何かしたんッスか? この二人が何もなく他人にこんな態度取らないッス!」


「わ、わたしは何もしてないわよ。この二人の勘違いじゃない? 円斗はわたしじゃなくてその二人を信じるの?」


「俺はまだ柚希さんの事はあまり知らないッスけど、この二人なら中学校からめちゃくちゃ世話になっている人達ッス。どちらを信じると言われれば比べるまでもないッスよ」


「おい! 柚希! まだ真桜に絡んでるのか? いい加減にしろよっ!」


 そこへたまたま通り掛かった紅羽が現れた。


「紅羽っ、な、何? 何を怒ってるのよ?」


「はぁ?! お前覚えてないのか? 金曜日の事? お前酔っぱらって自分の悪事全部ぶっちゃけてたじゃないか?」


「えっ、なっ、・・・うそ」


「真桜の飲み物に酒を入れて酔わせて、男に襲わせようとしたって言ってたじゃないか。オレとも今後一切関わらないでくれよ。そんな最低な奴なんて友達でも何でもねぇよ」


 紅羽の発言を聞いた円斗君の雰囲気がより一層怒気を纏った。


「柚希さん。今のは本当ッスか?」


「ち、違うわよ、そ、そんなのでたらめよっ!」


「でたらめじゃねぇよ。現にお前が勝手にゲロってたし、真桜も実際に襲われそうになったんだ。でも、そこの彼氏さんに助けてもらったらしいけど」


「マジっすか、英雄先輩」

「・・・あぁ、そうだ」


 実際は私が『守る君19号』で自衛して、その後ヒデ君に助けてもらったけど、そんな詳細まで話す必要はない。


「柚希さん、これはどういう事ッスか? 真桜先輩に酷い事して、それを嘘で誤魔化したんッスか? 俺、そういう曲がった事する人大嫌いッス!」


 円斗君のその言葉を聞いた柚希は顔面蒼白になり、涙目になりながら走り去っていった。

 あれほど狼狽えている柚希は見た事がない。


「なんだ?柚希の奴、自分の悪事がバレたぐらいでへこたれ無さそうなタフさなのに、あんな世界の終わりみたいな顔して・・・ まぁ、可哀そうとは思わねぇけどな」

「そうだな、もうあんな奴はほっとこうぜ、赤井さん」

「英雄先輩、この大学じゃないのに知り合い多くないッスか? こんなパンクな女性も知り合いなんて」

「おい! これはパンクじゃねえ! これはヘヴィメタだっ!」

「ええぇ、どっちも一緒じゃないんッスか?」

「一緒じゃねぇよ! チビ助っ! お前見た感じ真桜達の後輩だろ? 生意気な奴だな」

「それはすいませんッスね、男女先輩っ!」

「誰が男女だっ!」

「あんたは俺の事チビ助って呼んだじゃないッスか!」


 出会ってすぐに痴話げんかみたいな事を始めている紅羽と円斗君。

 案外この二人はお似合いなのかもしれない。


「円斗の奴、初対面の赤井さんに対して失礼だなぁ」

「だね。でも、紅羽も人の事言えないかも」

「まぁ、本人らは楽しそうだからほっとこう」


 私とヒデ君はお互い見合って、微笑んだ。


 自分の恥ずかしい所や、嫌な所は人に見られたくない。それが大切な人なら尚更。

 でも、好きで大切だからこそそういった部分も相手に知ってもらう事は大事だと感じた。

 それは凄く勇気がいる事。

 実際、私も先日まではそうだった。

 ヒデ君に心配を掛けたくなかった。

 でも、そんな私をヒデ君は受け入れてくれた。

 だからどんな事があっても絶対にNTRない。だって、私は一人じゃないから。


「おーい、円斗! そろそろ行くぞ。せっかくだから、赤井さんも一緒に行くか? これから三人でご飯食べに行くんだよ」

「いいけど、このチビ助も来るんだろ?」

「だから、チビって言わないで下さいッス!」

「ほら、二人共喧嘩しないの。紅羽も煽らないの」

「そうだぜ。みんな仲良く行こう」


 私達四人は一緒に歩き出した。



 ε ε ε ε ε

 あとがき

 これにて大学生編は終了となります。

 ここまで読了ありがとうございます。

 現在、人物紹介を書いています。

 そちらでここまでの作中で説明し切れなかった部分を補足したいと思います。

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