#3 舞台裏





 放課後のいつも通りの部活動。

 練習の為の準備を一年生全員でやっている時に、堅豪がまたしてもサボろうとしていた。

 自分の仕事を他の一年生に押し付けたと思ったら、グラウンドから離れ何処かへ行こうとしているのが目に入った。

 俺はさすがにこれ以上堅豪のサボり癖を見逃せないと思って、他の一年生に一言断りを入れて、堅豪を連れ戻す為に後を追った。

 正直、堅豪に面と向かってサボり癖を注意したら、言い争いになって喧嘩になる事も覚悟した。

 しかし、サッカーは団体競技であり、一人の勝手な行動は全体の士気を下げる。

 他の一年生は人気者の堅豪に嫌われたくなくてあまり口答えしていないみたいだが、誰かがいつかは言わなければならないと思う。

 なら、比較的仲の良い俺が適任だ。

 素直に聞いてくれる可能性は低いが、一度腹を割って話さなければ分からない事もある。

 少し、スポコン漫画っぽい気もするけど、俺を含めみんな真剣に部活動に取り組んでいるのは事実だ。


 そんな事を考えながら小走りで堅豪の後を追っていると、今は使われていない立ち入り禁止の部室に堅豪が入っていくのが見えた。

 ここを普段のサボり場所にしているのだろうか?

 ここなら滅多に人が来ないからサボるにはうってつけだが、サッカー部の先輩達に見つかるのもヤバイが、他の部活の先輩達に見つかったらもっとヤバイ。

 この部室に勝手に入る事は固く禁じられている。部活動に所属している者なら当然知っている事だ。

 主に学内の学生の非行防止。

 隠れてタバコを吸ったりする事を学校側が懸念している。

 なら、こんな如何にもな場所を放置するな、とも思うが、今はそれを考えている時間は無さそうだ。

 これが見つかればサッカー部全体の責任になり、最悪サッカー部は活動休止に追い込まれる。

 それだけは避けなければならない。他の一年生に対してもだが、試合が近い先輩達に迷惑を掛けたら堅豪はもうサッカー部には居られなくなる。


 一秒でも早く堅豪を連れ戻す為に、急いでその部室に近づいていると、見知った人物が視界に飛び込んで来た。


「・・・凛々子?」


 その人物は中学校からの知り合いの古井凛々子こいりりこだ。

 彼女は真桜と大の仲良しで、俺以外だと一番一緒にいる人物だ。

 長い黒髪のポニーテールをユラユラ揺らしながら、部室の裏手の窓から中の様子を窺っている。

 身長が足りないのだろう、2尺サイズの脚立に足を掛けている。


 しかし、何故凛々子がこんな所で、こんな事をしているのだろうか・・・

 彼女は明るく活発な性格で友達が多いが、少し変わった所がある。

 だからと言って、何か悪い事をするような性格ではないはずだ。


 胡乱臭い雰囲気もするが、知り合いなので声を掛けてみよう。

 俺はゆっくり凛々子に近づいて、努めて驚かせない様に声を掛けた。


「・・・凛々子。こんな所で何してるんだ?」

「えっ?! わっ?!」


 凛々子は慌てて自分の口を両手で塞いだ。

 そして、目を見開きながら、ヒソヒソ声で喋った。


「な、な、何で英雄君がこんな所に?」

「それは俺の質問だよ。凛々子こそ何をやっているんだ?」

「えっ、えーっと、真桜に頼まれて・・・」

「真桜・・・?」


 凛々子は簡潔に説明してくれた。

 堅豪が真桜をこの部室に呼び出した事。

 真桜が堅豪の事をあまり良く思っていない事。

 俺という彼氏がいる事を知りながら、こんな人気の無い場所に呼び出す事を怪しいと思った事。

 だから、何か良からぬ事が起きるかもしれないと思い、凛々子に外から様子を窺って欲しいと頼んだ事。

 そして、心配を掛けたくないと言う事で俺にはこの事は秘密にしておいて欲しいという事。


 俺はその事が少なからずショックだった。

 心配掛けまいと気遣ってくれるのは嬉しいが、同時に俺では頼りないのかとも思ってしまった。

 そんな不安が顔に出たのだろうか、凛々子が優しさのこもった声音で俺に語りかけた。


「大丈夫だよ、英雄君。真桜は誰よりも何よりも君の事を大事に思っている。今は真桜を信じてあげて」

「あぁ、分かっている。俺はいつだって真桜を信じている。が、同時に心配でもあるんだ。昔の事を思うと・・・」

「とりあえず、今は中の様子をみよ。真桜に頼まれた事もやらないといけないし」


 凛々子と俺は会話を切り上げ、窓から中の様子を覗き込んだ。

 彼女はスマホとヘッド部分が可変式の小型カメラをBluetoothで繋いでカメラを窓の縁に置いた。

 カメラ映像はリアルタイムでスマホの画面に映り、わざわざ窓を覗かなくても中の様子が窺える。万が一にも中からこちらの存在はバレる事はないだろう。

 カメラの部分には集音マイクも内蔵されていて、音声もキッチリ録音出来るらしい。

 それもリアルタイムで聞ける為、スマホにイヤホンを差し込み、俺と凛々子で片耳ずつ付けた。

 事前準備が良過ぎて、ちょっと怖いと思ってしまった・・・


 中の二人が何か会話をし始めたので、俺は何があってもいいように映像と音声に全神経を集中させた。


「英雄の彼女である井手亜さんに凄く言いづらいんだけど・・・」

「俺、英雄が他の女と浮気している現場を目撃したんだ・・・」


 はぁ? 堅豪は何を言っているんだ?

 俺が他の女と浮気? 真桜以外の女と? 絶対にあり得ない。


 それを聞いた凛々子が目を見開いて俺の顔を覗き込んできたので、俺は首を大きく横に振った。

 それを見て、凛々子は安堵の表情を浮かべた。


 堅豪の言っている事が1ミリも理解出来なかったが、彼らの会話はドンドン進んでいく。


「証拠は? 写真とか、動画とかって撮ってない?」


「えっ? あ、あぁ、ごめん、俺もその時は気が動転していて、何にも証拠になるものは撮れてないんだ。でも、この目でしっかり見たから間違いない。英雄が知らない女とラブホテルに入って行くのを・・・」


 そんなものあるわけがない。だって、俺は浮気などしていないし、ラブホテルにも行った事がない。

 堅豪は何でこんな嘘をつくんだ?


 真桜が浮気の日時の確認をしている。

 堅豪が示した日時は全て、俺と真桜が一緒にいた日時と重なり、堅豪の嘘は呆気なく真桜にバレた。

 すると、堅豪が今まで見たこともない表情をした。


「はぁ~、お前らどれだけ一緒にいるんだよ。もう面倒臭くなってきたわ」


 それは何か今まで猫を被っていた捕食者がその本性を現したみたいだ。

 そして、その次の会話を聞いた時、俺は頭が沸騰する程の怒りを感じた。


「何が目的?」


「目的?決まっているだろう。お前を英雄から寝取る為だ」


 堅豪、お前・・・ 立ち入ってはならない領域に踏み込んだみたいだなっ!

 凛々子が俺の異変に気付いて肩に手を乗せ、見詰めてくる。

 その瞳からは心配しないで、大丈夫、という思いが伝わって来た。

 だから、俺は拳を握り締め、今すぐにでも中に入って、堅豪を殴り飛ばしたい衝動を抑えた。

 

 その後の堅豪の吐き気がする程の気持ち悪い独白は頭に入って来なかった。

 しかし、堅豪が素早く真桜の肩を掴んだ瞬間、俺の我慢は限界に達した。

 窓から中に侵入しようと、手を掛けそうになった瞬間、俺は堅豪の間抜けな声に呆気に取られた。


「わっ、あっ、くっ、な、何だ? 俺の顔に何をしやがった?このアマッ!」


「えいっ!」


「―――ッ! かぁっはぁっ・・・」


 僅か数秒の間に、堅豪が床に転がり、真桜がそれを見下げている。

 えっ? あまりの早さに何が起こったのか理解出来なかった。

 しかし、状況からみて、真桜が堅豪を返り打ちにしたみたいだ。


「がっ、あっ、が、がががが、あがががああががっがっ・・・」


 今度は床に倒れている堅豪に真桜が何かをあてがうと、堅豪が軽く痙攣しだしたのでそれがスタンガンであろう事は理解出来た。


 その後は、息も絶え絶えの堅豪に真桜が話しかけている。


 中々非を認めようとしない堅豪に対して真桜はあいつのスマホを操作し、その中の動画を再生した。

 映像はここからだと見えない。しかし、動画の音が微かに聞こえた。

 それは堅豪の愉快な声と女性の悲痛な声だった。

 それを聞いて、怒りや悲しみややるせなさや色んな感情が俺の中で渦巻いた。

 堅豪が真桜を襲おうとした事も、堅豪が既に他の女性を無理やり犯したであろうという事も、そして、俺は真桜と違って堅豪のそんな裏の顔に全く気付いていなかった事も。

 それらが衝撃となって、俺の心を打ち抜いた。


 真桜が全てを終えて、その部室を出て本校舎の方へ向かって行くのを物陰から凛々子と一緒に確認した。


「じゃ、私は真桜を追いかけるね。一応、真桜にはこの事は英雄君には口止めされているから、口裏合わせてね? 真桜が英雄君を心配させたくないのと同じように、英雄君も真桜に余計な心配させたくないでしょ?」

「そうだけど・・・ そうだな。ちょっと色々起こり過ぎて頭の整理が追いつかないし、今のところはそれで納得するよ。真桜の事よろしく」

「私も親友として真桜を助けるけど、本当の意味で助けられるのは英雄君だけだからね?」

「・・・分かった」


 それだけ言い残すと、凛々子は真桜の後を追って、本校舎の方へ向かった。


 本当の意味で助ける・・・

 俺は凛々子のあの言葉に生返事で返したが、その本意をキチンと理解出来なかった。


 俺は凛々子から遅れること十数分、サッカー部が練習しているグラウンドへ戻った。

 堅豪はあの場所で放置してきた。

 今、あいつの顔を見たら冷静でいられる自信が無かったからだ。

 それに、あの部室にいる所を誰かに見つかって、最悪、サッカー部に居られなくなっても、自業自得としか言えない。

 迷惑が掛かるかもしれない他の部員には申し訳ないが、俺もそこまで出来た人間ではない。


 しかし、その心配は杞憂に終わった。

 堅豪はあの部室に居た事は見つからなかったみたいで、サッカー部は平和そのものだ。

 堅豪はあの日はそのまま練習に顔を出す事はなかった。

 その次の日は学校も休み、その週は残りの平日も学校を休んだ。

 部活の顧問は体調不良と言っていたが、真桜が何かしたのか・・・?

 


 俺は今回の件で様々な事を考えさせられた。

 しかし、考えは上手くまとまらなかった。

 だから、俺は優先順位を改めて確認した。

 俺の中で大事なのは真桜だ。今後の堅豪との付き合い等は一旦考えない様にした。

 もしかしたら、真桜は守られるばかりの存在ではなくなったのかもしれない。

 俺が居なくても大丈夫なのだろう、それを思うと少し寂しい気持ちになった。

 でも、俺の真桜に対する気持ちは変わらない。

 ずっと好きだし、困った事があったら何処に居ようと駆け付ける。


 しかし、一つだけ真桜に対する考えがガラッと変わった。

 真桜を決して怒らせてはいけない。

 別に真桜を怒らせるような事をするつもりはないが、そう肝に命じた。

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