幕間その一

繫味堅豪のその後





 堅豪が真桜に返り討ちにあった日から週明けの月曜日。

 あいつは土日の午前の部活にも顔を出さなかったので、週明けの月曜に久しぶりに顔を見た。

 しかし、堅豪は俺と目が合っても、近寄ってくる事はなかった。

 傍目から見たら先週まで仲の良かった俺と堅豪のそんな様子を怪訝に思った奴もいて、色々訊かれた。

 俺が堅豪と真桜とのやり取りを知っているのは凛々子だけで、当事者である二人も知らない。

 だから、俺は周りには堅豪が俺を避けている理由は分からないとの一点張りで通した。


 そんな堅豪の態度の変化は俺だけに留まらなかった。

 他の人達に対しても、素っ気ない態度を取り出した。

 男子に対しては冷たい態度に変わり、女子に対しては今まで平等に皆に優しく接していたが、明らかに人によって態度を変えるようになった。

 あまり言いたくないが、見た目の優劣で決めている節が見受けられる。

 ここまでの露骨な態度の変化は恐らく、真桜に化けの皮をはがされて、取り繕うのを止めたのだろう。


 部活動では相変わらずのサボり癖で、すぐに他の一年生に仕事を押し付けようとするが、前みたいに多少下手に頼むやり方ではなく、かなり不躾に頼むようになった。

 さすがに他の一年生もそれには我慢出来ずに、堅豪の頼みを突き返していた。

 最初は頼みを断られて、渋々引き下がっていた堅豪だったが、一年生全員に断られた所で、逆切れを起こし、最後に断った奴に殴りかかろうとした。

 それを見ていた俺と他の一年生が堅豪とそいつの間に割って入って、寸前の所でケンカを未然に防いだ。

 しかし、その騒ぎを聞きつけた二年生の先輩数人が俺達の元へやって来た。

 俺達一年生が事情を説明し、先輩達が堅豪にも事情を聞こうとした時、あろう事か堅豪はその二年生の先輩の一人にも殴りかかろうとした。

 俺達は興奮している堅豪を何とか抑え、二年生の先輩達は三年生の先輩達と顧問にも知らせて、事態は大事おおごとになった。

 みんなの前で弁明する堅豪の言い分は荒唐無稽で誰一人理解出来なかった。

「特別な選ばれた俺が、掃除やボール拾いなんてするのは可笑しいっ!凡人は天才の俺の言う事だけを聞いていたらいいんだっよ!」と、吠えていた。

 それに対して、「はい、そうですね」と言う人など誰一人おらず、皆呆れ果てていた。


 さすがにそんな精神状態の堅豪と共に部活が出来るはずもなく、顧問が堅豪に一週間の部活動の謹慎を言い渡した。

 それに対しても不平不満をグチグチ口にしていたが、顧問が無理やり家まで送り届けた。

 謹慎の一週間の間に顧問が何度か面談して、改善を図るみたいだが、正直俺は心配だ。


 周りの皆は堅豪が突然あんな態度を取り出した理由が皆目見当もついていないが、俺は大体分かる。

 真桜との一件だろう。

 それこそ、ただの逆切れで、真桜には全く非は無い。堅豪のそれは子供の癇癪みたいなものだ。

 今まで自分の思い通りの人生を歩んできたであろう堅豪にとって、この前の一件は大きく自尊心とプライドを傷つけられ、そうとう精神にダメージを受けたみたいだ。


 部活動の謹慎だけなので、学校の授業は通常通り受けている堅豪だったが、周りの環境もあいつの態度の変化と共に変わっていった。


 あまりの露骨な態度の変化についていけず、男子の殆どが堅豪と関わらなくなった。

 女子も一部を除いては、距離を置くようになった。

 それでも一部の女子が周りにいるのはイケメンだからなのだろうか・・・

 堅豪も離れていく女友達に固執せず、しつこく付き纏うとかはなかった。

 多分、真桜に釘を刺されたからだろう。

 当然、俺と真桜も堅豪とは一切関わらなかった。

 真桜には何で繁味君はヒデ君を避けているの?と、訊かれたが知らないとの一点張りで通した。

 本当は知っているが、真桜は俺が裏の事情を知っている事を知らない。

 隠し事をしているようで、少し嫌な気持ちにもなったが、正直、これに関してはどうすれば正解なのか分からず、答えを先送りしてしまった。


 そんな日々が続いて、堅豪の部活動の謹慎も解けたが、それと同時に堅豪はサッカー部を辞めた。

 顧問は色々話をして、諭そうと試みたみたいだが、堅豪は今の待遇に全く納得せず、今すぐレギュラーにしないと辞めると言い出したらしい。

 当然、顧問がそれを容認する事はなく、引き留める事は出来なかったみたいだ。


 サッカー部の部員は堅豪が辞めて、少し複雑な心境だったが、すぐに吹っ切れていた。

 最後まで良い奴で通していたならもっと残念がっただろうが、辞める寸前の堅豪の態度を考えれば当然だろう。

しかし、俺は堅豪となら全国も夢じゃなかったかもしれないと考えるもう一人の自分がいた。

 あいつの裏の顔を見てしまっては、それはあり得ないがな・・・



 そして、夏休みを経てからの二学期初日。

 始業式があるのでサッカー部の朝練がない俺は真桜と一緒に登校していた。

そこへ凛々子が合流するなり、神妙な面持ちで挨拶もそこそこに衝撃な事を口にした。


「真桜に英雄君。いずれ君たちの耳にも入ると思うから先に言うけど、夏休みの間に繁味が誰かに刺されたらしい・・・」

「「?!」」


 俺と真桜は同時に驚愕の表情を浮かべた。真桜は片手で口元を抑えている。


「あくまで噂レベルの話だけど、通り魔とかではないらしい。私怨って噂だよ」


 俺と真桜は言葉にならなかった。堅豪に関しては心当たりがありすぎたからだ・・・


「それを聞いて思ったけど、先月都内で男子高校生が刃物で背中を刺されたって事件があったのを思い出したよ。被害者も加害者も実名報道されていないから、憶測の域は出ないけど、噂とのタイミング的にはかなり怪しいね・・・」

「そ、その被害者って亡くなったの・・・?」

「いや、一命は取りとめたみたいだよ。もしこの被害者が繁味なら学校側から何かしらのアクションがあると思うし、心しておいて。最後は疎遠になっていたとは言え、二人は一応仲良かったんだし」

「あぁ、そうだなぁ・・・」


 俺達三人は何とも言えない雰囲気になった。

 堅豪の裏の顔を知っている俺達にとっては、その話が本当なら因果応報とも思う。

 しかし、俺はともかく、真桜ですら堅豪の被害者達を詳しく知らないはずだ。そんな俺達が簡単にそんな事を思っていいのかは分からない。

 堅豪が真桜にしようとした事は、多分真桜はもうそこまで気にしていないような気がする。

 堅豪の裏の顔の事はまだ真桜と話は出来ていないが、何となくそう思う。


 そして、その日学校で堅豪を見る事はなかった。

 その次の日も、そのまた次の日も、あいつが高校に来る事はなかった。

 先生たちからはその事について一切の言及や知らせはなかった。

 噂を知っている俺を含めた他の生徒達はそれが不思議で仕方なかった。

 学校側から何の知らせもないなら、あの刺傷事件の被害者は堅豪ではなかったのか?

 なら、何故堅豪は学校に来ない?

 単純に学校に来るのが嫌になってサボっているのか、ありきたりな非行に走ったのか。

 はたまた、俺達が想像も出来ないような理由があるのか・・・

 しかし、その真相を確かめる手段はない。

 俺は堅豪が一学期の学校に復帰したタイミングであいつの連絡先はスマホから削除している。

 真桜と凛々子は元々連絡先を交換していなかった。

 まぁ、連絡先をまだ知っていたとしてもコンタクトを取ろうという気にはなれないが・・・


 俺達以外にも真相が分かる奴はいなかったみたいで、噂は噂のまま消えていった。

 いつしか堅豪がいない事が当たり前のようになり、その存在も忘れ去られようとしている時、堅豪の退学届けが受理されたとの風の噂を耳にした。

 

 結局、高校を卒業するまで堅豪をあれ以来見る事はなく、あいつがどうなったかは誰も知らない。

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