【中章】大学生編
#1 デート
午前10時。
いつもより時間がゆっくりながれている土曜日の休日。
俺は身支度を整えて、二階の自室から一階のリビングへ向かった。
リビングからは母さんと真央の話声が聞こえてくる。
二人の会話を盗み聞きするつもりはないが、女性同士の会話を声が高く、廊下まで響いている。
「えっ?! そんな魔法みたいな調味料があるの?」
「えぇ、そうなんです♪ 最近はそれを使ってお菓子作りにハマっています」
「カロリーゼロなんてズルいわね。最近は体に気を使って色々節制しているから羨ましいわ」
「なら、今度作ったらおすそ分けします。私の母も喜んで食べていますので」
「あら? いいの? ありがとう♪」
母さんの厚かましたさをその会話から感じつつ、真桜の話が最近頻繁に話題にあげる調味料の事だと思った。
その調味料は砂糖のように甘いのだが、何故かカロリーがゼロなのだ。
そんな魔法みたいな?!と、思うだろうが、実際に存在する。
何でも、とある果実の汁を絞って、加工したものらしい。
真桜は甘いものが大好物で、洋菓子から和菓子まで色々幅広く食べている。
しかし、そこで問題なのがオーバーカロリー問題だ。
俺は真桜が太っているなんて全然思わないが、本人にとっては深刻な問題なのだ。
甘いものも沢山食べつつ、体形も維持したい。
女性の永遠の願いなのかもしれない。
そんなホコタテ問題を抱えていた真桜だったが、先ほど話した調味料によって解決された。
それ以来、真桜の話はこの手の話題で持ちきりだ。
俺はリビングの扉を開け、中に入った。
「お待たせ、真桜。じゃ、出掛けようか」
「あっ!ヒデ君。うん。それじゃ、紗代さん行ってきますね」
「はい、はい。いってらっしゃい。気をつけてね」
真桜は母さんに挨拶をして、俺の横に並んだ。
そのまま俺達は玄関へ行き、靴を履き替える。
今日は久しぶりのデートだ。
お互い大学生になり学校も違う為、以前より頻繁に出掛ける事が出来なくなってしまった。
アルバイトも始めているし、高校生の頃とは状況がかなり違う。
どちらも実家通いの為、会いたければいつでも会えるが、一日デートとなるとどうしても予定を事前に合せないといけない。
その為、俺は久々の真桜とのデートを楽しみしていた。
「はいっ」
玄関を一足先に出ていた真桜は俺が道路に出たタイミングで手を差し出してくる。
その仕草は控えめに言っても凄く可愛い。
手を繋ぐ事など今まで数えきれないほどしてきたが、少しの悪戯心が見え隠れする微笑を向けられると、その慣れ親しんだ行為も新鮮なものに感じる。
俺は差し出された手を取り、肩を並べ駅に向かって歩きだした。
季節は夏と秋の間。
気が付けば秋の涼しさを感じるこの季節。
真桜は丈の短いデニムのジャケットを羽織っている。
ジャケットの前ボタンは閉じずに開けており、その隙間からボタンシャツのワンピースが見え隠れしている。
ひざ下まであるワンピースは所々に花柄の刺繍が施されており、白よりのベージュ色。
肩下まで切り揃えられた亜麻色の髪は相変わらず艶やかで、綺麗だ。
顔付きに幼さは消え、随分大人な女性の雰囲気を出している。
まぁ、大学生になって本格的に化粧をし始めたから当然か・・・
男の俺に化粧の事は詳しく分からないが、あまり派手過ぎず、綺麗に仕上げられていると思う。
ピンクの口紅を塗ったその唇は妙に艶かしい。
うん、俺の彼女は今日も綺麗だ。
俺と真桜は他愛もない会話をしていると、あっという間に駅に着いた。
今日は都内まで行って、真桜が足しげく通っているタルト屋さんに行く予定だ。
甘いのが苦手な俺でも種類を選べば食べられるので、たまに連れて行かれる。
秋口に差し掛かろうとしているので、マロンやらカボチャやら新作のタルトが目白押しだそうで、真桜はウキウキしている。
「それ以外にもラ・フランスとか、柿とかもあるんだよ」
「へぇ~、それらも秋の果物か。サツマイモとかもありそうだな」
「あっ! そうそう、サツマイモもあったはず。ヒデ君もスイーツの事が分かってきたね♪」
「真桜のご指導ご鞭撻のおかげかな・・・?」
「もー!何で疑問形? でも、私の行きたい所ばかり付き合わせてばかりだから、嫌だったら言ってね?」
「あぁ、今更真桜に変に気を使う事はないよ。嫌なら嫌って言うから、大丈夫だ。真桜こそ俺に変に気を使うなよ?」
「えー! 私は全然そんなことないよ。いつもヒデ君にわがままばかり言っているし」
「普段のわがままもそうだけど、いざと言う時に頼りにして欲しいし、俺も何かあったら真桜を頼りたい。それだけだよ」
「んー? 最近のヒデ君、たまにそんな事言うよね? どうしたの? 何か心境の変化でもあった?」
「んー、まぁ、俺達も二十歳になって、大人の仲間入りしたからかな?」
「それじゃ、私がまだ子供みたいじゃない!」
「アハハッ、お互い幼稚園の頃から知っているから、そう思うのかもな」
地元の駅では朝食と昼食を兼ねたブランチをとった。
都内に行けば何処も混みあうし、昼食を食べてしまうと満腹になってお目当てのタルトが楽しめない。
それに、真桜が一番気にしているのは食べ過ぎによるオーバーカロリー問題だけどな。
ブランチを食べ終え、早速電車に乗って都内へと向かう。
土曜日の昼頃とあって、電車の中はそれなりに混みあっていた。
1時間ほど掛けて都内に着いた俺達は早速、そのタルト屋さんへ向かった。
その店は非常に人気店で、待ち時間が優に1時間を超える。
その為、早めに行って予約欄に名前を記載して、時間ちょっと前ぐらいに店に戻ってくるのがベストなやり方だ。
「1時間半待ちか・・・ やっぱり、土曜日で天気のいい日だから結構な予約数だね」
「まぁでも、このぐらいは想定内なんだろ?」
「うん、土日は大体こんな感じかな。じゃ、名前書くね」
真桜が店先の予約欄に名前を記入しているが、何故か『黒若』で記入している。
俺と一緒で、予約などで名前が必要な時は真桜は必ず『黒若』の名を使う。
なんでだ?
予約欄に記入し、大体の時間の目安を確認した俺達は店を離れる。
まだまだ予約の時間まであるので近くの書店に寄る事にした。
俺は資格試験コーナーの理学療法士の本を物色する事にした。
真桜は真桜で別のコーナーで彼女の趣味である読書の小説を見ている。
今は大学二年生で、俺はスポーツリハビリを専門に学べる学科を専攻している。
小学校からやっているサッカーで幾度もケガに悩まされた俺は理学療法士になりたいと今の大学を選んだ。
真桜には今からやりたい事、なりたいものがあるのは羨ましいと言われるが、そんな大層なものではない。
たまたま俺の身近なものになりたいものがあっただけだ。運がいいとも言える。
何かをやっていると時間が経つのが早いもので、移動の時間を合わせるとすでに一時間程が経過していた。
少し店先で待つぐらいはどうって事ないので、早めにタルト屋さんに戻ることにした。
「真桜は最近どうだ? 大学は忙しい?」
「ううん、そんなに忙しくないよ。文学部だし、一年生の頃から単位はしっかり取っているから余裕あるしね。ヒデ君は忙しいんじゃないの?」
「まぁまぁだな。実習とかあるから一般大学よりは忙しいと思うけどなぁ。そういえば、来週の金曜日は友達と飲みに行くんだよな?大丈夫か?真桜、全然お酒飲めないじゃないか・・・」
「うん、だから、私はお酒飲まないつもり。でも、友達がどうしてもお酒飲みたいって。まぁ、皆二十歳超えたから飲みたい気持ちは分かるけどね」
「それなら良かった。真桜は外でお酒は飲まない方がいいよ。真桜の二十歳の誕生日の事を思い出すと心配だ」
「もうっ! それは言わないで・・・」
真桜が頬を朱色に染めながら、上目遣いでこちらを睨んでくる。
ちょっとした悪戯心が出てしまった。けど、あの時の真桜は酷かった・・・
真桜が二十歳の誕生日に彼女の家で両家族揃って、一緒にお祝いをした。
真桜と俺は誕生日が一か月しか違わず、俺はすでに二十歳を迎えていたが、真桜の誕生日まで飲酒を控えていた。一緒にお酒を解禁しようと以前から約束していたからだ。
そして、とりあえずビールという事で一緒に乾杯をした。
初めてのビールの味は苦くて、特に美味しいと思わなかった。
俺はそこまでアルコールに弱くないみたいで、ビール一杯程度では何ともなかった。
しかし、真桜はビールを半分飲んだ段階でべろんべろんに酔っぱらっていた。
顔全体が真っ赤に染まって目が据わり、若干呂律も回っていなかった。
真桜のおじさんとおばさんは普通にお酒を飲むらしく、別段アルコールに弱くないそうだ。
その娘である真桜は何故かアルコールに滅茶苦茶弱かった。
そして、泥酔した真桜は俺に向かって、「おい!英雄っ! 私の好きな所を10個言えっ!」と、怒鳴り出した。
あの時は心底驚いた。
呼び方も口調もいつもの真桜ではなく、俺は終始戸惑って、どう対応したらいいか分からなかった。
そんな俺の反応を見た真桜は今度は、「うえぇぇん、ヒデくぅん! 私を捨てないでー」と、泣き出した。
俺は真桜の事が大好きだ。良い所も悪い所も含めて好きだ。だが、この時ばかりはちょっと面倒くさいと思ってしまった。
俺の両親も家でお酒は飲むが、別段酔っぱらっている所は見たことがない。
大学でも真桜の二十歳の誕生日までは飲み会は自重していた。
つまり、この泥酔真桜が俺が初めて出会う酔っ払いであった。
世間の酔っ払いとはこんなものなのか? と、疑問に思ったが、どうやら親達の反応を見ている限りそうではないみたいだった。
真桜が特別お酒に弱く、しかも、相当な絡み酒らしい。
終始情緒不安定な真桜は喋り疲れたのか、その後は朝まで熟睡した。
そして次の日、真桜に昨日の泥酔の事を訊いてみると「へっ? 何の事?」と、全く覚えていなかった。
中々に性質が悪い。
それ以来、俺と真桜の両親は彼女に外では絶対にお酒を飲まないようにときつく言いつけている。
俺はあの日真桜に絡まれた仕返しとばかりに、その時の醜態をたまに蒸し返している。
そして、記憶がないとはいえ、後から聞いた自分の醜態を想像して、いつも真桜は赤面する。
その赤面顔も可愛いと思うから、余計揶揄ってしまうのだが・・・
そんな事を話していると、時間がきたみたいで店員さんに呼ばれ、席へ案内された。
外で待っている間に注文を済ませているので、席に着くとすぐにタルトが運ばれてきた。
俺は洋ナシが一杯のっているタルトにした。
俺好みの甘さ控えめだったので、美味しく頂けた。
真桜はオールオータムとか言う秋のフルーツをふんだんに使った贅沢な一品を選んでいた。
数種類のフルーツがのっており、俺は素材同士がケンカしないのか、と心配になったが、真桜が各々の素材の味を損なわず、活かした味わいになっているから美味しいよと言って食べていたので、俺も一口貰った。
うむ、なるほど、うまいなぁ。これがプロの仕事か・・・
食後のコーヒーまで堪能した俺と真桜は大満足の表情を浮かべ、店を後にした。
店を出ると、既に日が沈みかけていて、太陽の温もりだけが少しだけ残っていた。
晩御飯は家で食べるつもりなので、俺と真桜はそのまま電車に乗り、地元の駅まで帰って来た。
学生の身分なので、無駄遣いは出来ない。アルバイトしているとしてもだ。
俺はこんな休日デートで十分満足だ。
特別な事をしなくても、真桜と一緒に何か出来ればいい。
「私もだよ、ヒデ君」
肩を並べながら歩く横でそんな声が聞こえてきた。
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