#2 絶対にNTRない彼女①
私は数年前に廃部になって今は使われていないとある部室にいる。
校舎の隅の方にあるこの部室の周りには人の気配は一切なく、隠れて何かをするにはうってつけ。
何故私がこんな所にいるかと言うと、ある人物に呼び出されたから。
「ごめんね、井手亜さん。こんな所に呼び出しちゃって・・・でも、誰にも知られたくない大事な話があるんだ」
私を呼び出したその人物は繁味堅豪君。
ヒデ君と同じサッカー部で、お互い仲がいいと思う。
よく一緒にいるのを見かけるし、ヒデ君からも度々話題に上がる人物。
学校の女の子に凄く人気がある、スポーツイケメン。
私としてはヒデ君の方が断然カッコいいと思うけど、彼女の私が声高にそれを主張するのは何か違う気がするので、周りの女の子達には特に反論していない。
私とヒデ君、お互い好き同士ならそんな事は関係ないと思うし。
イケメンで性格が良くてサッカーも上手い、学校の人気者な繁味君だけど、私は彼の事が苦手。
私は自身の容姿が優れているのは自覚している。中学一年生の頃からヒデ君と付き合うまでの間に結構な数の告白を受けた。
入学したばかりのこの高校でもすでに数人の男の子から告白を受けている。
多分、私とヒデ君が付き合っているって知らない人達だったと思う。
当然、私はその全ての告白を断った。ヒデ君以外と付き合うなんて選択肢は私の中にはない。
さすがに、これだけの数の告白を受けて、自分が男の子にモテてないと言うのは逆に嫌味っぽい。
だから、周りの男の子がたまに少し厭らしい視線を私に向けてくるのを知っている。
でも、それぐらいは健全な男子高校生なら普通なのだろうと思って、我慢している。
ただ、繁味君が時々私に向けてくる視線はそれらとは一線を画している。
具体的に説明出来ないけど、厭らしさなんかよりずっと悍ましいナニカ。
だから、今回の彼からの呼び出しに私は最大限の警戒をしている。
「繁味君、大事な話って何?」
「英雄の彼女である井手亜さんに凄く言いづらいんだけど・・・」
繁味君が表情を悲痛に歪めて、言い淀んでいる。
「俺、英雄が他の女と浮気している現場を目撃したんだ・・・」
「えっ?!」
私は間抜けな声を上げた。
ヒデ君が浮気・・・?
「信じられないよね? でも、確かに俺はこの目で見たんだ。・・・英雄のヤロー、こんな可愛い彼女がいながら、浮気なんてしやがって!」
繁味君は今度はその表情を怒りで歪めていた。
私は努めて冷静に口を開いた。
「信じられない、あのヒデ君が・・・」
「ショックで受け入れられないよね。でも、これが現実なんだ」
繁味君が一歩、二歩とこちらに近づこうとしてくるので、私はそれを言葉で制した。
「証拠は? 写真とか、動画とかって撮ってない?」
「えっ? あ、あぁ、ごめん、俺もその時は気が動転していて、何にも証拠になるものは撮れてないんだ。でも、この目でしっかり見たから間違いない。英雄が知らない女とラブホテルに入って行くのを・・・」
「それじゃ、仮にヒデ君が浮気をしていて、問い詰めても証拠がないなら言い逃れされるんじゃ・・・?」
「そうかもしれない。でも、もうあんな浮気ヤローの事なんて気にする必要はないよ。井手亜さん。気丈に振る舞っているけど、本当は辛いはずだ。遠慮せずに俺を頼っていいんだぜ」
頼るか・・・ 頼りはしないけど、確認はさせてもらおうかしら。
「それっていつの事? 最近の事?」
「えーっと、確かあれは・・・そ、そう! 先週の部活が休みの日だよ。英雄と井手亜さんが放課後デートした日。あの日の夜遅くに英雄の浮気現場を目撃したんだ」
「えっ? その日ヒデ君は私の家で夜遅くまで過ごして、そのまま泊っていったけど・・・ だから、浮気する暇なんて・・・」
「え、あ、あぁ、間違えたよ。そ、その次の日だ。部活終わりに英雄が独りで家とは逆の方向に行ったのが気になって後を付けたんだった」
「その次の日も私はヒデ君とずっと一緒にいたよ。19時にはヒデ君の家に遊びに行ったから、部活終わりで何かする時間なんてなかったと思うけど・・・」
「・・・・・・・・・・」
繁味君が遂に黙り込んだ。ここまで否定されれば流石にこれ以上はないだろう。
「はぁ~、お前らどれだけ一緒にいるんだよ。もう面倒臭くなってきたわ」
悪魔がその本性を現した。先ほどまでの真剣な表情は鳴りを潜め、狡猾な笑みを浮かべている。
私は制服のポケットに手を突っ込み、素早くボイスレコーダーを録音モードに切り替えた。
「俺が英雄の浮気を目撃したなんて真っ赤な嘘。流石にこんな見え透いた嘘には引っかからないな。まぁ、それの方がそそられるけどね。こんな子供騙しみたいな嘘に騙される頭の足りない女じゃちょっと物足りないからな」
「何が目的?」
「目的?決まっているだろう。お前を英雄から寝取る為だ」
繁味君は私が聞いてもいない事をペラペラと独白し出した。
「俺はなぁ、もうその辺の女じゃ満足出来ないんだよ。俺が少し優しくすれば大概の女は股を開く。どんな美人でお高くとまった奴でもな! だから、より難しい事に挑戦する事にしたんだよ。彼氏持ちの女を無理やり寝取る事にな。簡単な事より、より難易度の高いものに挑みたいと思う事は持つ者の特権だ」
繁味君はそれがさも当たり前であるかのように淡々と語っている。
「この高校で英雄と井手亜さんに出会えたのはラッキーだ。だって、ここまでの良物件は中々ない。英雄は俺程ではないが女子から人気がある。そして、その英雄の彼女である井手亜さんはこの高校一と言ってもいいぐらいの絶世の美人だ。そこら辺の凡人とは違う。だからこそ燃える。フハハハッ、今から想像しただけでゾクゾクしてくるな」
繁味君は淡々と語りながら、不気味に笑った。
「でも、ヒデ君の浮気の嘘がバレたなら、もうこれ以上アナタの思い通りにはならないわよ」
「何言ってるんだ? こんな誰も来ない所にわざわざ呼び出したのは最終的に無理やり犯す為だぞ? そんな事も警戒せずに呼び出しに応じるとは井手亜さんも意外に馬鹿だな」
「―――繁味君、最低ね」
「いいな! その俺を蔑むような眼差し。それがすぐに俺に無理やり犯されて、悲痛と快楽に歪むのが楽しみだ。フハハハッ、さて、扉には鍵も掛けたし、外からは開けられない。存分に楽しましてもうおうかな。逃げられるなんて思うなよ?」
そう言い終えると、繁味君は素早く私に近寄り、私の肩を掴んで組み伏せようとした。
確かに運動音痴の私とサッカー部の一年生のエースと呼ばれている運動神経抜群の繁味君とでは、圧倒的な力の差がある。
だから、私は準備した。
組み伏せられる瞬間に素早く制服のポケットから強力催涙スプレーを取り出し、繁味君の顔面へと吹き付けた。
「わっ、あっ、くっ、な、何だ? 俺の顔に何をしやがった?このアマッ!」
この催涙スプレーはエーエヌティーアール社が開発した痴漢撃退用の強力なもの。
商品名は『キラーB』。これを吹き付けられると、その部分が蜂に刺された様に赤く腫れあがり、三日三晩収まらない。顔に吹き付ければ繁味君の折角のイケメン面が台無しだろう。
いい気味。
因みに、人体への後遺症はない。エーエヌティーアール社は痴漢や暴漢には厳しいが人体への影響は十分配慮している。ホームページの広報ページにそう書いてあった。
私は繁味君が催涙スプレーで怯んでいる一瞬の隙を逃すまいと、次の行動に移った。
「えいっ!」
気合の入った声を発し、私に覆いかぶさっている繁味君の股間に下から膝蹴りをお見舞いした。
「―――ッ! かぁっはぁっ・・・」
繁味君は言葉にならない声を発し、目を白黒させている。
仰向けに倒れている私の膝蹴りなど腰が入っておらず大した威力はないが、繁味君がここまで悶えているのには理由がある。
私はエーエヌティーアール社が販売している特殊強化繊維を編み込んだ暴漢対策用の透明のレギンスを履いている。商品名は『クリアメイデン』。薄く透けており、傍目からはレギンスを履いているかどうかは分からない。そしてこのレギンスの最大の特徴が、強い衝撃を加えると硬質化する特性を持つという事。
無理やり強姦されそうになって、相手が無理やりレギンスを破こうと力が加えれば、硬質化し中々破れないように設計されている。
私がしたように足で攻撃すればその衝撃で硬質化し、相手へのダメージに繋がる。
攻守共に大変優れた商品。個人的には繁味君への膝蹴りで股間の感触を感じずに済むのも助かる。
私は股間への衝撃で硬直している繁味君の上体を押しのけ、立ち上がった。
そして、繁味君は床に転がった。
私は、今度はゆっくりと制服のポケットから痴漢撃退用の小型スタンガンを取り出した。
そして、それを繁味君の横腹にあてがい、スイッチをオンにした。
「がっ、あっ、が、がががが、あがががああががっがっ・・・」
繁味君は白目を向いて、言葉にならない小さな苦痛の声を細切れに発した。
白目を向いた繁味君だが、死んでもないし、気も失っていない。ただ、暫く起き上がる事は出来なさそう。
この小型スタンガンもエーエヌティーアール社の製品。商品名は『10万ボルトでチュー』。小型で持ち運びが容易く、小柄な女性にも掴みやすいように設計されている。流石に10万ボルトもの出力はないが、痴漢を撃退出来るほどの威力はある。因みに商品名の由来は、痴漢などスタンガンとチューしているのがお似合いだ、との意味合いからだそう。これもホームページに載っていた。
私はスタンガンを繁味君から離し、素早く彼の運動着のポケットからスマホを取り出し、指紋認証を彼の指で解除した。
スマホを奪い部室の入り口付近に退避してから、息も絶え絶えの繁味君に声を掛けた。
「これに懲りたら二度と私とヒデ君には近寄らない事ね」
「な、な、なな、何言って、るんだ、この、クソアマ・・・がっ、こ、ころ、してやる・・・」
「あら? まだアナタの立場を理解していないようね。なら、分からせてあげる」
私は制服のポケットからボイスレコーダーを取り出し、先ほどの会話を再生した。
<何言ってるんだ? こんな誰も来ない所にわざわざ呼び出したのは最終的に無理やり犯す為だぞ? そんな事も警戒せずに呼び出しに応じるとは井手亜さんも意外に馬鹿だな>
<―――繁味君、最低ね>
それを聞いて怒りか、はたまた強力催涙スプレーの所為なのか、顔を真っ赤にしている繁味君の顔から血の気が引いていった。
「これを聞いた第三者がどう思うかしら?」
「そ、そんなの、か、関係ねぇ、冗談だって言えばいい・・・」
まだ認めないのかと私はほとほと呆れた。
だから、最終手段を使う事にした。
私は繁味君から奪ったスマホを操作し、写真や動画の保存フォルダーを開いた。
案の定、そこには今まで繁味君が無理やり犯したであろう女の子との行為の最中の動画が山ほどあった。しかも、ご丁寧に短く編集した動画も幾つかあった。
私はその内の一つを再生した。
「ああああぁ、やめてっ!」
「ほら! 喚いてないで、彼氏への謝罪を口にしたらどうだ? あ?」
「うぅぅ、ごめんなさい、たっくん、ごめんなさいっ・・・」
私は堪らず動画を閉じた。
私はその動画から伝わってくる不快感に一瞬体がフラッとしてしまった。
私がこうなっていたと想像するとゾっとするし、心の奥底から今まで感じた事のない怒りが湧いてくる。
私は知り合いに借りたタブレットとそのスマホをUSBケーブルで繋ぎ、それらしい動画を全て移した。
「繁味君。この動画を脅しのネタにしているのかもしれないけど、同時にアナタが犯した犯罪の証拠にもなるのよ。人の事を馬鹿呼ばわりしていたけど、意外にアナタも馬鹿ね」
「ど、同意だと、言えば、プレイの、一環だと、言えば、いい、だけ、だ・・・」
「かもね。でも、相手方が強姦を主張すればどうかしら? 相手方がそうするかもしれないのはアナタが一番良く理解しているでしょ?」
「―――くっ」
流石にここまで言えば、黙らざるを得ないみたい。
「私もこの女の子達の意思を無視してまでこの動画でどうこうする気はない。でも、アナタの今後の行動次第では私もどうするかは分からない。だから、私とヒデ君には今後一切余計な事をしないで! それにこの女の子達にも今後一切手を出さないで! このクズヤロッ!」
私は吐き捨てるように繁味君に最終忠告をした。
「それと、ここでのやり取りの一部始終は動画で録画しているから。知り合いに頼んで外から隠し撮りして貰っていたの。それが誰かとか、録画の話が本当かどうかは詳しく言わないけど、精々気をつける事ね」
それだけ言い残すと、私はその部室を後にした。
最後に見た繁味君の表情は怒りと悔しさで歪んでいた。
ひ弱な女の子からここまでの反撃を受けるとは思っていなかったのだろう。
彼は今まで勝ち組の人生を歩んできたみたいだけど、今回の一件だけで懲りるかどうかは正直怪しい。
私とヒデ君にはこれ以上ちょっかいを出してくる事はないと思うけど、他の被害者達には分からない。
けど、全く知らない子達をこれ以上助ける事は出来ない。
他人を助けて、自分が足元を掬われる可能性もある。
動画を奪って脅しも掛けたから、これ以上私が彼女達に出来る事は無い。
私が部室を離れ、本校舎の方に戻って来た辺りで、後ろから声を掛けられた。
「オーイ!真桜! おつかれ! さっきの様子ちゃんと動画に撮れたよ」
その人物は先ほど私が繁味君に告げた協力者の
凛々子は私の親友で中学校からの知り合い。
当然、ヒデ君も知っている。
彼女は長い黒髪を後ろで束ね、ポニーテールを作っている。身長は小柄で、私より頭一つほど低い。私と違って運動が得意で、引き締まった体をしている。
それでいて、女性らしい丸さもあり、私にないモノを持っている。が、それを凛々子に言うと怒りながら私の胸を揉んでくる。
思春期に入ってからドンドン大きくなる胸に少しコンプレックスを抱いている私だが、小さい人からしたら羨ましいらしい。所詮は、ないものねだり。
凛々子は凄く溌剌していて誰とでもすぐ仲良くなれる人懐っこさもあり、男女共に友達が多い。
そんな裏表なさそうな凛々子だが、意外に変人気質がある。それは多分私しか知らない。
だから、沢山いる友達の中でも凛々子は私と特に仲が良いのかもしれない。
「うん、ありがとう」
「それにしても、本当ビックリしたよ! 繁味の奴にはさ! あんな最低な奴だとは思わなかったよ!」
「だね。私もちょっと裏がありそうな人だとは思っていたけど、まさかあそこまでとは思わなかった」
「保険として私を呼んでおいて良かったよね。万が一があったら大変だったよ」
「うん。だから、凛々子には感謝している。ありがとう」
「水臭いな! 私と真桜の仲じゃん! いくらでも協力するよ。それに私の中では真桜と英雄君はベストカップル賞に輝いているからね。このカップルの仲を引き裂こうとする奴は私の敵でもある!」
「フフフッ、頼もしい。凛々子が親友で良かった」
凛々子と肩を並べ歩きながら私は考えた。
私は今回の件でつくづく思った。
幸せというのは相手から一方的に与えられて享受するだけでは足りない。
自分も相手に与え、それを守っていく努力が必要。
動画の中の女の子達は恐らく危機感が足りなかったのだろう。
何の備えもせずに、ただただ与えられる幸せだけに甘んじていてはダメ。
世の中には何処に悪意や害意が潜んでいるか分からない。
だから、何かあってからでは遅い。
後悔というのは決して先には立たないのだから。
大事なモノは失ってから気付くと人は言うけど、私にはすでに分かっている。
私にとってヒデ君こそが最愛の人で決して失いたくない人。
それが分かっているなら後は行動あるのみ。
この先、どんな非道下劣な奴らが来ても返り討ちにしてあげる。
他のみんなには常在戦場、油断大敵、みたいなバトル漫画みたいな事は言わないけど、転ばぬ先の杖ぐらいの心構えは持ってほしい。
私はどんな事があっても絶対にヒデ君を裏切らない。絶対にNTRない。
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