Alice under Starry Sky
烏野よつば
1話完結
『突然ですがここで速報です。一九七〇年八月十八日、巨大隕石落下により、地球が滅亡するとの情報が入ってきました。繰り返します。一九七〇年八月十八日、巨大隕石落下により……』
八月十七日。
明日の明け方、巨大隕石が落ちてきて地球は滅亡する。そう分かったのは三ヶ月前で、別の星に逃げようとか、二十五年前の戦争に使われた核爆弾を使おうとか、色々解決案は出たけど、どれも今の技術じゃ無理だった。
明日、地球が終わるせいで、朝から自分がやりたいことをやりたいようにしている人が多い。窓から外を見れば、祭りのようだった。
僕は家から出る気もないので、ラジオをつけた。
『……りました。ニュースをお伝えします』
丁度、ニュースが始まった。
『本日、世界終末の前日ということで街中は大いに賑わっている様子です。ほとんどの大型テーマパークでは、正午の時点で一日の来場者数が過去最高に達しているとのことです……』
各地でも皆やりたいことをやりたいようにしているらしい。確かに、お金がごみになる前に使っておいたほうが懸命だ。
『……続いて天気予報です。今日は各地晴れが続く予報です。明日の天気は曇りの予報ですが巨大隕石衝突により外れるでしょう。以上、一時のニュースをお伝えしました。皆様、残りの短い時間を悔いの残らないようお過ごしください……』
ニュースが終わると、よく聞くけど曲名を知らない大して興味もない曲が流れ始める。ラジオの電源を切るのが億劫になり、音楽を流したまま窓から空を眺める。今日もきれいな空だ。今夜は星がきれいに見えるだろうな。本当に明日で地球が滅亡するなんて信じられない。まだ、実感がない。そんなことを思っていたら、後ろからガタガタッと大きな音がした。思わず振り返ると音の主はゲージで暴れているうさぎのモカだった。
「はいはいちょっとまって。今出してあげるから」
僕がゲージの扉を開くと、モカは空いた窓から逃げ出した。
「え?ちょっと!モカ!」
こんなこと今までになかった。そういえば、地震とかの前って動物が異常行動を起こしたりするから、そのせいかもしれない。廊下に置かれた古新聞に足を引っ掛けながら玄関へ向かい、靴を履いて外に出ると、先の道をモカが走っていた。慌ててその後を追いかける。モカは目的地があるみたいに分かれ道に逢えば迷わずにどこかの道を選んで走り続ける。足が速くない僕は、足の速い動物に代表されるうさぎになかなか追いつけない。おまけにモカが人通りの少ない道を通るせいで、通行人にも捕まえてもらえない。息も絶え絶えになり、あともう少しで追いつくというところでモカが草むらに入った。生い茂っている雑草の背は低いけど、モカが小さいせいで見失ってしまった。息を整えるためにも立ち止まってじっと草むらを観察すれば、一部だけ明らかに風で揺れているような動きをしていないところを見つけた。
「モカっ!」
名前を呼ぶと、立ち止まったのか草むらの動きが止まり、緑の中から茶色の耳が覗いた。でも、数秒後、またモカは走り出した。後を追いかけて僕も草むらに入る。
「待ってって!」
背の低い草のせいで足が痒いけど、それでもモカを追いかける。そのうち草むらを抜けて森に入る。地面から出た根っ子に足を取られそうになりながら走る。突然、目の前からモカが消えたと思ったら、僕は急に現れた穴に落ちた。
うさぎを追いかけて穴に落ちるなんて、まるで不思議の国のアリスみたいだ。アリスのように退屈してたのは事実だけど、わざとは入っていないなあ。
そんなこと考えたのは一瞬で、自由落下なんかはしていない。せいぜい落ちたのは一メートルくらいで、あとは緩やかな坂になっている地面で滑っただけだ。
「いてて……」
服が泥だらけだ。そういえば、モカがいない。足元を見ると、僕が入れないくらいの小さな穴が続いている。たぶん、この先に行ったんだろうな。あーあ、ここまで追いかけたのに逃げられちゃった。
「……帰ろう」
穴から這い出て、辺りを見渡す。随分遠くまで来てたみたいだ。モカを追いかけるのに必死で、気付かなかった。
「あれ、ここって……」
確か、前、天体観察した山だ。あ、天体観察、したいな。
リュックに寝袋を入れて、天体望遠鏡を担ぎ、懐中電灯で足元を照らして山を登る。満月で明るいけど、その明かりだけじゃ心もとない。
家を出る前、お母さんに、
「今日の夜は星見に行って、そのまま帰らないよ」
と伝えたら、
「いいけど、泥だらけの服はどうにかしなさい。子供じゃないんだから」
って呆れられた。
何にもする気のなかった僕をここまで連れてこられるのはモカしかいなかったから、逃げ出されたのは悪くなかったかもしれない。
山の開けたところで望遠鏡を準備する。お年玉とお小遣いを貯めて、せっかく高いの買ったのに、結局あんまり使わなかったな……。望遠鏡の先をまずは月に向けて望遠鏡を覗く。
今日も月が綺麗だ。去年の今頃、アポロ十一号はあの月への着陸に成功した。人類は新たな星へと一歩踏み入れた。大人も子供も歓喜した。それなのに、明日はアポロ十一号が着陸した静かの基地の直径八七三キロメートルよりも、ずっと小さい直径七二キロメートルの小惑星が地球にぶつかって、地球が壊れる。恐竜が絶滅した原因の一つに考えられている隕石衝突説で挙げられてる隕石と同じくらいかそれ以上の大きさらしい。そんなものが落ちてきたら、人間なんて簡単に死ぬだろう。明日、僕も死ぬ。
覗いている望遠鏡の先には静かの基地が良く見える。地球に巨大隕石がぶつかれば、月にも少なからず影響があるんだろうな。
……実感がなかったけど、今更になって怖くなってきた。今までに感じたことのない恐怖に、意図せず膝から崩れ落ちる。早く寝た方がいいのに、このままじゃ寝れるわけがない。と、膝に何かふわふわのものが当たった。
「……モカ?」
どういうわけかモカは逃げたのに、僕の所に戻ってきた。モカの頭を撫でるとご機嫌そうに鼻を鳴らす。今のモカには地球滅亡なんて関係ないみたいだ。何だか安心してきた。
「モカ、今日も月、綺麗だよ」
うさぎは鳴かないから、何も返事がないけど、それでも安心できた。怖くなくなってきたら、眠くなってきた。望遠鏡もそのままに寝袋を広げる。寝袋に入ると、モカも潜り込んでくる。すぐ眠れそうだ。
「おやすみ、モカ」
Alice under Starry Sky 烏野よつば @yotsuba0413
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