第33話 飛び越えて④

 人気の多い場所を敢えて選択して通る、大胆な行動。それこそが警備の目を欺く手法だと知ったのは、揺れる室内で目が覚めてからだった。


 海賊に捕らわれて以降、たくさん殴られているので、痛覚が麻痺した身体を鈍い頭で起こす。暗い部屋なのは確かだが、不規則に床が揺れているので、これはおそらく海の上なのだろう。


 とうとうこんなところにまで連行されてしまった、とセリーナはため息を吐く。惨めな自分に涙よりも、渇いた息づかいのみが漏れる。


「わたし、馬鹿だった」


 部屋の隅で膝を抱えてうずくまる。

 無事沖に出ているのなら、警備などとうに突破して次の目的地なる場所へと向かっている最中ということだ。そうなれば、助けなんてもう来ない。あの海賊の頭の言うとおりになったのだ。


 自分にあきらめるのは慣れている。レナ島で息を吹き返した夢を消してしまえばそれですむ。


 必死に今まで交流してきた人たちを記憶から消去してしまおうと試みる。しかし、消そうとするほどその記憶は鮮明になり、色鮮やかさを増していく。


 夢を見た自分に下された罰のようで辛くなる。


 セリーナは生まれ落ちたその日から、自由になる権利など与えられておらず、ただ与えられた役目を遂行するよう命令されるだけの道具としての人間として活動を赦されていたのだ。


 なんて苦しいだけの人生なのだろう。もし、道具のような扱いをするために生まれてきたのなら、感情なんていらなかった。ない方が楽でいられる。


(苦しい思いをするくらいなら、いっそ……)


 死んだ方がマシだ。


 セリーナは命を絶てそうな物を捜すため、立ち上がる。すると、思い出させるかのようにポケットからホイッスルが音をたてて滑り落ちた。


 そしてその瞬間————


「え?」


 遠くから、かすかにオルカの鳴き声が耳をかすめた。


「聞き間違い、じゃない……?」


 断続的に遠くから何度も耳にした鳴き声が聞こえてくる。幻聴の類いかもと、耳を澄ませると数頭の鳴き声が誘うように何回も鳴いていた。ピューイ¬¬ーという、あのオルカ独特の鳴き声。


 セリーナは存在を主張しているホイッスルを拾い上げ、黒光りするそれを見つめた。キースが父親の形見だと言った、大切なホイッスルを。安心できるからと持たせてくれた大事な物を、まだ返せていない。


(キース、ありがとう)


 チャンスは一回のみで、船室内で吹いた音が向こうに聞こえるかは測りかねる。それでもやってみるだけの価値はあった。


 セリーナはホイッスルに息を吹き込む。


 高らかに音が鳴ったのを確認すると、ポケットにしまい込み素早く物陰に潜む。音の出所を確認するために見張っていた男が部屋に入ってきたのを目視してから、巨漢の男には効果がなかった花瓶攻撃を背後から浴びせる。


「テメエ、舐めてんじゃねえぞ!」


 この船員には効いたようだ。相手が怯んだ隙に腰許にある鍵を手に取り、ドアを閉めて鍵で施錠をする。これで相手はしばらく出られない。


 セリーナは甲板に急ぎ足で向かう。だが、船室内は想像したより広く、途中道に迷ってしまった。


 そして迷っている隙に、投げ縄で足を絡め取られ床に顔を打ち付ける。


「死にたいようだな」


 凍てつく声色で男はそう言い放った。

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