第32話 飛び越えて➂
夜中から出発して、交代で見張りをしていたクレアは雲行きの怪しい空模様を仰ぎながら僅かな休憩を取っていた。
あれから手の空いている島民総出でセリーナの行方を追うために、チームを組みオルカを連れて沖に出ていた。しかし、現状不審な船舶とやらは見つかっていない。それ以前に、港を出発しているのかもあやふやだ。
一応定期的に警備の人とやらと合流して、情報共有をしてはいるが進展はない。文句を言わせてもらえば、相手の態度が悪くて合う度に腹を立てている。素人が捜索に加わるのに対して不快なのはわかるが、もっと譲歩して欲しい。
「ふてくされた顔しちゃって。麦飯食べたら機嫌直るんじゃない?」
「いらない。セリーナもお腹すかせているかもしれないのに、食べていられない」
携帯食を差し出すイアバルを拒絶するが、口に突っ込まれてやむなく食べる。
「いざという時に馬力出なかったらどうするのさ。はい食べる食べる」
突っ込まれてしまっては仕方ない。妬ましい視線を送りつつ、麦飯を咀嚼した。だが、一人欠けた人数での食事は味気なくて、動かす顎は次第に遅くなっていく。
「必ず見つけ出す。あいつはホイッスルを持っているから大丈夫だ」
傍らで相棒にサインを送りながらキースはつぶやく。
「だけどオルカが反応していないのはおかしいな」
「海に出ていないのかもしれない」
「そうだと良いけど」
薄っぺらい会話が紡がれる。皆いつもとおなじ態度を取っているように見えて、中身は焦りを見せている。
もう、この島周辺にはいないのではないか。ホイッスルを吹いていても、オルカが気付かない範囲に出てしまったのではないかと憶測だけが頭をよぎる。三人にとっても、セリーナは掛け替えのない存在だった。
どうしたら、という思いがあふれてオルカにも伝わってしまっているのか、指示も上手に伝わっていなかった。しかも警備隊が近くにいるため、ホイッスルではなく手のサインを密かに用いているため、難しい。
「みんな、守備はどうだい?」
途中、フレッドのオルカのモイラが顔を見せたため、彼女についていきフレッドと合流する。馴染みのモーリスさんも一緒だった。
「進展なしです」
「そうか。こちらも出航する船はすべて検視しているが、進展なしだ」
明白な落胆に包まれる。となると出航していないのだろうか。
「フレッド、合図は来るんだよな?」
「セリーナにその気があれば来ます」
モーリスは顔をしかめる。
「ただでさえあの子は落ち込んでいるというのに、海賊連中にそそのかされて戦意を消失されていたら望みは薄いぞ」
「落ち込んでいるって、どういうことですか!」
クレアは勢い余りながら訊ねる。出発前はそんな素振りはなかったはずだ。彼女はいったい何を沈んだ気持ちでいたのか、知りたいと思った。
「島で一緒に暮らしたいと言い出せなかったそうだ。居場所がなかった自分を、受け止めてもらえるかどうか怖かったから、と」
「そんな……」
クレアは崩れ落ちた。てっきりセリーナは元の場所に帰りたいと思っているのだと思い込んでいた。でも、彼女はレナ島で生きる道を選んでいたのだ。
セリーナの気持ちをわかってあげられなかった自分に愕然とする。一番近くにいたのに、悩んでいることにさえ、気づけなかった。
「人の気持ちなんて、すべてわかるものじゃない」
モーリスのそんな慰めさえ、耳に入る隙間はない。
一緒に過ごしていたクレアなら、この情報量でさすがに足りる。治安機関の状態と加えて伝えられたら、助けてもらえる望みは少ないと勘違いしているはずだ。セリーナならそう考える。
「くそがっ‼」
キースは叫んでエノーの指示を出す。
「ちょっとモーリスさんの目の前だよ!」
「知るかそんなの‼」
クレアが慌てて諫めるが、お構いなしにエノーは大きな鳴き声をあげる。
「ピューイー」
エノーが断続的に鳴き声をあげはじめる。
「俺たちは捜しているってわかっていないなら、わからせるまでだ‼」
「ぼくも手伝う」
イアバルもルディにサインを送り、間隔を開けて鳴き声を響かせる。沖合にいても良く響き渡る音だった。
「近くにいたのがモーリスさんだけで良かったな。わかった、俺たちもその方法でいこう。くれぐれも、モーリスさん以外の人の目の前でやるなよ!」
フレッドの許可でクレアも気を奮い起こしてピオにサインを送る。
(お願い、あたしたちの想いに気付いて‼)
クレアはそう願い続けた。
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