第31話 飛び越えて➁

「夜明けと共に行動を開始する。まずは島周辺の船舶は必ず船室内をチェックしろ。二人一組で行動し、常に警戒態勢を敷いておけ」

「今回はレナ島の島民たちも捜索に当たります。彼らの指示があれば、その通りに動いてください」


 モーリスとフレッドが主に貸し出された警備隊に指示を出していた。だが、フレッドの言葉に警備隊員にどよめきが走る。


「あの、少しよろしいでしょうか」


 隊員の一人が手を上げた。モーリスがうなずいて発言を許可する。


「レナ島って〈渡しの部族〉ですよね?隊員でもないのに、なぜ彼らの指示に従う必要があるんです?捜索しているのはその島の子どもなんですか?」


 これは暗に、その人たちとは共に行動したくないという態度のあらわれだった。露骨に嫌そうな顔で、こちらを見ている。他の隊員も同様だった。


「問題があるか?」


 たじろぐフレッドを余所に、モーリスは無表情で隊員に問いを投げかける。


「子どもなら、まあ仕方ないですけど……。その、彼らの指示に従う意味が理解できません。これは我々の領分です」


 やはりそう来るか、とフレッドは思った。


 部族の秘密は代々守りつないできたのは確かだが、いつかは綻びが生じる。今まで守り通せてきたのが不思議なくらいだった。それができていたのは、島民たちが誇り高かったからでもある。


 しかし、オルカを操る術を秘密にしてきたのは、悪用されないためでもあるが、こういった非常事態のときに説明に困る。


「彼らはあんたらよりも、海に優れている。それだけでは不満か?」


 有無を言わせぬモーリスに隊員はたじろいだ。


「治安機関の領分という建前を述べて、自分たちのプライドを守ろうとしているのではないだろうな」

「い、いえ」

「足りない人員は港の男たちを招集させる!ワシに従え‼」

「はい‼」


 とても老人とは思えない声を張り上げて、モーリスは隊員を鼓舞させる。相手を黙らせるだけでなく、威厳のある人格で統率を図ろうとしていた。


 隊員たちはそれ以上何も文句を言わずに、仕事に当たり始めている。不満は残っているのだろうが、与えられた仕事をまっとうしようとしている治安機関の顔をしていた。


「やっとそれらしい顔色になりおった」

「モーリスさん、本当に助かりました」


 横でこぼすモーリスを横目に、フレッドは感謝の言葉を述べる。本来ならばレナ島民代表として、説明しなければならない立場にあったのに、秘密を打ち明けることなく計らってくれた。モーリスさんでは守り通すことは叶わなかっただろう。


「なあに、言えない理由があるのなら、それも仕方ないだろう」


 親しい間柄であるモーリスでさえ、〈渡しの部族〉たちの暮らし方を知らない。

小さな島で島民自体少数のなか、限られた物資で暮らすのはもの好きがするようなものだ。いくら定期的に船が来るにしても、曰く付きの島には来たがらない人が大半だ。島民の人のなかにも、レナ島以外の場所で暮らそうと出て行った人たちだって沢山いる。


 それでも自らの暮らしを守ろうとしている人の気持ちを理解しようとしてくれる人がいる現実に、感謝の気持ちが募る。


「聞こうと思っていたんだが、フレッドが嬢ちゃんに入れ込む理由はなんだ?島民の子でもないのに、暮らしの秘密を打ち明けられるか迷ってまで、あの子を救う必要があるのか?」


 わざとらしい言葉を用いて訊ねるモーリスに苦笑をこぼす。


「モーリスさんらしくないですね、その言い方は」

「直接的な表現をあえてしたのは申し訳ないが、気持ちを聞きたかったんだ。フレッド持ち前のやさしい性格以外にも、理由があるのではないかと思って」


 フレッドは二人で船に乗り込みながら、考える。そしていち早く脳裡に浮かんだ言葉を口にする。


「セリーナはもう家族なんです。家に住むようになって、朝早くから漁に出ていたので会話する機会は妻よりも少なかったですが、あの子がいなくなる家なんて想像できない、したくないんです」

「家族、か……」

「最初は親切心で家に泊めている気分でした。ですが、元気になるにつれて娘と海に出て打ち解けていくようすを見て、温かい気持ちになったんです。……あの子は、レナ島という貝に入り込んだ核なんです」


 まるで真珠ができる行程のようだ。


 自然にできる真珠は、偶然混入した異物が核となり天然真珠となる。その確立がいかに低いかはすぐわかる。


 変わったのはセリーナだけではない。娘やその友人たちも変化を見せ、日常が輝いていた。特にキースは素行不良が改善されつつあると、同僚から聞き及んでいる。


「セリーナはレナ島の島民です」


 フレッドがそう言うとモーリスは笑う。あの子はもう居場所があるのに、言葉にしてもらえていないから偏狭的な考え方になっているだけなのだ。


「その言葉、直接嬢ちゃんに掛けてやれ」

「はい」


 そうすればこたえが決まっているセリーナは泳いでいける。


 この大海原を。

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