第30話 飛び越えて➀

 陽が昇り町中が徐々に活気立つさまを、外から漏れる喧噪から感じ取る。セリーナは悪夢の一夜が明けてはいたものの、全くと言っていいほど眠れていなかった。暗い部屋に閉じ込められてばかりで外の世界がどうなっているのかさえ、確認する術を持ち合わせていなかった。唯一昼夜がわかる術は、自分の監視をしている海賊たちの口から発される言葉の数々と、外から聞こえる音だけだ。


 あれからずっと監禁されていて、セリーナは気が滅入っている。妃になるために閉鎖空間に連れて行かれた日々に舞い戻っているように錯覚してしまい、めまいを覚える。また、自分は縛られた生活をするようになるのか、と。


 だが、辛うじて泣かず気丈に振る舞えるのは、助けが来ると信じているからだった。夕方になれば、いなくなってから一日が経つ。フレッドさんやモーリスさんがセリーナの身を案じている頃だ。助けは必ず来る。それに、海に出ればお守りの効果が発揮できるはずだ。


「えらくおとなしくなったな」


 入室してきた男はセリーナを見下ろしてそう言った。


「……別に」

「与えた飯くらいちゃんと食っておけ。活きが良くないと上玉は売りにくい」

「あなたの都合に合わせてやるつもりはないので」


 セリーナは素っ気ない態度で応戦する。なんだその犬に餌をやるみたいな言い方は。


「————なあ、オマエ本当に助けが来るとでも思ってんのか?」


 来るに決まっている!と言ってやりたかったが無言を貫き通す。下手に口を滑らせて警戒心を強くされたら、捜索も難航する。下手を打って足手まといになるのだけは極力控えたい。


「言い方を変えてやる。島の人間でもない、余所様を治安機関は相手にしてくれるとでも思っているのか?居場所のないオマエに、助けを求める権利があると本気で思っているのか?」

「それは……」

「オレが無能に見えているのなら間違っているぞ。海賊の頭やってんだ、面倒ごとになるのは嫌なんで、避けられるだけ努力はするさ。身寄りのない人間を選別する目は養われている。そんで、オマエが救った女もオマエ自身も、頼れる相手がいないと踏んで連行しているわけだ」


 最初から、この男は先を読んでいたのだ。

 頼れる相手なら確かに存在する。フレッドさんたちは様々なことを教えてくれて、居場所をつくってくれた大事な人たちだ。だが、その人たちがいざというときに行動してくれるかは別問題になってくる。


 目の当たりにした、〈渡しの部族〉の待遇。

 この男が想定しているのは島の民間人としての待遇として物を言っているのだろうが、捜索を依頼するのはフレッドさんだ。民間人ですら渋るなら、〈渡しの部族〉の人間を相手にしてくれるだろうか。


 そこまで想像すると、セリーナは目の前が暗くなった。


(この船を見つけてもらうのは、不可能だ)


 自分は這い上がれない絶望の淵に、知らず知らずの間に立ち、それでも希望を見いだそうとしていた事実に、吐き気がしてしまう。


「やっとわかったか。そら、その袋に入れ」


 男は朝の袋を指差さした。ちょうど人間が一人入れそうな大きさの袋で、それで海賊船まで連れて行く気なのだ。


「いやだっ!」


 セリーナは暴れて拒否をした。こんなところで終わりたくないと切に願い、叫んで暴れ回る。


「往生際が悪いぞ!」


 その言葉を最後に、セリーナは後頭部を殴られ気絶する。

 その頬には涙の痕が残っていた。

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