第29話 翻弄④

 ふと気がつくと、硬い地べたに横たわっていた。はっきりとしない頭で身体を起こすと、直後首の後ろに鋭い痛みが走り、セリーナは呻いた。


 痛みが鮮明になるにつれて意識がはっきりとしはじめ、ようやく自身の身に起きていることを悟る。自分は海賊の商品にされてしまっているのだ。


「と、とにかく脱出しなきゃ」


 ドアに手を掛けるも、しっかり施錠されていてびくともしない。それどころが、窓も閉め切られ逃げられないように手堅く固定されている。どうやら監禁されている場所は、倉庫もとい商品を収納している部屋らしい。光はドアの隙間から漏れる微光のみで、抑圧されているような重厚感が息苦しかった。


 咄嗟にポケットに忍ばせていたホイッスルに手をやる。たまたま首に提げなかったお陰なのか、何も持っていないと判断されたのだろう。荷物検査をされて取り上げられなくて安心した。まあ、小娘ごときに海賊がやられるとは思えないので、見過ごされた可能性も否めないが。


 だが、安心している暇はない。セリーナの状況は完全にまずい。このまま相手側の思うままになったら、見ず知らずの土地の知らない人間に売り渡されて壮絶な人生を送るはめになる。やっと決心がついたのに、海賊に売られて夢破れるなんて御免蒙りたい。


「きゃ————っ」


 ドアをガチャガチャ動かしていると、突然外側から扉が開き尻餅をつく。


「お目覚めかお姫さま」


 自分を捕らえた「親方」と呼ばれていた巨漢の男が、こちらに歩み寄ってきた。


 幸か不幸か昔呼ばれていた敬称を口にされて、セリーナは眉をひそめる。わたしはもう、お姫さまを捨てたのだ。


「そんなふうに睨んでも助けは来ないぜ。オレたち海賊は、未だに検挙すらされた経験のない精鋭が集っている。治安機関の監視なんて簡単にかいくぐれる」


 諦めておとなしくしていろ、と命令されている。


「あなたたちになんか、死んでも従わないわ‼」


 セリーナは腹が立って言い返した。なんでもかんでも、言われてばかりで黙っていると思われては大間違いだ。


「威勢がいいのは結構だが、ここはオレたちの領域だ。どの道宵闇と共に出航してしまえば奴らの目などただの傀儡になる。おとなしく絶望を噛みしめていろ」


 セリーナは側に並べられていた花瓶を手に取ると、去りゆく背中に叩きつけるため大きく振りかぶる。


 だが、それを察知していたのか易々と身を躱され乱暴に髪を掴まれた。花瓶はそのまま床へ落下し、派手な音をたてて割れた。


「———腕の骨を折られたくなければ抵抗しないことだな」


 つんのめりながら睨むと、セリーナの腕を取り力を掛けられる。ミシミシと腕が鳴り、苦痛に顔を歪めたセリーナは、我慢できなくなって抵抗するのをやめた。


「そもそも、だ。おまえはレヴィル諸島……いや、チェヴェノ王国出身の人間じゃないだろ?見た目は隠せないぜ」


 顔をのぞき込まれて視線を合わせられる。男の視線は、面白い玩具でも見ているかのような瞳だった。


 見た目は隠せない、と直接的に言われてセリーナは一瞬顔を伏せた。漂流してすぐは、自分と他人の見た目の違いに戸惑いがあったものだが、島民たちは気にせずに接してくれたために、さして気にせずに過ごせていた。


 見た目にこそ違いはあるものの、人を見下すような態度は絶対に取らなかったし、悪意があるような仕打ちもしてこなかった。時折厳しい言葉を投げられるときもあったが、それはセリーナ自身のためを想っての言葉だ。


 見た目を再度意識するようになったのはここ数日、ドミニク島に渡ってからだ。悪意とは無縁の島での暮らしで、危うくこれが普通なのだと忘れるところだった。


「……誰も知らない異国の王女って言ったら、丁重にもてなしてもらえるの?」


 セリーナは身体で抵抗する気は失せていたが、言葉で相手に抵抗をするためにあえて挑発的な態度を取った。


「そりゃあ良い!目玉商品は王女さま、とでも宣伝してやろうか。高値がつくぞ」

「……ご自由に」


 挑発も見事な切り返しで反逆されて撃沈する。


「そうだ。オマエに選択させてやろう。ここで海賊として働く権利と売られて未来のない生活をする権利のどっちかだ」


 海賊として働いた方がマシな気はするが、どちらもまっとうな生き方をさせてくれなさそうな選択肢だ。


「どっちも御免蒙るわ」


 セリーナは光のある目で男を睨む。自分が選んだのはレナ島で暮らす未来だけで、その他の未来を掴むつもりなんてない。


「ふん。時間までおとなしくしていることだな。どうせ助けなんて来やしないぜ」


 男はセリーナを放ってドアを再度厳重に施錠して去って行った。


 自分の力では脱出の叶わない部屋に再び監禁されたセリーナは、暗闇に閉ざされた途端不安に駆られた。


 このまま助けが来なかったら自分は商品として売られてしまう。売られた先の生活を想像すると、恐怖で自然と息が荒くなる。


(————あの女の子は無事に逃げられたのかな。あの男は何も言ってこなかったし、おそらく逃げ切れているんでしょうけど、あの子がどうにかして誰かに伝えてくれればまだ光はある)


 セリーナは結果的にこうして監禁されてしまったが、少女を助けたのは後悔していない。それに、まだ助けが来ないなどとは思ってはいない。必ずフレッドさんが気付いて行動してくれるはずだ。


 セリーナはポケットにあるお守りを強く握りしめた。

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