第28話 翻弄➂

 治安機関の駐在所までは徒歩で歩いてもすぐ到着するくらいの距離に位置する。ドミニク島は観光資源として機能しており、多数の人を収容できる大きさを誇っているため、島としては大規模だが、やはり島だ。国と比較するとそれほどまでもない。


 シャモルダはモーリスの背中を疲弊した顔で眺めていた。老人のくせにやたらテキパキ行動し、真正面から特攻していく目の前の男に対して、上官に気を使い頭を下げている自分ときたら惨めだった。


「この愚か者が!その短絡的な思考で、よく治安機関長官の顔をしていられるな!」


 会議室の一角で怒号を響き渡らせているのはモーリスで、彼の怒りの対象は長官であるレスリーに向けられている。


 強面のレスリー長官に互角に向き合えるその精神力に目の玉が飛び出しそうな感覚になる。というより若干長官の方が引き気味に見えるのは、モーリスの正論に敗北を感じているからだと思われる。


 ちなみにモーリスが激怒したのは長官のあるひと言がきっかけである。


「〈渡しの部族〉の娘ひとりのために、部隊を動かすわけにはいかない」


 これが発端だった。


 これが裕福な貴族相手であれば二つ返事で了承していたはずだ。だが、立場上問題が生じる恐れのある、最端の島の子どものために部隊を動かすのは、地元民からの知られたときの妬み恨みを買うのではないかと危惧される。だから断った。嫌なところでレヴィル諸島全体の課題が浮き彫りにされた瞬間だった。


「つまらんプライドに振り回されて本来あるべき職務を見失うとは、とんだ体たらくだな」


 止まらないモーリスの追随はさながら釣り針のかえしだ。餌や釣れた魚が外れるのを防ぐ役割を持ち、一度掴まったら最後。


 そしてなんやかんや押し問答を繰り返し、現在に至る。


 重い腰をそのままにする治安機関と無理矢理腰を上げさせようとする老人の口争い。正直このまま機関そのものを頼っていては、時間ばかりが過ぎていくだけになるのは目に見えている。


「どうしても動かないと言うのなら、ワシが部隊を統率する」


 ついにモーリスが音を上げて苦肉の策を口にした。なるほど昔は悪党を懲らしめていた人が提案しそうな案だ。そしてこの老人ならこなせてしまえると確信できるのは、その威厳故だ。


「そうもいかないだろう。老人に部下を預けるわけにはいかない」


 だが、長官も諦めが悪い。腕を組み、徹底的防御態勢に入っている。


「ならば王国に事後報告すれば良かろう。治安機関はチェヴェノ王国直轄の組織なのだから、モーリスが勝手に部隊を動かしたとでも密告すれば処罰でも下る」

「ヒュー」


 シャモルダは話を横で聞いていて、その丸め方に口笛を吹いて驚きをあらわしたが、長官の死の目線に脅されて姿勢を正す。


 モーリスは長官が王族の意向に反論できないとわかっていて、あえて報告しろと告げている。無論、報告されたところでモーリスにはなにも罰は科されない。なぜならモーリスは王が懇意にしている人物の一人で、今回の事態くらいでは咎のうちに入らないからだ。


「……部隊は貸すが、人数は多くは貸せない。それと、指揮をするならそこのシャモルダを通して行え」

「え?そんな無理ですよ」


 矛先が急に向けられて焦る。指示されてばかりの人間に、いきなり人の上に立てなど命令されても、勝手を知らない。


「良いから黙っていろ!」


 理不尽な命令をされて、シャモルダはあきれかえった。


「了解だ」


 シャモルダの反論などもとからなかったように進んでいく会話。

 そして空気扱いされて進んだ交渉の区切りがつくと、港に少数の部隊を引き連れて合流する運びとなった。シャモルダの意向など丸無視で。


「もう少し配慮のある言葉遣いができないんですかー?あれじゃあ、反感を買うのも同然ですよ。それに俺を巻き込むなんて、ひどいぜ旦那」


 玄関口に入るなり警備の警官を掴みあげて「上を呼べ」などと指図されては、険悪な雰囲気にもなる。モーリスの側で歩く通訳係になり、挙げ句指揮まで任される羽目になるとは、つゆほども思っていなかった。シャモルダは愚痴を窮屈と一緒に吐き出した。


「海賊ごときを野放しにしている馬鹿どもに言われとうないな」


 ぐうの音も出ない。まったくその通りだ。そしてシャモルダも「馬鹿ども」の一人としてカウントされているのは言動からして明らか。


「旦那、近頃の海賊事情を知らないでしょう?」


 つい愚痴がこぼれる。


「事情も何も、街の警官たちを観察していればよくわかる。ワシがひと言であらわすなら、あれは怠惰の塊だ」


 おいそれはあんまりだ、と心のなかで突っ込んでおく。まあ確かに一部の同僚は巡回と称した散歩をして職務放棄している人は、いるにはいる。補足しておくと、シャモルダは真面目な部類に即する。……おそらくは。ちょっと自信はない。


「王族とコネのある総元締めがトップになれば、情勢も変わるんでしょうね」

「ワシは職人だ」


 あくまでも職人を貫くその姿勢は賞賛に値する。ひとつのことを貫こうとする信念は、伊達の人間にはできない所業だ。これがこの老人を慕う人が多い理由なのだ。


「それに指揮はこのワシの言葉を通して行うだけだ。あんたもこの件に自ら関わりを持ったんなら、最後まで責任を持て」


 強烈な一撃がシャモルダに殴りかかる。モーリスの言葉はいつも一理ある正論ばかりだ。


「モーリスさん!」


 フレッドの声が聞こえる。これで約束していたとおりに港での合流を果たした。


 さして集った救出部隊は行動を開始しはじめた。

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