第27話 翻弄➁

 港まで向かったフレッドは馴染みに漁師を見つけ出すことからはじめた。


「あれオマエ、フレッドじゃねえか!どうしたこんな夜更けに」

「今空いている船はあるか?レナ島へ渡れるくらいの」


 先日港で話しかけてきた男に、彼の問いを無視して矢継ぎ早に言葉をつなぐ。


「ああ?レナ島だあ⁉」

「そうだ」


 フレッドの言葉の意味にようやく気付いたのか、驚いた表情から一変、男は口を曲げて心配そうな口ぶりになった。


「あるけどこんな暗闇のなか船を出すのか?」

「月明かりがあれば俺たちにとっては些細なことじゃないからね」


 今は押し問答をしている時間さえ惜しいのだ。はやく用件を伝えて戻ってこないと、連携が取れなくなってしまう。


「一ヶ月間、フィッシングポイントを教えるのでどうだ」


 フレッドは考えておいた交渉材料を開示した。〈渡しの部族〉は独自の手法で的確に漁業を行っているが、それ以外の漁師たちは海鳥の動向の観察などの地道な作業が必要となる。やり方を指導はできないが、ポイントを教えることは可能なのでそれを引き合いに出した。漁師にとってはフレッドたちのように効率よく漁をするのが夢なのだ。


 実際のところは、オルカたちの協力を得て漁を行っているに過ぎないのは内緒だ。オルカの行動を縛るような事態を避けるためには、調教の秘密は何があっても守る。


「乗った!その言葉忘れるなよ‼」


 念を押されて思わず苦笑いする。こんなに食付いてくれるとは予想外ではあった。


 だが、交渉材料として思い浮かんだのはそれだけだったため、彼がさして考える素振りを見せずに了承してくれたのはありがたかった。


 フレッドはそれから用意された小型船に乗り込み、単身レナ島まで渡った。


 レナ島に一時帰ろうと思った理由は、娘のクレアたちに聞き出したいことがあったからに他ならない。


 セリーナの不安を助長したくなかったので口出しをしなかったが、出航する際彼女が〈渡しの部族〉だけが持つホイッスルを隠して首に提げていたのを知っていた。セリーナはお守りだと主張していたが大方、彼女を気遣ったクレア含めその友人が、ホイッスルを貸してあげたに違いない。ホイッスルは一人一つのみ持てる道具なので、貸したのは父の形見として所持していたキースだろう。


 本当ならばフレッドは娘たちを叱る立場にある。


 だが、掟を破った娘たちを叱る気になれなかったのは、すでにセリーナは島の子だと認識していたからだ。


 あの子は遠い異国の王の縛りから解放されて、生き方がわからないなりにこたえを模索していた。そして娘たちと自分なりの生き方を見つけるために、誰かから言われたことではなく、自ら考え行動する術を学んだ。


 セリーナは、もう王族として縛られる必要はなくなっているのだ。


 ただ、本当のこたえを己の内に秘めていても、どこかで異国の地を思い出し、その度に胸が苦しくなる思いになり、強制的に踏みとどまっている状態だ。


 フレッドは娘に励まされながらも、次第に暗い顔をするようになったセリーナを心から案じて、今回ドミニク島へ誘った。彼女の気分転換とフリージア王国と呼ばれるまだ見ぬ地について情報を得られれば、成長する機会になると考えた。


 月明かりを頼りにレナ島を目指すと予想した方角に島の影があらわれた。


 影を捉えてから時を待たずに、レナ島へ到着したフレッドは急ぎ足で娘のクレアがいる我が家へと足を向ける。


「フレッド⁉こんな夜中にどうしたんだい⁉もう帰ってきたのかい?」


 鍵を開け、イカットの寝床へ行き寝入っている彼女を揺すり起こす。


「急に帰ってきてすまない。話があるからクレアを起こしてくれないか」


 ただならぬ雰囲気を察したイカットは、瞬時に寝ぼけていた頭がさえ、間髪入れずうなずいた。


 フレッドはリビングの灯りを付け、話をする準備をはじめる。おそらく今付けた灯りは、朝まで消されることはない。


「どーしたの、とうさん……」


 完全に頭が寝てしまっているのか、クレアはとろんとしたまぶたのまま私室から出てくる。覚束ないその背中を、完全にイカットが支えていた。


「クレア、セリーナにホイッスルを渡しただろう?」

「んえ?なんのこと?」


 間抜けな表情をしているクレアは本当に何のことだかわからないという顔をしている。フレッドは眉間にしわを寄せた。自分が彼女の胸元に見たものは別の物だったのだろうか。


「セリーナが海賊に攫われた。今はできるだけ手がかりが欲しいんだ。知っているならすべて話すんだ」


 端的に事の経緯を説明すると、クレアはようやく目が覚めてきたのか、唇を震わせて問いかけてきた。


「セリーナが……攫われたの?」

「そうだ。だから、教えてくれないか?彼女がホイッスルを持っているのなら、島民の協力を得て探し出せるかもしれないんだ」


 しかしクレアは思い当たる節がないのか、首を振るばかりだった。


「あたしホイッスルを渡した覚えなんてない」

「友だちはどうだ?」

「キースなら、渡してるかも。最近セリーナと仲良くなっていたし、他の子と違って自分のと二つ持ってたから」


 やはりキースの可能性が高い。フレッドはクレアを連れてキースの家へと向かった。

 真夜中の突然の訪問を詫びつつ、緊急事態である旨を伝えてキースを起こしてもらった。


「単刀直入に聞く、君はセリーナにホイッスルを渡さなかったか?」

「なんなんですか、やぶから棒に。俺はそんなことしませんよ」


 フレッドの追求に、キースは戸惑いを慌てて隠しながら至って平然のように振る舞い否定の言葉を口にする。彼が恐ろしい形相をしながら詰め寄ってくるため、怒られないためにも保身を優先させてもらった。というより、セリーナがバラしてしまったのだろうかと不審になる。でもその割には元凶のセリーナがいない。


「お願いキース!本当のことを話して。セリーナが危ないの‼」


 大粒の涙を文字通り滝みたいに流して追いすがるクレアを見て、キースは事態の説明を目線で彼女の父親に求める。きちんと彼の顔を見ると、真剣な顔でこちらを見ているのがわかった。


 それから大筋を聞いて、重大さを悟ったキースは観念して打ち明けた。


「ホイッスルは俺が渡しました。お守りだというテイで」

「ありがとう、これで彼女を捜索するための手段が見つけられた。本来ならば君たちを叱るところだけど、その前に君たちには協力してもらいたい。セリーナを取り戻すために」

「協力します」


 キースの力強い受け答えに少し微笑んでから、フレッド再度口を開く。


「セリーナはこのホイッスルの使い方を知っているかい?」


 重要なのはそこだった。いくらセリーナがホイッスルを所持していたとしても、持ち味を理解していないと、彼女が扱えるかどうか微妙なところだ。


「今まで使用しているところを見ているはずなので、概要くらいは」


 ならばまだ勝算はある。彼女が使用するべき場面でホイッスルに息を吹き込めば、複数あるとされている海賊船のなかの、どこにいるのかわかる。


 海賊は海が縄張りだが、〈渡しの部族〉とて海が畑だ。なんなら、こちらの方が海を知り尽くしていると言っても過言ではない。必ず、セリーナの居場所を見つけてみせる。


「俺たちも捜索を手伝わせてください。俺の父親のホイッスルなら、エノーが反応するでしょうし、他のオルカでもかすかな音に反応できます」

「わかった。でも約束してくれ、船を見つけたら、危険なことには首を突っ込まずに俺に連絡を寄越すこと。俺もオルカを連れて、治安機関と連携して捜索をするから」


 クレアとキースがうなずく。イカットが付いていてくれるので、後は彼女に任せても大丈夫だ。


 フレッドは立ち上がり、一度家に立ち寄って自分のホイッスルを手にしてから、再度島を旅立つ。


 今度は一人ではなく相棒のオルカのモイラを引き連れて島へ戻る。一定の沖合でサインを送り、その場で留まっているよう指示を出しておく。下手して海岸沿いに待機させていると、漁師たちの餌食になるためそのような手法を取らせてもらった。今後、彼らが捜索のための重要な鍵となる。


 フレッドは明けはじめて霞む空を見送る。遙か彼方の水平線上から顔を覗かせる道しるべは、妖艶な輝きを放っていた。

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