第26話 翻弄➀

 フレッドは一度モーリスの館に戻り、事の顛末を説明した。


 これからセリーナを拉致した連中の素性が明らかにして、治安機関全体で動かなければならない。しかし、素性がわかっていない以上、迂闊な行動は避けるべきだった。


「ふむ、なるほどな」


 モーリスは顎をさすり、どうしたものか思案する。

 賊にも種類がある。集団で活動しているものもあれば、個人での略奪を遂行している強者まで存在するのだ。


「現場を見ていた嬢ちゃんはどこだ?」


 フレッドに案内された先に身を縮めている少女に、膝を折って目線を合わせると、静かに問いかける。


「お嬢ちゃん、名前は?」


 怯えた瞳を向けた少女はしばらく黙っていたが、根気強く待っていると、口を開いた。


「……ランシー」

「ランシーだな。よし、ランシーが攫われそうになったときに、連中はなにか言っていなかったか?些細なことで構わない、教えてくれ」


 少女はまた黙ってしまったが、視線を彷徨わせているのを察するに思い出そうとしているのだろう。彼女なりにセリーナの無事を願っているのだ。


「……商品だから、傷をつけるなって。あと、私は上物じゃないから、いつもの船にって……」

「海賊か……」


 ランシーのたれ込みの通りなら、商品のランクによって船を分けている可能性が考えられる。複数の船を所有し警備の目を攪乱して上手く逃げおおして見せようと試みる海賊がいるとは耳にしていた。


 警備の目が一つに集中するのを逆手に取り、切り捨てて良い味方を潔く切り捨て、良い商品を確実に持ち出すための手法。近頃この手の悪人が増えている。


 仲間すら見捨てるのかと呆れたくもなるが、それが彼らの生き方なのだ。どうしようもなく理解できない連中を相手にしているというのは、本当に頭が痛くなる事柄だった。


「周辺海域を捜索するよう手配させるのが関の山ってところか」


 シャモルダは低くつぶやく。


 現状を察するに、下手に治安機関を出動させても無駄足になりそうな状態だ。厳しく循環していたとしても、警備の目をかいくぐっている以上把握していない場所に停泊しているとみて良さそうだ。


 そして最大の問題点は、少女一人に対して治安機関が動いてくれるかどうか。


「あんたら一介の警察官が進言したところで、紙一重だろうが。ワシが直接赴く」


 モーリスに険のある形相で睨まれて、シャモルダはうなりをあげる。痛いところを突かれた。

 自分と関わりのある少女が事件に巻き込まれたとあれば、治安機関の所属の警察官として助力しようと意気込んでいたのだが、休日に趣味に励む程度の警察官となるとその程度の人間であり、発言権は皆無である。


 瞬時に見抜くモーリスに素直に舌を巻く。さすがは総元締め、ドミニク島ひいてはチェヴェノ王国王室の顔利き。


「そんじゃあ俺らは機関の長官と面会に行くしかないか。旦那もついてくるか?」


 シャモルダはフレッドを見やる。


「————いや、俺は少し用事を済ませてくる」


 やや遅れた返事に怪訝な顔をしたが「気にしないでくれ」とまで言われれば、従わないわけにはいかなかった。


「嬢ちゃんは必ず助ける。港で落ち合おう」


 うなずいたモーリスはフレッドを真っ直ぐ見つめる。その目はすでに島を統べる長の表情だった。


「わかりました」


 シャモルダとモーリスは治安機関の拠点へ。


 フレッドは港へと足を向けた。

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