第24話 恐怖の対象➂
店を出たセリーナは興奮で高鳴る胸を押さえながらフレッドさんを捜した。グラスを見ることに夢中になり、彼の姿を失認していたのだ。
近辺にいるだろうと周辺を回ってみたものの、一向に姿は見つからず彼にも心配を掛けているのではないかと思い、早足で人混みをかき分ける。しかし、こう人が多いと合間を縫って歩くのにも一苦労で、おまけに人酔いしそうになってしまった。
無意識に人の少ない場所の見当を付けていたようで、やがて閑散とした路地へと抜ける。ジメジメとしていて悪寒が走りそうな場所だ。
明らかに場違いなところへ出てしまい、急いで引き返す。だが————
「たすけて!」
奥の路地から甲高い女性の声がこだました。
セリーナは反射的に声のする路地まで走り、角からようすをうかがう。
「静かにしろ!でなければ殺す!」
物騒な内容が飛び交い、息を潜んで暗がりをのぞく。小柄の少女を大柄の男が痛めつけているのが目に入る。
人攫いかもしれないとセリーナは思った。柄の悪い男が少女を押さえつけて縄で拘束しようとしている。
セリーナは胸に抱いていた包みを隅に置き、手近に合った空きビンを手に取って、男向けて投擲した。ビンは見事に男の後頭部に直撃し、派手な音をたてて割れた。
「走って逃げて!」
セリーナが鋭く叫ぶと、少女がこちらに向かって走り寄ってきた。
「もう大丈夫だよ。一緒に大通りまで出よう。そこなら人目もあるから」
急いでそれだけ言うと一目散に駆け出す。
「なんの音だ!————おい、商品が逃げたぞ!追え‼」
派手な音を聞きつけてやって来た男たちが、そろって集まってくるのを背後で聞きながら一心不乱に駆けていく。お土産がそのままだったが、後で回収すれば問題ない。
だが、男が投げた縄に足が絡まりセリーナは勢い余って転倒してしまう。その拍子に、深々と被っていた帽子がパサリと落ちた。
「わたしはいいから!はやく行って‼」
こちらに駆け戻ろうとする少女に向かって叱咤の声をあげる。このまま二人して掴まれば、助かる見込みはなくなってしまう。誰か一人でも逃げなければならない状況で、足手まといになったのはセリーナだった。
「このっ!よくもうちの商品に手を出してくれたな!」
走って逃げる後ろ姿を見送るや、早々に髪を掴まれて上を向かされた。
「あなたたちこそ、人を商品にするなんて最低よ‼」
「お褒めにあずかり光栄だな!」
手を振り上げられて、殴られる衝撃に目を閉じる。
「————待て。オマエ、どこの国の人間だ?」
太い声の主の静止に、振り上げられた手は宙で静止する。目を開けると、巨漢の男がこちらを見下ろしていた。
「その金髪に白い肌、この国周辺の人間じゃないな」
「親方、いかがします?」
親方と呼ばれた巨漢の男は、こちらを値踏みするように眺めた。身じろぎをして脱出を試みるが、押さえつける力が強く逃れることはかなわない。
「珍しい女だ、こいつを目玉商品にしよう」
絶望的な宣告が身に降りかかる。
自分は今から身売りされるのだとわかると恐怖が腹の底からわき上がる。外の喧噪さえ、目の前の男たちが支配しているのではないかと錯覚させられて、顔が青ざめた。
「抵抗しなければ、悪いようには扱わない」
有無を言わせぬ脅しにセリーナは叫ぶ。
「こんなことをして、タダで済むと思っているの⁉」
「オレたちの主な仕事は略奪だ。めまぐるしく変化する情勢にいち早く定着させていった海賊だけが、勝者の杯を交わせる。今高く売れるのは人間だ」
「海賊……!」
このごろつきは海賊だったのだ。
あの少女を攫おうとしたように、ああやって人気のないところで息をひそめて暗躍しているのだろう。きっとセリーナがこうして痛めつけられているのなんて、日常なのだ。
「おっと、暴れないでもらおうか」
セリーナは拘束から逃れようともがいたが、首の後ろを殴られて気絶した。四肢が力なく垂れ下がる。
「袋に詰めて、拠点に監禁しておけ。時が来たら運び出す」
男の指示が裏路地に響いた。
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