第20話 ドミニク島への渡航④

 ドミニク島は澄んだ蒼い海が広大に広がり、外周は海水浴場などの観光スポット、内になるにつれて宿泊所やカジノといった賭博場まで設立されている。お金持ちが楽しめそうな施設が建ち並び、道楽に飽きることのない場として完成している。


 セリーナは次第に姿を明確にしていく島の外観を眺めては眉をひそめる。身分の高い人間を思い出すだけで、過去の自分までもが追随してくるのが苛立たしい。無意識に胸元にあるお守りを握りしめて心を落ち着かせようとした。


「港に到着したら、まずは仕事から終わらせてしまおう。ついでにお得意様のおじいさんからも話を聞いてみよう」


 今回フレッドがドミニク島へ渡る理由は、先日浜揚げして選別をした白蝶真珠を加工してくれる別の業者に依頼するためだった。レナ島の人の技術力があれば、選別から加工の工程をすべて己だけで成すことも可能となるのだが、ドミニク島で暮らす人々は現地での加工を望むのだ。そのため別に業者が存在し、レナ島の人々は交渉を行いながらその真珠を売り込むというわけだ。


 なんとフレッドさんはレナ島一の口巧者として定評があり、難癖を付けて安値で仕入れようとしてくる輩を廃し、利益として換算する腕があると謙虚ながら自慢していた。


 正直セリーナは普段温厚なフレッドさんが、そんな腕を持っていたとは知らず感服する。できればその姿をこの目で拝見してみたいとさえ想ってしまったのだった。


「あの、邪魔にならない程度で良いのでお仕事を拝見したいんですけど……」


 セリーナがおずおずと進言すると、フレッドは柔らかな笑みを向ける。


「こんな地味な仕事に興味を持ってくれるなんてうれしいよ。言いつけを守ってくれるならこちらこそ喜んで!」


 フレッドはそう言うとバックからつばの広い帽子を取り出し、セリーナに差し出した。


「君の風貌はとにかく目立つから、下船する前にはこの帽子を被っておくように。できるだけ髪の毛も帽子のなかに入れてくれると助かる。君の個性を滅してしまうのは申し訳ないけど、これも自己防衛の一環だよ」

「わかっています」


 セリーナは神妙に帽子を受け取り、髪の毛を束ねて帽子にしまい込むようにして被る。やや不格好になってしまうが、こうでもしないと金髪が目立ってしまうことに変わりはない。逆に配慮してくれてうれしかった。


 セリーナがしばらく海原を眺めていると、さほど時間を要さずしてドミニク島へと到着した。久々に人の多い港を見て、まぶしさに身がすくむ。フレッドに背中を押されてようやく我に返った。


 セリーナは身支度をしたフレッドの後を追うようにして下船し、辺りを見回す。海独特の雰囲気に負けないくらいの怒声があちらこちらに響き渡り、活気あふれていた。


「ようフレッド!久しぶりだな、魚の買い付けか?」


 フレッドに気付いた男性が豪快に話しかける。


「いいや、今日はモーリスさんのところにお邪魔するつもりだよ」


 フレッドがそうこたえると、その男性は明らかに気の毒そうな顔をした。


「そういや、今は真珠の浜揚げの季節だったか。……俺以前はじめてあのじいさんに会ったんだけどよ、オマエよくあんな気難しい人の相手引き受けたな。そりゃ総元締めのくせに後釜もいないわけだ」

「そんなことはないさ。あの人ほど眼光が鋭い人はいない」

「そうか?」


 セリーナは二人のやり取りを聞きながら、これから会う人がどんな人なのか頭に描いてみた。気難しい人なら、ひげが生えて頑固な田舎のおじいさんというイメージができあがる。


「ん?この子は?クレアちゃんじゃないよな」


 背後に縮こまっていたセリーナは話の矛先が自分に向かって飛び上がる。後退さって逃げたくなった。


「ああ、預かっている子でね。せっかくだからドミニク島へ案内してあげるつもりなんだ。人見知りだから勘弁してあげてくれ」


 フレッドが一歩進み出てセリーナを隠す。セリーナは萎縮してその背中に隠れた。


「胸に一物ありそうな言い方だな。気をつけろよ、漁師にとっちゃあ俺らは知己だが、街にはオマエらを良く思ってない連中がうようよいやがる」

「承知しているさ」


 そう言うとフレッドは男性と別れ、裏路地へと通じる道を歩き始めた。狭い通路は昼間なのに暗闇かつジメジメとした空気で不気味さがある。港の喧噪などなかったみたいに静かに靴音だけがしていて、セリーナはフレッドを見失うまいと背中だけを見つめてついていく。


 かなり歩いたと感じたところで、フレッドは一軒の古びた家屋の呼び鈴を鳴らす。ひっそりとした場所に佇む家は苔むしていて、空き家だと言われれば納得してしまいそうになるほどの住居だ。


「————入れ」

「失礼します」


 老人特有のしゃがれた声の主が登場するかと思いきや、凜とした声の通る男性の声の人物が姿をあらわした。しかし、見た目はくたびれていて疲れを滲ませた風体で、この人がモーリスと呼ばれていた人物なのだと確信する。


「この嬢ちゃんは?」


 マジマジと見ていたところに視線が交わった。射止められて足がすくむ。


「今日は商談とこの子について話があってきました」

「……とにかく入れ。話はそれからだ」


 モーリスは短く返事をすると二人を招き入れる。


 セリーナは玄関に身を滑らせて中に入ると、以外と家内部は広い構造になっていることに気付いた。外観は小さな家に見えたのだが、廊下でつながっていて家と家が一部つながっており、面積はかなり広いだろう。


「まずは商談から入ろう」


 いくつかの廊下を通り抜けたところで仕事部屋らしき場所へ案内される。二人はイスを用意され、並んでそこへ腰掛けた。


「この前浜揚げされた白蝶真珠です。まだすべての選別は終了していませんが、そのなかでも一級品を持ってきました。モーリスさんなら満足していただけるでしょう」


 フレッドはバックから選別してきた真珠が詰められている箱を取り出し、箱ごとモーリスへ手渡した。


 モーリスは箱を受け取ると、ピンセットで真珠をつまみ見分していく。物静かな時間だけが過ぎ去っていった。


「————はやり〈渡しの部族〉が養殖した白蝶真珠は質が良いな」

「そう言ってもらえると商売しがいがありますね」


 セリーナは二人の世間話に耳を傾ける傍ら、ピンセットでさらに仕分けをしていく手許を集中して観察していた。なにを基準にしているのか、気になったのだ。


「お嬢ちゃん、なにか?」


 あまりに熱心に見入っていたせいだろう。モーリスさんが咎めるような口調で問いただす。セリーナは慌てて言い訳をした。


「すみませんっ、どんな基準で仕分けしているのか疑問になってしまったもので」


 自然と敬語が混じる。この人に簡単な口をきいたら怒られそうだったから。


「それで前のめりになってまで見つめてたわけか……」

「す、すみませんっ」


 セリーナは指摘されてはじめて自分が食い入って見つめていたのを自覚して赤面し、再度謝罪を口にする。それでは相手の気が散ってしまうではないか。


 モーリスは納得した顔をすると、セリーナを手招きして説明をはじめた。


「真珠は養殖するにしても、自然が生み出す産物で、同じものなど存在しない。個性がある点は人間と同じだな。————まずはサイズや形なんかを注視して観察するが、品質を評価する際は真珠層に入った光が反射して内面から光を放つ『輝り』を見る」


 つままれた真珠を観察すると反射して自分の顔が鏡のように写っていた。つまりこれが『輝り』の良い状態なのだろう。


「あとは『巻き』や『色目』、『シミ』なんかで判断していくが、こればっかりは経験だな。なに、近頃の輩のように辛抱がない輩でなければじき判別がつくようになるさ。大体今の若者はすぐに結果を求めたがる————」


 最後の方は愚痴になっていたが、真珠の価値を評価するためには様々な項目があり、それらをクリアしていくことで値打ちも変動していくのだと学んだ。そしてモーリスさんに提供されている白蝶真珠のすべては高価なものであるということは、浜揚げついでに選別を行ったときにフレッドさんが一度珠の選別を行っていたのだ。


「それで?フレッド、話とはなんだ?」


 ひとり言のような愚痴から帰還を果たしたモーリスが問いかける。彼の言う話とは商談ではなく、セリーナについてを指していた。


 フレッドに目で合図を送られ、セリーナは目深に被っていた帽子を脱ぐ。少し長めの金髪がパサリと肩の辺りで広がった。


「かなり前の話になります。レナ島から少し離れた小島にこの子が漂着しました。事情を聞いたところ、俺の知らない国から流されてきたようで。モーリスさんならなにかご存じかもしれないと思い、商談ついでに伺いに来た次第です」

「セリーナと申します」


 セリーナは頭を下げて名乗る。


「なるほどその白い肌に金の髪はチェヴェノ王国に属する国の人間でもなさそうだな。それにその周辺諸国とも異なる。我々は日に焼けた肌と黒い髪を持つ人種だからな」


 モーリスはセリーナを一瞥するなりそう言った。帽子を目深にしていたとしても、拭くから覗く肌までは誤魔化しきれない。はじめて見たときから異色さは感じ取っていたのだ。


「して、お嬢ちゃんがいた国とは?」

「……フリージア王国です。知名度が高い周辺の国としてはトサル連合王国があります」


 この件に関してはセリーナが説明するのがより的確になるだろう。フレッドは事の成り行きを彼女に任せて、有事に口を挟むに慎んだ。


「そのトサル連合王国とは嬢ちゃんたちの国民にとってそんなに認知されているのか?」

「わたしたちの国など恐るるに足らない、強国だと聞かされています」


 故国を話している内に、今フリージア王国はどんな情勢なのだろうかと引っかかりを覚えた。嵐に巻き込まれた人たちはセリーナのように余程の奇跡がなければ、皆海へと閉ざされてしまっているはずだ。自然災害により命を落とした人を両国がどう思うかわからないが、良い方向へは向かわなさそうである。


 妃もとい人質を亡くした連合王国がまた新たな妃を王国側に要求したのだろうか?それともセリーナが嵐に巻き込まれ亡くなったのを口実に王国側が戦争を仕掛けてきたのだろうか?もともと国王はそのつもりだったみたいなので、その可能性が大いにある、だが、戦争に勝つかどうかと言われれば、あの強国に降伏を要求される未来が手に取れる。逆も考えられる。どちらに転んでも、フリージア王国が戦争に勝つなどという未来はなさそうだ。


「……嬢ちゃんには悪いが生涯でそのような国を聞いたことはないな」


 嘆息してこたえにセリーナは顔を上げる。すると、モーリスさんと視線が交わった。


「ワシは年に数度しかチェヴェノ王国を訪れん。狭い世界しか見とらんから、国について専門外だ。フレッド、聞く相手を間違えてないか?」

「申し訳ないです。なにしろ彼女の素性は信頼できる人にしか明かせなくて。ただでさえ〈渡しの部族〉の隣を歩いているんですから、噂にでもなってしまうと困るんです」

「大体察するが……。しかし遠い異国ともなると王国本土へ渡航しないと無理かもしれんぞ。ここの者たちは如何せん島のことにしか詳しくないから、情報量も限られる。いくらここ数百年で世界進出して他国と交流を持つようになったとしても、まだ一部としか交流も拡大できていないだろうし、全土となると我々の知る知識では力不足だろう」

「そうですか……」


 セリーナはやはり一筋縄ではいかない内容なのだと思い知る。モーリスさんの言うとおり、ここ最近で様々な技術が発達し海を旅することが叶うようにまでなり、他国と交わることでさらに発展を遂げようとしていた。その代償として海を越えての戦争が頻発するようにもなっているのがその証拠だ。セリーナ自身教養として最低限の内容は学んでいたので、それはわかる。


 だが、トサル連合王国とは異なり国家としては小規模で閉鎖的な環境下にあったフリージア王国の持ちうる学識はおそらく多くはないだろう。それを考えれば、この島で暮らす人たちも似た状況として捉えられる。


「わかりました。彼女には引き続きレナ島での暮らしに慣れてもらいつつ、徐々に本土へ渡航する準備を整えようと思います。セリーナ、それでも良いかい?」

「……大丈夫です」


 これは仕方のないことだと割り切るしかない。なにせ奇跡的に生き延び、お世話になっている身なのだ。これ以上甘えられない。


「しばらくはいつも通りワシの屋敷に宿泊していけ。二人分の部屋は空いていないが、布団ぐらいは用意しよう」

「お世話になります」


 かくして、セリーナはフレッドさんの仕事が終わる数日間、モーリスさんの屋敷で寝泊まりする運びとなった。

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