第19話 ドミニク島への渡航➂
それから一週間はめまぐるしく過ぎ、あっという間にドミニク島へ渡航する日になった。セリーナは自分の荷物を持ち玄関に立って暗い顔のクレアの手を握る。クレアはこの後イカットと仕事があるので、港まで見送りに行けないのだ。
「それじゃあクレア、行ってきます」
「うん……はやく帰ってきてね」
弱々しく握られるその手は同行できなかった悔しさが滲まれている。
「今生の別れじゃないんだから、いつもみたいな元気さで見送りしようよ」
背後から見送りに来てくれたイアバルが野次を飛ばす。
「わかってるもん!」
こういうときのクレアは我が儘になる。セリーナはこのときばかりは、自分がお姉さんになった気分を味わう。
「大丈夫!話聞いてすぐフレッドさんと戻ってくるから」
「うん……」
「セリーナ、あれは持ってるよな?」
キースが自分の首もとを指し、暗にホイッスルのことを伝える。
「持ってるよ」
「あれってなんのことだい?」
「キースがお守りをくれたんです。とっておきの」
フレッドの問いにセリーナはポーカーフェイスでこたえる。没収されてしまったら、お守りの意味がなくなってしまう。それは避けたい。
「行ってきます」
それからセリーナとフレッドはドミニク島へと旅だった。
クレアは二人を見送り、イアバルとキースと分かれると自室の布団に丸まった。涙がこみ上げてくるものかまわず、嗚咽を漏らした。
「あんた、こんなとこでなにやってんだい」
母親が部屋に入って呆れるのもかまわず泣き続ける。
布団を剥ぎ取ろうとする母親に必死に抵抗するが、器用に剥がされて豊満な胸にすっぽりおさまってしまう。
「お母さん、あたしほんとに頭が悪いよ。あたし協力するとか宣言したのに、セリーナとこれからも友だちで、島で一緒に暮らしていきたいと思ってる。もとの国に帰って欲しくないって思ってる」
クレアはずっと感じていた想いを叫んだ。セリーナにとって最善であれと願っていたはずなのに、自分の思い通りになって欲しいと願ってしまう自分に腹が立って仕方がなかった。もともとセリーナはクレアとは違う時間を生きていて、たまたま巡り会っただけなのに、こんなにも大好きな友だちになったのだ。
声を挙げて泣き始めたクレアの頭を、イカットはそっとなでる。幼子のように泣くクレアを久しぶりに見た。
「あんたは自分の感情を押しつけたくなくて、我慢したんだね」
「うん」
涙声のクレアは自身の顔を埋めて母からの言葉を受け入れる。
セリーナが島に漂着してからというものの、クレアはいつも彼女の側で仕事を行い、寝食を共にする仲となった。幼なじみのイアバルとキースのなかにも彼女が加わり、紆余曲折がありながらも、励まし合って過ごしてきた。彼女がいなければ、なんの変哲もない日常として経過していったはずの島での暮らしが、彼女といることで宝物となったのだ。だからセリーナがいなくなってしまった日常なんて想像したくない。
クレアはただドミニク島へ渡って情報を仕入れに行くだけなのに、その申し出に乗ったセリーナを見て、遠くに行ってしまうのではないかと不安になった。
セリーナは元いた国に未練があるのは知っている。でも、それを上書きできる程度の島生活が待っているのだと示してあげられたら、それで幸せになれると考えたのに。
だが、セリーナにとってはそうではないと突きつけられた気がして、激しく動揺したのだ。まるでクレア自身の行動はただの自己満足だと言われているみたいだった。
そして今、そんな自分の欲望に嫌悪し、落ち込んでしまっている。
「迷わせたら良い」
母親の声にクレアは顔を上げた。言っていることの意味がわからなかった。
「セリーナにこのまま島にいて欲しいって伝えるんだよ。そんでもって、あんたもあの子からの意見を聞くんだ。あたしはやって後悔ってのはあんまり好きじゃないけど、そしたらあの子は相談してくれるんじゃないかい?」
やさしい、それでもって残酷なアドバイスをされる。
「国に帰るって言われたら……」
「でもあんた、気持ちを伝えないで後悔したくないんじゃないかい?言ったろう、やって後悔しなさいって」
確かに的を射た言葉に、クレアは唇をかみしめる。自分だったら、絶対に彼女が国へ帰る決断をしたときに、気持ちを伝えなかった自分を後悔してしまう。そして、心を固めた彼女を乱すような行為をしたくないと、自身の感情を押し殺すだろう。
いずれ後ろめたさに苛まれるのなら、自分を出してしまった方がはやい。
「セリーナが戻ってくるまで、まだ日はある。それまでにあんたはしゃんとしなさい。———ほら、仕事するよ」
クレアが泣き止むのを見計らってイカットは彼女に掛かったままの布団を勢いよく剥ぎ取った。娘がグズグズしているときは、母親である自分が気丈に振る舞うのが精神の安定につながる。
実はイカットも彼女を遠くから見守ってきた身として、彼女がこれからどうしていくのか気になっていた。夫のフレッドは気長に待つべきだとは言っていたのだが、待遇は異なれど、仮にもあの子は王族として身を置いてきた身分なのだ。島での暮らしが彼女の幸せに直結するとは思えないのだ。
セリーナがレナ島で生きていくにしろ弊害がつきまとうのは予想できるし、彼女自身がまだ困難に打ち勝つ強靱さを持ち合わせていないと、いずれ苦しくなってくる。おそらく今回ドミニク島への訪問で、身をもって体験することになるのではないだろうか。
娘にはきつめの言葉を投げかけていたイカットだったが、内心落ち着かない気持ちを抱いているのであった。
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