第18話 ドミニク島への渡航➁
「————そりゃあれだ、自分が一緒に行けなくていざとなったときに守れないから、セリーナの身を案じているんだろ。あいつ、見かけによらず腕っ節は強いからよ。以前遭遇した、そこらの悪代官なんてどこ吹く風だったし」
一連の経緯を浜辺で休憩を取りながらキースとイアバルに説明すると、キースからそんなこたえが返ってきた。イアバルもうなずいて同意している。クレアとはそれから泳ぎの練習をするために浜辺に向かってから、いつもと違って一人で潜りに行ってしまっている。時折ホイッスルの音がするので、オルカとなにかしらやっているのだとは思うが、彼女の例外的な行動に、胸騒ぎがした。
「実はさ、〈渡しの部族〉を良く思ってない人たちが、かなり外の人たちにはいるみたいで、それも原因になっているんだ」
イアバルの告白にセリーナは目を見開く。
彼曰く、いつまでもレナ島という閉鎖空間での生活を生業とし、ひっそりと生活している自分たちを蔑視する人が、島の外にはいるらしい。素性の知れない人間を受け入れるほど、寛容な人たちだとは言いにくい。そこは観光地だけあって、外部からの貞操を気にしている部分があるのだ。
一度〈渡しの部族〉たちの暮らしを観光要素として見学するといったツアーを持ちかけられたことがあったらしいのだが、島民は見世物ではないとの意見が島全体で一致し却下に至った。加えてオルカを使役するようすを披露するなど、人間だけでなく生き物までもを縛るような内容もあり、さすがに許容できない事態に発展すると見込んで、それらの申し出の一切を断った。
しかし、中途半端にレヴィル諸島ひいてはチェヴェノ王国との関係を持っているため、余計に扱いに困る存在となってしまっている。他の島や国には劣っていても、集落だって形成されていて、島民数は年々減少気味でも生活様式はほとんど同じで、難儀することは滅多にない。頻繁に大型船がレナ島までやってくるので不憫な思いをすることはないに等しい。
だが、簡単に付けられてしまったレッテルを剥がすのは時間が必要だ。
町中なんかに一目見てわかるような風貌の人がいれば、罵声を浴びせられることもあるし、ひどいときには人攫いの標的とされてしまうのだ。ちなみに、ドミニク島で最も暗躍している犯罪が誘拐なのだとイアバルから教えてもらった。
貴族が子連れで観光のため島を渡るのを逆手に取り、従者の隙を見て子を誘拐して身代金を要求し、それ以外の子どもは人身売買として用いられる。用途は奴隷など様々で、多様な国に売り飛ばされる。
「セリーナの金髪と白い肌はここ周辺じゃ稀だから、〈渡しの部族〉だとは思われないかもだけど、代わりにそういった危険があるんだ」
浜辺で座りながら耳を傾けていたセリーナは軽く身震いする。ドミニク島で生じる犯罪を舐めてしまっていた。
「最近じゃ海賊なんてのもいるらしいからな」
「か、海賊っ⁉」
キースの追撃に声が裏返る。海賊なんて本当に存在するなんて、世界は広すぎる。
「この島周辺にはまだあらわれたことはないけど、大人たちが他で耳にしたのを噂しているのを聞いたことがあるんだよ」
セリーナはついぞ愕然としてしまう。海賊と言えば、盗賊のようなもので大柄な人間が横柄な態度で略奪行為をしている様しか思い描けない。つまり、悪者だ。
「まあそんなに気負う必要はないんじゃないかな。犯罪はあるにしろ、少なくともぼくたちが渡ったときは遭遇しなかったわけだし。気楽に観光をしてくれば?」
逸れた話をもとに戻したイアバルがアドバイスをする。
「そうだよね!そんなに毎回渡るわけではなさそうだし、楽しんでくる!」
セリーナはなんとかして明るい声で言った。だが、その手は心なしか震えてしまっている。
「ごめんね、脅すようなこと言っちゃって。あーあ、これは過剰な情報だったな」
イアバルはセリーナのようすを見て謝罪した。これは後でクレアが知ったらどやされるに違いない。
そうしているとキースが「はあ」とため息をついて、首もとからなにかを取り出すしぐさをした。
「ほら、これやるよ」
握られた手を差し出されたセリーナは反射的に両掌を差し出す。すると、ポトっと重みのある物体が手に収まった。よくよく観察すると、それは黒光りして、筒状に長いものだ。そしてこの筒は普段からセリーナがよく見ているものだ。
「……ホイッスル?」
〈渡しの部族〉がオルカといった哺乳類を使役するのに使用される道具だ。最近になってオルカだけでなく、イルカなど他の海の哺乳類たちにも用いられると教えてもらった。だが、具体的な扱い方は指導できないと告げられた道具。
「ちょっとキース!なにやってんだよ‼」
「良いだろ別に。もともと俺のじゃなかったんだし」
イアバルに強めに小突かれたキースはツンケンした態度で弁明する。その胸には相変わらずホイッスルが下げられていた。
「これ、どうして?」
「親父の形見の一つ。エノーも、もとは親父の相棒だったんだけど、死んでからは俺が親父の代わりに相棒になった。だけど俺は自分のホイッスルを使って調教しなおしたから、持て余してた」
「そう言うことじゃなくて‼」
そんな大事なものをなぜ自分に渡すのか。形見である以前に、自分たちの部族だけが持ちうる得物を、どうしてセリーナにあげようとするのか。
「使い方を教えるわけじゃねえよ」
セリーナは首を傾げる。このホイッスルには別の用途があるのだろうか。
「はーん、なるほど大筋はわかったぞ」
イアバルがからかい口調でキースをちらと見る。その口角は僅かにあがっていた。
「ヨッ色男」
「うるさい」
セリーナだけが差し置かれて頬を膨らませる。そのようすを見たイアバルが吹き出した。
「アハハッ!ほらお姫さまが待ちかねてるぞ」
「教えて!」
セリーナが一歩詰め寄るとキースが一歩下がる。結果根負けしたキースがやけっぱちに声を張り上げた。
「だから!お守り代わりだよ‼」
それも疑問符を浮かべるセリーナにイアバルが付け足した。
「……君が一人で行くのを気に病んでるなら、それ持っていれば少しは安心できるだろうってことさ」
「気休め程度にしかならないけどな」
キースの小さい声が耳に届く。
「ありがとう。身につけているね」
ようやく意味を理解したセリーナは、形見のホイッスルを一時預かる身として固く握りしめる。
「みんなには秘密にしておけよ。バレたら俺が怒られるし」
「確かに。連帯責任にされてぼくも怒られるから」
セリーナはうなずいた。彼らの心遣いを水にしないよう、心の限り尽くそうと誓った。
「それと、服の下に隠して身につけておくか、ポケットに入れておけよ。使役のためのホイッスルは島外持ち出し禁止になってるからよ」
ホイッスルは悪用されないためにも本来ならば盗難防止のために、家に置いておくのが定石だ。だから漂着して共に暮らすようになったセリーナに所持を許可されても、それ以外で引っかかる。キースはすべてを覚悟で、形見のホイッスルを手渡した。
「約束する」
セリーナは力強くこたえた。
「まあ、これ実際は海の上でしか通用しなさそうだけどねー」
「おまっ、俺は真面目だったんだぞ!」
「ごめんごめん空気に水を差しちゃってー」
早速言い争いをはじめた二人に緊張が緩む。
セリーナはもう一度心の中で「ありがとう」とつぶやいた。
クレア、イアバル、キース。フレッドさんにイカットさん。たくさんの人から温かさをもらっていることを胸に刻んだ。
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