第15話 白蝶真珠④
レナ島で養殖される真珠は「白蝶真珠」という種類の真珠となる。白蝶貝から採れる真珠で、シルバーリップ・ゴールドリップの二種の色に分けられるのだが、レナ島で育てるものはすべてシルバーリップと、白系統がメインとなる。白蝶真珠は他の真珠貝と比較すると、大珠なため人気があり、チェヴェノ王国王室や隣島のドミニク島の観光土産または貴族や裕福な人たちがこぞって買い付けている。ものによっては、一般庶民も手に入れやすいので重要は高い。
初めは天然のものを使用していたのだが、白蝶真珠を独自の技術で養殖を可能としたのがレナ島で暮らす〈渡しの部族〉たちである。計された真円の真珠は美しく、見た人の心を虜にさせる魅力があった。
稚貝から母貝に至るまで数年間は要する気長な時間が掛かる上に、貝を死なせずに核を挿入する手術は、レナ島の人々だけが持ちうる秘伝とまでされている。実際のところは、子どもの頃から親の仕事を見たり手伝ったりしているために、皆が自然と技術を会得しているので、秘伝というまでではないらしい。ただ、根気の要るものは島民以外だと余程のもの好きでもなければ、島を渡って学びに来る人間はいないとのこと。しかも、場所によっては養殖に適さない場合もあるわけで、そこが難しい点ではある。
また、島民の気持ちとしては、他国が本格的に真珠の養殖業に参入すれば、真珠が産業のすべてではないにしても、島民としての暮らしが脅かされる可能性があるのは確かなので、今後どう運ばせるかが議論されている。
とはいえ、真珠の養殖は難易度が高い。
まず前年に手術を行った貝から真珠を取り出す行程だ。貝台、開口器、口切りメス、横メス、挿入器、柄、細胞鋏、クサビを用意する。それらを巧みに操って、前日に流水しておいた貝から真珠を取り出しに掛かる。その行程は複雑で、生殖巣を見えるようにしてから、核を挿入する部分までメスを使用して核の通り道をつくり、それができたら核を挿入し小袋まで核を挿入していく。その次に、別の作業班につくってもらったピースを核に密着させる。ピースは外套膜のかけらのことで、貝殻を形成する役割を持つ細胞なのだが、これを細かく均一に切り核に密着させる作業は、色や輝きを出すために最も重要な行程なのである。核の挿入が終了すると、手術の療養期間として一度海ではなく水槽に入れて一定期間休ませる。
今年母貝として育ったものはこの核の挿入からはじまり、昨年以前から海で真珠として育てられている母貝は、真珠を取り出す作業、浜揚げも含まれる。
一連の流れはまさに職人技で、セリーナが取り入る隙も与えられなかった。このときばかりは、クレアも真剣に貝と向き合っていたため、無下に声も掛けられず、ただ核を挿入し終えた母貝を窮屈にならないように、いくつもある水槽に入れに行く役回りを受け持った。
セリーナは次々と島民たちが身につけている真珠たちが箱に放り込まれているさまを漠然と眺めていた。
真珠は貝から採取されるのは知識として知ってはいたが、いざそのさまを間近にすると奇妙な感覚に陥る。こんなにも精魂を傾けなければならないものだったのか、とかそういう類いの感動。新しい世界を体験しているかのようだった。
「やってるねー。そんじゃぼくらも加勢するとしますか」
イアバルが気怠そうなキースを引き連れて遅れてやってくる。
「あれ?二人とも今来たの?」
「ちげーよ。俺らは貝の掃除をしに行ってたんだ。サボりじゃねえ」
セリーナが怪訝そうに首を傾げると、キースから辛辣な返しを喰らった。まだ、彼とのわだかまりが抜けていない状態で、気まずい。
「付着物があると栄養を摂取できなくなっちゃうからね。……ところで、クレアから説明は受けた?」
「あ、うん。最初は説明してもらってたんだけど……」
イアバルの質問に、セリーナは苦笑を滲ませながらクレアを見やる。視線の先には、集中して他の声が耳に入らないクレアの姿が映っていた。
「なるほど、クレアは一度に二つの作業は苦手なタイプだからなぁ。特に慎重にやらないといけないから、こういうのは不向きだよね」
イアバルは察したように言った。クレアはかなり不器用なので、注意を逸らしてしまうと間違って貝を殺してしまう可能性がある。それ故の一意専心な態度は素直に感心できる。
「じゃあぼくが教えるよ。やってみたいだろ?」
「いいの?」
「初歩的であれば実際にやれるだろうし、まずはやってみるに限るよ。それに、ぼくらだって失敗しまくって今があるんだ。ぼくだって何枚も殺しちゃった経験あるし」
セリーナはさらっと言ってのけるイアバルに及び腰になる。
「基本だからそんな失敗することないから。引きつった顔しないでよ」
「……ごめん」
セリーナは彼らが大事にしている作業の一端を担わせてもらえることに意気込む。はやく一人前になりたいと思った。
「————俺は別班に加わるから」
そんな二人の会話を聞いていたキースはそそくさと別行動を取りに行った。
「キース、わたしのこと根に持っているよね……」
セリーナはキースの背中を眺めてから、ポツリとつぶやいた。やはり、いざ態度として表われるときついものがある。自分から彼と向き合おうとしていても、目の前にすると上手くいかないものがあった。
「うーん。確かに根には持っているかも」
「というと?」
「ナイショ」
顎に手を当て考えていたイアバルは、不安そうなセリーナにウィンクを投げて寄越す。
「男同士、キースになにか聞いているんじゃないの?」
不服そうな彼女が詰め寄るのをひたすらなだめる。イアバルはセリーナの口から「男同士」なんて言葉が出てくるとは思わなかったので、吹き出しようになるのを懸命にこらえた。
「なんで笑ってるのっ!」
「なんでもないって」
イアバルはセリーナを受け流しつつ、作業台に立ってセッティングをはじめる。彼女は文句をたれながらもそれを手伝ってくれた。
「————まあ、キースと交わしたのは所詮男同士の密談ってところだよ。キースはきちんと理解のある友人だし、遠からずセリーナに謝りに行くはずだよ」
「わたしキースに謝ってもらおうなんて思ってない」
セリーナは驚いてイアバルを見つめた。謝るべきなのは自分なのに、彼が謝る理由なんてない。
「それはセリーナの言い分だろ?キースにだって言い分があるんだ。そこを否定されちゃあもっとキースやセリーナが傷つくことになるよ」
セリーナは眉をひそめる。キースが傷つくのはもっともかもしれないが、自分が傷つくなんておかしい。なぜなら怒らせてしまったのは他でもないセリーナ自身なのだから。
「そこも含めてキースが話してくれるだろうさ」
そんなセリーナにイアバルは微笑んだ。
セリーナはそれ以上口を開こうとしないイアバルを問い詰めるのをあきらめ、彼の手伝いに回ることにした。わだかまりは胸の内を燻る一方だったが。
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