第13話 白蝶真珠➁

「よう、情けない顔してるな、キース」


 友人が訪ねて来てドアを開けた瞬間の言葉がこれはどうなのか、と頭の端で呆れながらキースは不機嫌な顔をイアバルにさらした。


「なにしに来たんだよ」


 豪雨とまではいかないが、結構な雨の中わざわざ家を訪問するなんて、よっぽどのおせっかいだと思いながら、キースは居間まで友人を通す。まあ、これが彼の通常運転なのはわかりきっているが。


「君が感情にまかせてセリーナに言ったこと、後悔してるんじゃないかと思ってさ」


 それで雨の中ようすを見に来たなんて、どこの保護者様だよと突っ込みたいところをすんで抑え込む。まあ、バレている気がするが。


「後悔なんてしてねーよ。ただ、あんな女ごときに怒るのはもったいないと反省しただけだ」


 キースはそっぽを向きながら、イアバルにタオルを渡す。


「はーん。そうやって自分を守っているのか」

「どういう意味だよ」


 イアバルはタオルで身体を拭き、こちらを見ずに納得の色を出すイアバルににらみをきかした。友人に達観した目をされるのは、苛立ちが募る一方だった。


「相手を下に見ることで自分を保とうと必死になる。本心を隠そうとして、素っ気ない言い方になる。今の君がそうだよ」


 キースはかっとなってイアバルにつかみかかろうとしたが、途中で腕を下ろした。まったくその通りすぎて言葉がでなかった。


「でも、そうやって自分を認める勇気はある」


 相手の心情を読み取ることに長けているのが、イアバルという友人だ。

 キースは手近にあるイスを引いて腰を下ろし、うなだれた。


「怖いんだよ」


 しばらくして、そっと息を吸ったキースはつぶやいた。


 ここ数日間、セリーナとの一件が常に頭にあって離れなかった。あの白い肌と、金髪の少女がちらついて、振り払っても纏わり付いてくる。


 その原因は自分自身にある。

 父親を海で亡くしたあの経験が、甦ってくるのだ。


「不公平だと思った」


 海の事故に遭って死ぬはずの人間が、奇跡を起こしてこの島まで漂着してきたなんて、信じられなかった。自分は海の事故で、あんなに望んでももう自分のもとへと帰ってこない父親がいるのに、彼女は待ち望んでいる家族に会える希望が残されている。そう考えたら、セリーナに対する当たりがきつくなっていくのを感じてしまった。


「でも、そんな感情よりも、あいつを見たら怖くなったんだ」


 あのとき、キースは一人で潜っている視界の端で、泳げるようになるために練習をしているセリーナを見ていた。なぜ泳ぎの練習をする必要があるのか、疑問になったから。


 そして気付いてしまった。

 セリーナは生き延びたよろこびより、生き延びた戸惑いが勝っていることに。だから無意識に無茶をしようとする。おそらく、これでも彼女なりに頑張っている証拠なのだ。だが、わかってなお、それがもっと複雑な感情を呼び起こして、もう自分がどうしたいのかわからない気持ちになったのを覚えている。戸惑いの理由がわからなかったから。


 しかし、セリーナが海に落ちたその瞬間を目撃したキースは、驚くよりも先に海へ飛び込み、オルカを使役して先に向かわせ、救出を急いだ。


「俺はあの危なっかしさに、怖じ気づいたんだ」


 溺れる人を見るのが怖い。


 海の怖さを経験しておきながら、海の怖さを理解していないあの瞳を見たときから、ざわついた心が膨れ上がって、気持ち悪くなったのだ。


 そして肩肘を張った結果、あんな心ない言い方になった。それが後悔の理由だ。


「自分のこともわかろうとしない、なんて俺にこそ相応しい言葉だな」


 自分で言い放っておいて、こんな形で返ってきてしまうなんて情けない。あげく、連日の雨でセリーナと顔を合わせなくて済むと安心してしまった自分を殴りたい。


「じゃあ次会ったら腹を割って話せば良いじゃん」

「おまえ簡単に言うなよ!あいつ自分の身の上も打ち明けてないってクレアが言ってたぞ。そんな女と腹を割って会話できるかよ‼」


 まるでお茶を飲むかのように提案してくるイアバルに突っかかる。自分がやらないからといって、無理難題を押しつけないで欲しい。というより、キースの性格上無理なのは明白だ。


「一度本音をぶつけたんだ。今度は冷静になって本音をぶつけるだけだろうに」


 わざとらしく口をすぼめてみせるイアバルにイラッときた。こいつ楽しんでやがる。


「おまえ意外と性格悪いよな」

「今更か?」


 否定しないのかよとも呆れたくなったけどやめておく。代わりにため息を返事として受け取ってもらうことにした。


 でも、イアバルのお陰で気持ちの整理かついたのは事実だ。この大雨を好機だったのだと思うようにした方が、気の持ちようというのも変わるだろう。


「晴れ晴れとした顔しちゃって、キースちゃん女々しーい!」

「おまえ、いい加減にしないと殴るぞ」


 そういえば、とキースは思う。

 イアバルはこうやって自分たちを支えてくれるが、彼がなにかに悩んでいる機会に触れたことは一度として経験していない。それは彼がキースたちより精神的に大人だからなのだろうか。それとも単純に彼は隠すのが上手いからなのか。


「というかイアバル、徐々にクレアに似てきてないか。特に口調が」

「え、それは地味にショックなんだけど……」


 とはいえ、それはささやかな問題だ。まずは自分に集中するのが第一だ。


 自分を理解する。


 セリーナに言った言葉を、まずは自分自身が実行しなくては、とキースは思った。

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