第12話 白蝶真珠➀
次の日から、連日の大雨に見舞われた。
波は常に高く海に出られないため、セリーナはクレアと家で過ごしていたのだが、窓から空を憎々しげに眺めてしまうのだけは許してほしい。
「そんなにキースに会いたいの?もしかして恋?」
「違うから!ただ、助けてもらったお礼を言っていなかったから……」
この島で自分を見つめ直す時間をもらおうと決めたあの夜から、セリーナはキースとも正面から話したいと思っていた。これはわだかまりをそのままにしておきたくないという、セリーナなりの決意の表れのつもりだ。
なのに、ここ数日会いに行きたくても会えない状態が連続してしまっている。わだかまりを先延ばしにしたくないのに、これでもかと離れさせようとしてくる悪天候に文句をつけたくもなる。
「うー」
セリーナはテーブルに突っ伏して情けない声をあげる。
時間が空けば空くほど話し掛けづらくなるのに、もうこれ以上の仕打ちはない。イカットに外出許可をもらおうともしたが、外は危ないから子どもは駄目の一点張りで、かといって無理に外出したところで前科があるために、むやみな行動は慎みたい。正直めちゃくちゃせめぎ合っている。
「あんたたち、仕事だよ!」
ちょうど外出していたイカットが山々詰まれた貝を持って部屋に入ってきた。テーブルにどさっと置かれた袋の重さから、かなりの量だと推測される。
「ええ⁉まさか……」
嫌そうにするクレアにセリーナは首を傾げる。
「あの時期が近いからね。せっかくのこの雨なんだから、数日の内に片付けちまうよ!」
「これ、なにするんですか?」
セリーナが訊ねると、クレアが慌ててイカットの口を塞いだ。
「母さん言っちゃ駄目!セリーナに問題出してるから!」
「わかったからその怪力どうにかしなさい。てなわけで、正体はこたえられないけどやり方くらいは説明しなくちゃね!娘の説明力じゃ当てにならないでしょ?」
「ひどい!」
セリーナは親子のようすを微笑ましく見守る。面倒を見てもらっているのはこちらなのだが、このやり取りを見ていると、セリーナが見守っている側に立っているようでもある。
セリーナたちは材料の準備を手伝ってから、ようやく作業を行った。
この二枚貝は、まず貝割りの作業から入る。貝の厚みのある部分だけを取り除き、それから立方体に切断する。その後、丸める作業に入り、研磨・仕上げを行っていく。完成したものは「核」という。三人が途中まで同じ作業をし、ある程度の数まで作り上げたら、イカットが真円に近い核を選別していく作業をするらしい。
つまり、つくったものが使用されるかしないかは出来映えに関わってくるのだ。
ただイカットによると、この作業を完全に取得するためには相当な練習量が必要とのこと。これではセリーナは、完全な重荷になってしまう。
「あの、わたしこのままで大丈夫でしょうか。完全にお世話になりっぱなしで、なにも貢献すらできていないです。わたし、足を引っ張るのだけはいやなんです。ですから……」
セリーナはいてもいられなくなって、不安を口にした。自分で解決できることではないと承知しているからこそ、相談しなければならないと思ってのことだった。だが、やはり口にしてみて思うのは、結局なにを言いたいのか自分で分らなくなってしまうということだけだ。
「誰だって、最初からできる人なんていないさ。あたしたち島民は、生まれたときから手伝わされているから技術を取得しているだけで、あとはセリーナと一緒だよ。だから失敗したってかまわない。誰だって歩む道だからね」
イカットはセリーナの肩に手を置いて続ける。
「それに、あんたは役に立ってないと思っているだろうけど、あたしたちは充分手伝ってもらっているよ。今はそれだけで満足さ」
「————はい」
セリーナはやっとのことで返事をした。どうしたって、自分のできることは限られている。ならば精一杯できることをやろうと作業を再開する。
ひとつひとつを時間を掛けてでも丁寧に。均一な円となるように、心を込めてつくる。雨粒の音ですら、もう耳には入らないくらい集中してつくった。
「セリーナはセンスあるね。手先が器用なのかも」
イカットがセリーナの作り上げた核をつまみ、光にかざしながら言った。
「本当ですか⁉」
セリーナはこの島に来てはじめて、純粋に褒められてうれしくなり、身を乗り上げるようにして訊ねる。
「嘘を言ってどうするんだい。選別してみた感じ、使い物になりそうなものがいくつかあるから、上達すればもっと綺麗な核ができるだろうさ」
セリーナは頑張って習得しようと意気込む。
「ところで、あたしの問題のこたえは出せた?」
クレアは肘をついて意地の悪い笑みでセリーナを見上げる。
「うーん。これってあの稚貝と関係があるってことなんだよね」
「そうだよ」
「最初は真珠だと思ったんだけど、真珠ってこんな輝き方でも、手でつくるものでもないよね」
つまりはまだ回答に目星がついていないのだ。そもそも、イカットはあれを「核」だと言っていた。ならなにかの餌になるとかが正解になるのだろうか。
「いい線いってるじゃん」
肯定とも否定とも取れる相づちを打つクレアに眉を寄せる。
「……正解は?」
「教えない。実際に見てからのお楽しみ」
セリーナは「えー」と抗議の声を挙げる。段々先延ばしにされるのが辛くなってきた。
しかし、彼女はいくら問いただしてももう少ししたら解るから待ってと笑みを深めるだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます