第9話 レナ島での暮らし➂
「はいこれ」
セリーナは手渡された木枠にガラスをはめ込んだゴーグルをまじまじと見つめる。海水が入る隙間がないくらい精巧なつくりで、良くできている。
「自分たちで作れるものはつくるようにしてるんだ!」
自信満々に胸を張るクレアに感心する。島の人たちは手先が器用で、自分たちでつくれてしまうものはなんとかしてしまうみたいだ。
「いつか、わたしもこういうのつくれるようになるかな」
羨ましくてつい願望を口にする。
「できるさ。誰だって初めは下手くそだけど、練習すれば綺麗にできる。クレアなんてがさつでひどい出来栄えのものばかりつくってたからな、最初の頃は」
「今は達人級だけどね!」
セリーナはもう一度ゴーグルを眺めてから装着する。視界がクリアでとても見やすかった。
「でもまずは島で生まれてきた子どもが覚えることと言えば、泳ぎだ。島民は三度の飯よりも先に泳ぎを覚える」
セリーナはうなずく。いつまでも泳げないままでいたら、足手まといだ。
「よろしくお願いします!」
「その心意気だな」
セリーナは二人に泳ぎの基本から学ぶことになった。今できる段階を見極めるために、顔を水に浸けることから順に、次第に泳ぎの形態へと移行する。最初はクレアがメインに説明をしていたのだが、彼女は「ざばー」やら「ぐいっと」やらと擬音で説明しまくるので、途中からイアバルのサポート役となった。ちなみに彼の説明は下手な教師よりも分かりやすかった。
泳ぎを教えてもらうにつれ、セリーナの弱点は泳ごうとすると沈んでしまうという点だと判明した。浮くことはできても、いざ泳ごうとすると沈んでしまうのだ。
そのため、補助してもらいながらの泳ぎを中心とした練習に移行した。
「一度休憩にしようよ」
しばらく練習をしていたが、クレアの提案で浜辺へ上がることになる。それぞれ携帯している水筒で水分補給をすると、水が身体へ染み渡っていくのを感じた。
「キース!今日も大量だな!」
ちょうど姿をあらわさなかったキースも岸へ上がってきた。その両手にはプラスチックや網といった様々なゴミが握られている。彼はゴミを小舟へ積んでいる。
「あれは?」
「海に捨てられたゴミ。オルカやイルカ、他の生き物たちが誤って食べたり、絡まったりするから、あたしたちでできる限り回収しているの。主にあそこから流れてくる」
クレアが指さす方向に目を凝らす。今日は海の先が見渡せるくらいの快晴で、注意深く観察すると今まで見えなかったものがよく見える。そのなかに、大きな影があるのがうかがえた。
「あれはドミニク島。レヴィル諸島に属する島のなかで、一番大きい島。この島と違って観光資源が豊富な場所だからかなりの人が集まるみたい。でも、あの島は犯罪とかも多いらしくて住むには適さないって親が言ってた」
「で、あの島からゴミが流れてくるわけさ」
二人の声の調子が暗々としている。それだけ深刻な問題なのだろう。
「あの島があるからあたしたちは暮らしていけるようなものなのは確かなんだけどね」
クレアは拾った石を海へ投げる。石はポチャンとした音をさせて、沈んでいった。
「……そういえばさっきから思ってたんだけど、皆そのホイッスルを首から提げているよね」
セリーナはこの空気を払うために、違う話題を振る。クレアが投げた石を見て思い出したのだ。
「これは黒玉を磨き上げてつくったホイッスルでね、あたしたちの声の代わりなの。あたしたちにとっては同じ音と捉えるものも、オルカたちは聞き分けて誰が吹いているのかわかるんだよ」
「いくつかある小島に採掘場があるんだ」
クレアとイアバルがピィーとならすと、しばらくして二頭のオルカが顔を出した。手のサインやホイッスル、自分の声を駆使して指示を出すと、まるで意味が分っているかのような行動を取る。単純にすごいと思った。
「右がピオで、左がルディ」
二頭とも胸ビレをパタパタさせていて可愛い。だが、
「……見分けがつかない」
一回潜られてしまうと特徴を掴めていないせいでどっちがどっちなのかわらなくなってしまった。かなり難しい。
「あははっ。慣れれば見分けがつくようになるよ!」
彼らと仲睦まじくしているのを見ていたセリーナは羨ましくなった。やってみたいという気持ちがあるが、ろくに泳げもしない自分がそもそもやらせてもらえる資格がない。
「やってみたいの?」
イアバルに問われて、セリーナはようやく顔に出てしまっていたのだと悟る。
「憧れるけど、遠慮しておく」
「そっか。実のところやってみたいって言われたらどうしようかとも考えていたんだ。調教の仕方は、島民の出だけが薫陶を受けられるから、君の場合は許可が必要なんだ」
セリーナは言われて納得する。この島民たちは独自に編み出した島での暮らしを、外部に漏らさないように徹底しているのだ。推察するに、ドミニク島やその他の島に意図的に使われるのを防ぐ意味合いもあるのだろう。なんとなく王宮内部でも似たような事例があったので、それは容易に想像できる。
「じゃあ仕方ないね」
「以外とあっさりしてるんだな。もっと駄々をこねるものだと」
「心得てるから、そういうの」
イアバルが眉をひそめて追求しようとするのを感じ取ったセリーナは背を向けてそれを拒絶した。
イアバルは不承不承としながらも意を汲んで口をつぐんだ。そして今なおオルカと戯れているクレアに視線を戻す。
セリーナはまだ自分の身の上を打ち明けるための勇気がないことに気付いた。糾問されそうになると、どうしてもためらわれて勝手に跳ね返してしまうのだ。傷ついている自分を心が守ろうとしている一種の自己防衛。そしてそれを受け入れてくれる彼らに申し訳なくて、さらに縛り上げられているようだった。
またぎくしゃくした雰囲気をつくってしまったセリーナは激しい自己嫌悪に陥った。
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