第6話 最端の島④
「すまないねえ、あたしの娘が」
申し訳なさそうに謝る女性にセリーナは慌てて首を振った。
「とんでもないです。こちらこそ、紛らわしいマネをしてしまったみたいで」
イカットは隣で小さくなっているクレアを小突く。
クレアは口をとがらせて弁明を口にした。
「だって、海に入っていこうとするんだもん。もしかしたら本当に人魚かもしれないじゃん。まだきちんとお話もしてないのに、海のお城にでも還られちゃったら困るでしょ」
「馬鹿おっしゃい」
口げんかをはじめる母子をセリーナはまぶしそうに見つめた。セリーナ自身も、母が生きているときに、そういう会話を繰り広げては呆れられていたものだ。昔の自分の鏡を見ているようで微笑ましくなった。
この親子の父の名はフレッド、母はイカット、娘はクレアという名前だと自己紹介を受けた。怒濤の自己紹介のようすも、なんだかとても温かかった。
「あの、助けていただいてありがとうございました。わたくしはセリーナと申します」
セリーナは対して自分は名乗っていないという非礼に気付き、助けてもらったお礼と共に、名を名乗る。念のため、自分が王女であるということを伏せて。
「君に質問しても良いかい?」
フレッドはひとつうなずき、神妙に口を開いた。
「はい」
セリーナも最低限のことを知るためには、身に起こったことを正直に話さなければならないと気を張った。
「君はどうしてあの小島にいたんだい?」
どうやら流れ着いた先はこの島とはまた別らしい。
「嵐に、海難事故に遭いました。海に放り出されて、無我夢中になにかを掴んだことまでは覚えているのですが、それ以降の記憶がなくて。ここはどこですか?」
「レヴィル諸島の最端にあるレナ島という島だよ。ここからだとチェヴェノ王国が近い」
「チェヴェノ王国、ですか」
セリーナは焦燥に駆られる。チェヴェノ王国なんて国を、耳にしたことなんて一度もない。もちろんレヴィル諸島もレナ島も。
「君はどこの国から来たんだい?」
フレッドの問いに迷う。
「……トサル連合王国から」
考えて、大きな国の名前を言った方が知名度的に高いと思い、口を開いた。
「おまえたち、知っているか?」
フレッドは顎に手を当ててから、イカッとトクレアに訊ねた。だが、二人とも首を振っている。
「では、フリージア王国はご存じですか?」
トサル連合王国を知らないのであれば、自国を知っているなんてもってのほかだったが、聞かずにはいられなかった。
「僕たちは島で暮らしているから、周辺諸国については疎いのかもしれないな」
だが、返ってくるのは否定の言葉。
「そうですか」
セリーナは肩を落として下を向く。会話が途切れ、決まりが悪い空気に包まれる。
「ねえ!だったらさ、しばらくあたしたちと一緒に暮らせば良いじゃん‼港とかに行けば、帰る手段が見つかるかもしれないし、それに島の人手は大いに越したことはないでしょ?あたしの部屋に寝泊まりすれば寝床は確保できるし!」
クレアが身を乗り出して、明るい声で提案する。
「あたしたちは問題ないけども……」
「君はどうする?」
フレッドに選択を迫られて、しどろもどろになる。横目でクレアを見ると、爛々とした瞳をこちらに向けている。
「……お願いしてもよろしいですか?」
「じゃあ決まり!あたしの部屋案内するね‼」
言い終わるや、クレアはセリーナの手を握って部屋まで強制連行する。
セリーナはしばしの間だけ、その強引さに甘えることにした。
「————ねえ、気付いた?」
二人の背中を見送ったイカットは、姿が見えなくなってから小声で夫に訊ねた。
「身一つで流されてきたみたいだが、絹のネグリジェにあの丁寧な言葉遣いは、平民の出じゃないな。高貴の家柄と見るべきだ」
イカットはため息をつく。漂流してきた子どもが異国の貴族の子どもだなんて、数奇な巡り合わせがあるものなのかと思う。
「どちらにせよ、彼女には言いにくいことがあるみたいだし、口にできるまで待ってあげるべきなんじゃないか?島民には僕から事情を伝えておくし、幸い、ここで暮らしていくには問題ない。それに、あのお転婆娘がいるからすぐに心を開くよ」
フレッドの言うとおりではある。
クレアの奔放さが、セリーナにどう影響するかはわからないが、悪い方へは向かわない。しばらくは年の近そうな娘に預けておくのはベストだ。
「そうね」
イカットはしばらくしてからそうささやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます