第4話 最端の島➁

「あんたはなんで落ち着きがないんかねえ」

「面目ないです」


 クレアは母親からの呆れを全身に浴びた。あれから、大事件(自分のなかの気持ち)に収まりをつけ、どうにかしてこの少女を人の住んでいる島へと運んだ。それから母を呼び、この少女の面倒を見ることになったのだ。驚きのあまり、人を人魚だと思い込んで叫んで回ったこの事件は、瞬く間に島民に知れ渡っていった。それはもうクレアの醜態ごときれいに。


「イカット、それぐらいにしれやれ。クレアが見つけてやらなかったら、あの子は助からなかっただろうから」

「父さん!あの子のようすどうだった?」

「血色も良くなってきたし、回復すればじきに目を覚ますよ」


 クレアは胸をなで下ろした。オルカたちに教えてもらわなかったら、きっとあの子は死んでしまっていた。人命救助できて、張り詰めていた心が緩んでいくのがわかる。


「だが、あの娘は島周辺の国の子じゃないな。見たこと出で立ちだったし」

「じゃあどこかの国から流されて来たって言うのかい?」

「さあな。いずれにせよ、彼女の口から聞けるとは思うが、しばらくは安静にするべきだろう」

「それはあたしとクレアでどうにかするけど……」


 父母の会話を隅に、クレアは少女の顔をのぞき込んだ。

 自分の日に焼けた肌とは違う、色白な肌に金の髪。白い肌からは打撲の後が痛々しく刻まれていて、胸が締め付けられる。


「じゃあ後は頼んだよ、父さんはこれから海に出るから」

「え、じゃああたしも!」

「クレアはあの子が目覚めたら教えに来てくれ。なるべく今夜はなるべく早く帰るようにするから」


 また悪い癖が出てしまった。ついさっきまで考えていたことを忘れてしまうこの癖を、なおそうと思っていてもなかなかできないのが厄介だ。


「はあい」

「フレッド、いってらっしゃい」


 気のないクレアと母の声が重なりながら、父を見送る。ついていきたいのは山々だが、この子が気になるのも本音だ。


「それにしても、どうして浜辺に打ち上げられてたんだろうね」


 母の問いにクレアは迷いながらも返答する。


「海を渡ってたオルカたちから受け継いだってピオたちが言っていた」

「ほんとあんたはオルカと心が通じ合ってるんだね。なるほどそれで生き延びられたわけか」


 クレアは座りながら顔を膝に埋める。母はクレアのこの言葉を信用してくれるのだが、他の皆は半信半疑なのだ。長年オルカたちと生活している島民でさえ、彼らと正確に会話することはできないのに、雰囲気やしぐさでそれらを感じ取ってしまうクレアを疑いの目で見てくる。


 クレアとてホイッスルや手のサインとかでしか表現できないから、すべてを理解しているわけではない。だが、なんとなく言わんとしていることはわかるのだ。


 この島の定住型のオルカたちは、哺乳類を捕食しないので、案外仲良くイルカや他の大きな生き物たちと共存している。島民たちも持ち前のホイッスルを会話の主軸に用いてオルカだけではなく、イルカなどの生物の協力のもと暮らしている。


「じゃああたしは養殖場に用があるから、あんたは核を作ってなさい」

「え?あたし?」

「頼んだわよ!働かざる者食うべからずってね」


 クレアはため息をついてテーブルの上にある二枚貝をにらみつける。これからどっさりと盛られている貝殻にある真珠層を削って丸くする作業が待っているらしい。


 クレアは五歳の時からこの作業を経験しているため技術的には達人級なのだが、どうも緻密な作業は性に合わないみたいだと納得している。だったら海に出ている方が好きではあるのだが、十五になるまでは沖合に長時間出てはいけない決まりとなっている。万が一に海難事故に遭った際のまともな判断は子どもには難しいとのことだ。


 それでも島民にはホイッスルを与えられ、オルカたちとの交流を許されている。だからクレアたちは子どもの頃から、彼らとの交流の仕方を熟知しているのだ。


 覇気に欠ける気分を奮い起こさせ、クレアは貝を手に取った。

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