第5話 二十パーセントの余裕
『
この店のお代は娯楽の提供。時に客が望まない娯楽を提供させられる事もある。
「オーナー。金魚の餌、俺買って来る?」
「駄目だ。金魚は環境に慣れないうちに餌をあたえると死ぬらしい」
「じゃあ、エモトが『餌を与えないで下さい』って書いて金魚鉢に貼っといてやれよ」
「分かった。書こう…」
「お
「「オーナー……」」
鉢の中のぷっくりした
「は〜い♡ 出来ましたぁ~」
セキの明るい声で正樹が巻いていたカットクロスがバサリと外された。元々のくせ毛をいかしたダンディな出来栄えに、ニヤリと親指を立てるゲンスケとエモト。
「あら、相変わらずセンス良いわね。セキ」
「素材が良いのよぅ~♡」
「そうね。あなたもいい顔しているわ。正樹さん」
名乗ってもいない名前を呼ばれても今更驚きはしないが、真っ赤に染まる顔はどうコントロールしようとも収まりそうもない。
正樹の様子に、すっかりサマになったウインクをするセキは金魚鉢を指差した。
「やるんでしょう? 手伝う?」
セキに、ニッコリと微笑むオーナー。後は圧倒するスピードだった。ポンと擬音が聞こえるようにホスト男が椅子に現れる。パクパクと必死で酸素を吸っている様子から本人は戻った事に気づいていない。
「ユナ、D-6Aと、D-6BB用意して。ゲンスケ、エモト、責任とって手伝いなさいな。セキ、終電に間に合わせるわよ!」
オーナーはその場で着ていた和服の帯を解くと、赤いナンテンとメジロ柄の
こんな格好じゃ仕事できないわ! と
白いブラウスを肘まで折り曲げたいつもの姿で現れてもやっぱり
「地肌二センチあけて…。まったく、髪こんなに傷ませて…」
「でも、オーナーの腕の見せ所ねぇ。たぶん他の店だと一ヶ月で茶髪に逆戻りでしょ。中間と毛先もこんなにグラデーション付いてるし。あたし達が敬愛するオーナーが調髪するんだもの♡ この坊やは幸せよ~」
「ふ~ん。セキ、あなた私に隠し事でもあるの?」
「……」
「まあ、良いわ! さっさとやっちゃいましょう。…君もねー。努力する人は好きよ。立派だと思うし、君のナンバーワンになりたい精神はあっ
オーナーの言葉と動きは、洗練されたように優雅だ。
「君に必要なもの教えてあげましょうか? 二十パーセントの余裕って分かる? 自分自身に二十パーセントの余裕をもたせるの。そうするとね、自然と上級者よろしく美しくお店に溶け込める筈だわ! 後は、どうせ仕事するならうんと楽しむ事ね!」
ハイ!おしまい! とオーナーが言うと、クロスがバサリと店の天井に舞う。落ちる速度は重力を無視し
出来上がった男は、もはやホストには見えない。ラグジュアリーの空間こそが似合うであろう青年は、相変わらず口をパクパクさせながら目にいっぱいの涙を浮かべていた。
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