第4話 ナンバーワンの金魚
ソファーからだらりと腕を垂らし身動きしない茶髪の男。……死んでいる?
セキ達スタッフの視線は、死体から
「ようこそ、いらっしゃいませぇ」
「あっ、いや、休み…ですよね?」
「いいえ、うちはお客様が来れば開けるの。オーナーの方針なの。こちらへ、どうぞ♡」
この状況で、ちょっと寄ってみただけとはさすがに言えない。鏡の前の椅子に座るとセキは着流し和服にスッとタスキを入れた。
「オーナー、あたし担当しちゃって良い?」
「ちょっとまて! 俺がやる!」
丸メガネにバンダナを頭に巻いた男が鏡越しでも分かる勢いでセキを押し退けた。
「ゲンスケ…。あんたは、ダメよぅ。オーナーからのお説教おわってないでしょう?」
「じゃあ、自分がやろう…」
今度は、短髪に片耳ピアスをしたイケメンがゲンスケを反対側に押し退ける。
「エモト! オマエだって同類だろ! 一緒にここまで運んだんじゃないか!」
「貴様が、寒空で寝ていたら凍死すると言って連れて来たのだろう。自分は知らん!」
「はぁ~!! 俺は何度も起こそうとした! オマエが起こすと面倒だって言ったんだ!」
客を取り合うと言うよりは、叱られるのを押し付け合う子供のよう。それをあきれ顔で見ているのは長い黒髪に小さな帽子を飾っているゴスロリのユナ。美人オーナーは、両手を腰にあてて女神の如く君臨している。
「なんかねぇ〜、この人が駅の近くでうずくまって寝ている子を拾ってきちゃったのよ」
まるでネコを拾ってきたような口ぶりで、さっさとカットクロスを正樹に掛けたセキは、髪の手触りを確かめる。そうしていると何も言わないのに勝手に正樹の髪にハサミを入れ始めた。
「気分はどう? 重たい
クスクスと笑いながら、さーぞや お月さん
「…やっぱり、さっきの店屋でのアレはあんた達が見せたのか?」
「うーん。正確には、見せてもらったかしら?」
サラサラと床に落ちていく正樹の髪。
何の
ユウレイ? 髪を切る幽霊? 居酒屋では酒や歌を楽しみ、凍死しそうな人間をみつければ助ける…ユウレイ?
恐怖は湧いてこない。むしろあの高揚感が未だに正樹の身体を熾火のように熱くしていた。セキは、何らかに踏ん切りがついたのだと分かる正樹の耳元で再び指を鳴らし、切れ長の目で婀娜っぽくウインクする。お代は頂いてるから今日はあたしに任せてね♡と…。
「あ…れ? ここどこだよ?」
流石にうるさかったのか気怠そうに茶髪男が起き上がると、手を貸そうとしていたユナの手を勢い良く
「おい、気安く触んな!」
「ちょっと
「助けたって何だよ。俺は! …ってなんだよ、お前ら。……顔でスタッフ選んでるのかよ」
まあ、このスタッフと美人オーナーを見れば誰でもそうなる…。
男曰く、彼は駅前の店一番のホストらしい。
「それで? ナンバーワンホストさんがなぜ道端で寝ていたのかしら?」
美人オーナーに正面から見下され、暫くの睨み合いが続いたが五秒と経たず男の顔が情けない程崩れる。先程の威勢はどこへやら子供のように茶髪頭をぶんぶん揺らした。
「なんっだよ! 今じゃ顔がいいだけじゃナンバーワンになれないんだよ! 俺は新聞毎日読んで、政治だの経済だの知識入れて! 筋トレだって毎晩欠かさない! 毎日毎日、色んな事すげえ努力して! なのにあいつはちょっとピアノ弾けるだけでチヤホヤされて! 俺だって、俺だってすげー努力してるのに!!」
「君の自慢は、顔なの?」
「うるさい!! お前らなんかに俺の努力が分かるのか!」
「もぉ〜。ちょっと、君うるさいわ。自分が自分がって。そんなに見かけだけにこだわりたいなら人でなくても良いんじゃない?」
オーナーを怒らしたぞーと、エモトとゲンスケが首をすくめ、セキはしょうがないわよ〜と笑っている。
「はい。君のその
ジョキン!!
後ろで束ねられていた茶髪がパサリと床に落ちれば男は瞬きの間に消え、代わりにオーナーの手に小さなガラスの鉢があった。中には
「あら、キレイ! すっごく可愛いわよ。そこでは君はナンバーワンの金魚ね! 居心地はどうかしら?」
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