第3話 炭坑節は切ない歌
グラ…と、正樹は目眩を感じた。歌を遠く、
正樹は自ら切り出した孟宗竹に縄を巻き付け火薬を詰めていた。この土地の男たちは揚げ手が手筒花火を
危ない!! もう直ぐ奴のハネが抜ける! 避けろ!! 声を出している筈なのに自分の声が聞こえない。
くるぞ! ドーン!! 地面から腹に伝わる爆音。奴の筒はキレイに弧を描き反転する。汗と
いつの間にか、正樹の筒にも点火される。
ゴーと火花を吹き上げ、横抱きからグッと起こすと十メートルの火柱を真下から支える。
…直ぐにハネが来る。怖い!怖い!怖い!
正樹は恐怖で筒を放り出しそうになった時、細い指が正樹の手に重なった。
「大丈夫…」
男の声が正樹の耳に滑り込む。やがてドーン! と筒底が抜け火花と共に爆ぜて跳ね上がり、染み付いた動作で正樹の筒はキレイに弧を描いて地面に返した。身体を突き上げるような高揚感。正樹は親指を立て、奴に答えていた…。
ガチャン!
一瞬の光で目を擦れば、倒れたグラスを板さんが、大丈夫でしたか? と新しいお絞りで少し
「あっ、あれ?」
一瞬見えた幻覚。隣に居たはずの二人はいない。
「彼女たちですか? たった今、帰りましたよ? もともといつも長居しませんから」
歌の途中で? 炭坑節は続いていた。
「奥に咲いる 八重つばき なんぼ色よく 咲いたとて サマちゃんが通わなきゃ 仇の花」
「「サノヨイヨイ」」
客の盛り上がりとは裏腹に、正樹は夢でも見ていたのかと霧かかった頭を振る。
「この歌、陽気な印象を持ってる人多いんですけど本当は違うんですよね。あの美人さん方は最後まで聞きたくなかったんじゃないのかな。いつもそんな感じなんで…」
板さんが店の出入り口付近を名残惜しそうに見つめた。
「「サノヨイヨイ!!」」
客の高揚した掛け声で、タン! タタン!
と三味線の伴奏が終わる。
途端、ビールや酒の注文が飛び交い、歌の余韻を
呆けた正樹の顔を見て、板さんが空になったグラスにビールを注いでくれる。
正樹はグラスを傾けながら、いなくなった二人を
「歌の途中に席を立つのは非常識なんじゃないか?」
「常識も非常識も、彼女はここの
「はぁ?!」
「この辺の土地をいくつか持っているみたいですよ。彼女自身はこの先の細い路地を入ったところで美容室やってるんです。ちょっと変わっていて夜に店を開けるんです。駅近くだから需要があるんですかねぇ」
「へー。その美容室、行った事あるの?」
「いいえ。営業時間が被るんで。他のスタッフさんと来る事もありますが、皆さん気さくで良い方々ですよ」
ずいぶん詳しいんだなぁ、と意味ありげに聞けば、客から彼女達の事を聞かれるのは良くあるようで、どこのクラブのママなのか教えろと胸ぐらをつかまれた事もあるらしい。
その後は板さんから彼女達の話題を散々聞かされながら食事を終え、店を出た時には外には雪がちらついていた。電車の運行がストップする前に帰らなくてはと思うのだが、先程の幻覚を見たような感覚が、正樹の足を細い路地へと向かわせる。暫く歩くと冷え切った空気の中に
チラつく雪に、レモンが発光しているように鮮やかで、そこだけが別世界のように吸い寄せられる。
『
レトロな看板に木目の扉。
ここだろうか……。
窓から明かりが漏れ、休みのようには見えない。鍵が掛かっていると思われた扉は、押してみると何の抵抗もなく開いた。
リン!
扉の奥に彼女はいた。
スタッフらしい人達と入口近くに置かれたソファを囲んでいる。
ソファには、男が死んだように横たわっていた。
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