第2話 その勲章、隠す必要なし
立春が過ぎたのに、春が近づいてきたとは到底思えない冷たい空気に首を
寒さで足早になりながら、最寄り駅の
「いらっしゃい。カウンター空いてますよ」
騒がしい店内。いつもの定位置に座ると、熱いおしぼりと冷えたビールが置かれた。
「月曜から残業、お疲れ様です」
顔馴染みの板さんがカウンター越しから、瓶ビールを傾ける。正樹は、グラスを差し出し笑った。
「一人もんの俺くらいしか、月曜から残業できないからね」
聞こえの良い役職を手に入れたからと言って、私生活が満たされる訳でもなく、居酒屋で食事をとる毎日。
「今日はいるな…。あちらのお二人さん」
正樹は話題を変えようと、この店でたまに見かける二人に目を向けた。店の雰囲気に馴染んだ和服姿。正樹の視線に気づいた着流し和服の男が愛想良く頭を下げて、女の耳に何か
彼女が隣の空いていた椅子を引くと、
民謡居酒屋の良い所は、互いに知らない者同士でも好きな
緊張と照れを隠すため正樹がビールを仰ぐとグラスを持つその手を見て
「その手は、
「えっ、あぁそう。見苦しいでしょう。地元で若い頃、神事として手筒花火を
「ほうよう? ハネ?」
「えーと、手筒見た事あります? 手筒花火を揚げる事を
「そう!
セキと呼ばれた男は、男でありながら
対して彼女には、混じりけの無い
何より、真っ直ぐ見つめる彼女の目は優しく、揺らがない黒い瞳は不思議と正樹の負担にならなかった。
「じゃあ、その火傷は
えっ!! 緊張をときかけていた身体がビクリとし、無意識に火傷を隠す。
もう、十年以上前の傷。痛みはもう無い。それでも人目に
「
「どうして? だって、神様に捧げた火を浴びてついたものでしょ? しかも与えられた炎よね。勲章じゃない!」
当然と言わんばかりにニッコリと笑う美人顔は、反論出来ない強い意志と十年分の重りすべてを包み込んで溶かしてしまうような優しさ。
「消防士が人を助ける為に負った傷を隠すかしら? ハンターが鹿を狩る時に突き刺された傷は? ふふ、暖炉の上に鹿の角を飾って刺された怪我をみせつけるのが定番でしょう?」
彼女の隣に座るセキは、色っぽく長い指を口にあてクスクスと笑う。
ゴ――――
…
身体に染み付いた煙の臭い。筒を立ち上げ、吹き出す花火が雨のように全身に降り注ぎ、火の粉の熱に耐え、筒底が抜ける爆音を腹の底に響かせた時の高揚感。仲間との
その時、ちょうど店員が客からのリクエストでマイクを持った。小粋な太鼓と、三味線の伴奏が響く。
月が出た出た、月が出たの歌詞で有名な
福岡県の民謡。もともとは三井田川炭鉱の女性労働者が歌っていたとされているもの。
ハッ!! 伴奏の掛け声で店員の歌声が店中に響いた……はずたった。
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