第2話

その時だった突風の様な風が吹き雲が天を覆った。


今にも雨が降りそうな真っ暗な空になった。

まるで、考えを辞めさせるかの様な天候の変わり様に驚きながら

屋敷に戻って、薄暗い部屋に灯りを灯した。


不安に苛まれながらその夜は更けていった。


明け方辺りだろうか?いつの間にか眠っていた

路冠は、ふと眼を覚まして窓に眼をやった。


まだ、夜は明けきらない静寂の中、どこからともなく花の香りがしてきた。


百合の香り?

外の山百合が咲く季節ではなかった。

部屋の奥から漂うのに吸寄せられて立ち止った場所・・・


そこは、扉の前だった。

この扉?扉から香りが漂っているのだった。

香りだけで無く、中から小さな音もする。


路冠は、後退りごくりと唾を飲み込んだ。

あの異様な空間を感じたからだ。

少女が現れたあの日の…


もしかするとその中に少女が居るのでは?とさえ思えた。


いや、そんな馬鹿な。

この扉は、開ける事も開く事もない。

鍵は、かかったまま。

開ける鍵も無いのだから。 


では、何故?

この10年以上もの間、何も無かったのに突然こんな事が起こり出すのだ?


フッと、爺の言葉を思い出した。


蔵書庫の中に、漆の箱がある。

それは、不思議な出来事が起こって、どうしても助けてほしい

そんな思いに駆られた時に開けと。


そして、それを開けたらどうなるかは、お前次第だとも言われていた。


路冠は、迷った。

箱を開けるのは、簡単だ。

だが、自分次第の助けなど開ける必要があるのか?と


だが、何かをして、今の状況が変わるわけでも無く・・・今起こっている事を無視して、

いつもの1日を、始めれば忘れるかも知れない。そんな風にも考えた。


いつも一人で生きてきたのだ。

誰かといたいと思う事もなく生きてきたのだ。


よし、畑に行き仕事をしよう。

夜も開けて白んで来た。

何もなかったのだ

寝惚けただけだと言い聞かせて。


畑に行くとすぐ、収穫出来そうな野菜に目をやると昨日、とり終えたはずの野菜がまた、たわわとなっている。

そうか、あまりに変な事が起こるので野菜を収穫したと勘違いしていたんだな。

そうだ、自分は、疲れているんだ・・・と改めて思い直した。

『今日は、滝の泉で体を清めよう。』滝に打たれて無心に成れば疲れも吹き飛ぶ。

そう思い畑仕事を中断して、収穫した野菜も冷やして食べれる様にと籠に担いで、滝に向かった。


滝についてすぐ、籠ごと水に浸し野菜を冷やす。

そして、ゆっくりと滝に向かい水飛沫を浴びながら滝の下へと進む。


さあ、これまでの不可思議な事を全て流そう・・・。


ところがどうだろう

滝は、いつものような水量ではなくうっすら滝の向こうが見えるのだ。


滝壺を泳いで、初めて滝の中を潜りその先へ岩肌が見えるだけかと思っていたら祠になっていて中に進める事がわかった。


中に何か輝くものがあるのが分かった。

そっと、歩いて近づいてそれを見てみた。


青白く輝きゆらめく炎のように見える。

さらに近づくと、それは、水晶に覆われた中にあった。


手を翳し触れてみる事ができるのか?

試してみた。


ところが触れた途端、発光し蒸発してそれは消えてしまった。


何か、とてつもなく、悪いことをしてしまった様な気になりながら祠を出て、帰路を急ぎ歩く。


どうにも、うまくいかない日だと路冠は、思った。

そして、家に着いたらやはり、箱を開けてみようと決心するのだった。


帰宅後、まっすぐと蔵書庫へ足を運び爺の言っていた漆の箱の前に立った。

開けても良いのだろうか?迷いながらも手にっとった。

シッカリと組紐で結ばれた箱の紐を解いた。


ゴクリと喉が鳴った。

躊躇いが消えないが・・・知りたい。


毎日毎日、同じ日々を点の様に繰り返してきた。

それが何か違うと思えてしまったのだから・・・記憶のない自分を自覚した以上、曖昧なままここで過ごすことなどできないだろう。


解いた紐がはらりと足元へ落ちた。それを拾おうと視線を下へ向ける。

兎?

あの日の兎なのか?

「開ける気になったのか?路冠。」

そう、声がかかった。あの時の少女もそこに立っていた。

びっくりして、後退り、尻もちをついた。

「お前、どうしてここにいるんだ。」

路冠が声なき声で聴くと少女は言った。

「路冠が願ってくれたからだ。」

「願って等いない。いったいなんなんだ?」

「私は、路冠だから」

「何を言っているんだ。お前がなぜ、私なのだ。」

「ここが、路冠だけの世界だから。路冠しかいない。だから、私も路冠。」

頭が真っ白になっていく。

目が回り視線が泳ぎ・・・鼓動が響き耳に血が充満しグワングワンと耳鳴りがする。


そのまま、地面に倒れこんだ。


どれくらいたったのか、目を開けると


「やっと出てくる気になったな」


目の前に、白い長い髭の老人が立っている。


その横にはあの少女と兎もいた。


「路冠、其方は、傷ついた心を閉ざして箱の中に入ってしまった。」


老人は、路冠に手を差し出し、立つように促すと持っていた杖でコツンと地面を叩いた。


途端に、路冠の周りの景色が一変した。


「あ~。そうか・・・そうだった。」


何かを思い出し始める路冠だった。

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箱  華楓月涼 @Tamaya78

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