箱 

華楓月涼

第1話

人里離れて住む若者がいた。

若者の名は、路冠


路冠がこの家に移り住んだのは、

十五の時だった。

それから、1人で住んでいる。

衣食住のほぼ全てを

自給自足で過ごす。


そんな生活が10年を過ぎようとしていた。

何かの楽しみがあるわけでも誰かと連絡を取るわけでもない生活

その生活は、使命でありその生活の為に必要な事は全て生まれてから15才までに

叩き込まれているのだ。

使命として育てられた路冠にとって何かの不満が生まれる事も無かった。


ただ、淡々とその家で過ごす。

人里でも噂になる事も無かったその生活が一転する事が起きた。


兎を追った少女が迷い込んだのだ。

たまに、この場に迷い込んだものもいるが屋敷まで、入り込まれた事はなかった。

何故なら、屋敷までの道のりは、迷路になっているからだ。

そして、仕掛けもあり番犬までいる。


路冠 どうやってきたのだ?兎がここまでつれてきたのか?

少女は、コクリとうなづいた。

問うてはみたもののなぜ、番犬達は吠えなかったのか?

仕掛けは、子供でも関係なく発動するはずなのに何故なんだろうか?

どんなに考えても偶然が重なったとは思えない。

とにかく、この屋敷には、自分以外入れては行けない。それが掟なのだ。

知られた以上は…

だが、路冠は悩んだ。

こんな小さな子供を、迷路で亡くなったものは

仕方ないと思ってきたが、生きて目の前にいる

小さな子供を…

迷いの中…子供を見つめていると少女が口を開いた。

「路冠に会いにきた」

路冠に衝撃が走った!

「何故、私の名を知っているのだ?」

少女は淡々と答えた

「なんでも知っている。生まれた日もどこで  

育ったのかも、何故ここにいるのかも。知っている。」


「お前は一体何者なのだ?」


路冠は、背筋が凍る様な異様な雰囲気が纏わり付くのを気づいた。

その時だ、けたたましく鈴の音が鳴り響きその気配を消してしまった。

迷路への侵入者だ。

遠くで吠えたてる犬達が分かった。

路冠の神経は、そちらへ傾いてしまった。


そして、脳裏には、そうだ、侵入すればこの状況に成る。

例えこの小さなものでも同じのはずだった。

兎など関係ないのだ。


路冠は、少女に目を向けた。

いや、目を向けたのに少女は、忽然と姿を消していた。


兎もいない…


なんなんだ?

幻なのか?

いや、確かにいた。

私を知っているというその者は。


路冠は、辺りを見廻しその痕跡を探す。

どうなっているのか?さっぱり分からない。

そして、屋敷に入り部屋の奥へ目をやった。


部屋には、路冠の過ごす部屋の奥に更に部屋があった。


鉄の扉が有りその中こそ路冠がここにいる使命が存在するのだ。

扉は重厚で扉と表現するよりも壁と言ったほうがいい様なものだ。


この中の存在を守る路冠ですら中の状態を知らない。

何が有るかすら考えては行けないと教えられて育ったからだ。

ただ、門番の様に守れと。


この門番の使命をするのは路冠で7代目と聞いていた。

数百年に及ぶのだ。


それまで、この様な出来事が起こった事があったのか?

記録すら無い出来事なのだ。


だが、これは、静まり返りた水面に一滴の水滴が落ちできた波紋が

じわりじわりと広がり岸にまでくる始まりの合図だった。

路冠の心に何かが落とされる合図だった。

そんな出来事から数日が経ち路冠の頭からも少女の事が薄れつつあった。


だがあの時、感じた気配の記憶だけは鮮明に残っていた。

なんとも言えぬ重厚な気配、気を緩めれば、押しつぶされそうな

異様なる空間があの場に確かにあった。


路冠の使命が終わっても明かされる事は無い扉の向こうへの存在を

改めて考える様に仕向けられた形として広がってしまっていた。


そして、自分の存在もまた…

一人で過ごし続けてきた路冠に生まれた感情というものに戸惑い始めた瞬間だった。


不安という感情・・・


そうだ、自分は、どうやって?

いつからここにいたのだろう。


そして、来る前の記憶の曖昧さにも気付いてしまうのだった。


初めて、生活という行動以外の行動をとり始める瞬間ともなった。


この屋敷には、蔵書庫が存在した。

もしかすると、我々一族の由来もあるのやも

知れぬと初めて考えた。


肉体が滅びるまで、ここで過ごし終わりが来れば、新たな嗣子が遣わされる。

それを誰かが知らせて、誰がここまで運んでいるのだ。

そんな事すら知らない事に初めて気づいた。


路冠は、ここに来る前の記憶を辿ってみた。

爺と一緒に朝から晩まで、畑作業か狩に出て自分の食事を確保する。

水を汲み、火を焚く事も一からだ。

それが終われば、剣術と組み手の稽古だ。

爺以外の人間と関わる事もほとんどなかった。

そんな日々は、思い出せても

母は?

家族は?自分には兄弟も居なかったのか?

何にも思い出せないのだ。

そして、爺とそんな会話をした事も無いのだ。


そうだ、私は、何処の誰なのだ?

爺もそうだ!


人には、親がいるのが当たり前では無いのか?

獣達でも、親子で移動していたではないか?

何故、あれに違和感を感じていたのか、初めて気付いた。


少女の言葉が鮮明に脳裏に浮かんだ。


自分の全てを知っている。

自分の知らなかった事までも突然現れたあの少女が・・・

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