一族と月下の死神
・・・フェシュナインドのことを任されたけど、何をしたらいいんだろう?
私がフェシュナインドにエスコートされ、領主一族たちのいる食堂に向かう。
私のお披露目と、来週に行われる、春の訪れを祝う宴の打ち合わせをするそうだ。宴っていっても社交だけどね。
・・・フェシュナインドは、私に元の世界に帰ってほしくないの?でも私は帰らなくちゃいけない。でもどうして?
「アインス?どうした。」
「あっ。何でもないです。ただうまくできるかなと。」
「違うだろう?何を考えている。」
・・・うっ。どうして気づいちゃうの?
私は何とも言えない気分になりながら、答える。
「なんでか分からないけど、絶対に帰らなくちゃって思うの。待ってなきゃって。どうしてかな。」
「待つ....か。いつか思い出せるはずだ。その日まではこの世界にいたらいい。」
私がその言葉に慰められていると、扉が開き声が上がる。
「フェシュナインド様と、アインゾーネ様がいらっしゃいました。」
目の前にはアトランティスとショフテン、そして男性と女性と子供がそれぞれ二人ずついる。
その後ろには、
・・・側近?
「おお!アインゾーネではないか。さっきはすまないな。」
うれしそうに笑ってアトランティスが言う。
「いいえ。問題ありませんわ。それとご挨拶させてくださいまし。」
「そうだな!」
私は領主一族の人たちの前に跪き、挨拶する。
「お初にお目にかかります。この度領主一族となりました、アインゾーネ・ファン・エンダーザイトと申します。以後お見知りおきを。」
すると、緑がかった青色、マリンブルーのような髪に濃い水色の瞳をしている、20代前半くらいの男性が、私に手を差し伸べる。
「うむ。よろしくな。私は現領主の息子、アイガスティーだ。フェシュナインドの兄にあたる。今日は私以外にもたくさんいるから、省略させてもらうぞ。」
アイガスティーは、笑いながら私に手を差し出す。
私はそれに手を乗せ、立ち上がる。貴族は、しぐさも綺麗じゃなきゃだめだから、もちろん、できるだけ優雅に、洗礼されて見えるようにね。
「わたくしも、挨拶させてくださいな。」
・・・優しそうな人。まるで、ヒマワリみたい。
アイガスティーの隣にいた、見るからに優しそうな、お花のような女性。金色ではなく、黄色の髪に、茶色の瞳を持っている。
「アイガスティーの妻、オトゥリーナです。よろしくお願いします。」
「何をしているのです。順番が違うでしょう?」
オトゥリーナが、挨拶すると隣から注意が飛んできた。
「あっ。申し訳ありません。以後、気を付けます。」
「ええ。あなたは次期領主の妻です。それに相応しい行動を心掛けなさい。」
アイガスティーと同じ髪の色に新緑色の瞳をしている、40代前半くらいの女性だ。
フェシュナインドが私にこっそり、話しかける。
・・・あの人が、領主夫人。
「貴方が、アインゾーネね。」
「はい。」
・・・うぅ。何を言われるのかな?仕草が優美じゃなかったかな?口調がダメだったかな?
「現領主の妻、ハリエットです。私はあなたのことを歓迎します。」
「えっ、あっ。歓迎してくださりありがとうございます。」
ハリエットは、笑ってそう言ってくれたが、私がびっくりしているのを表に出すと、笑みを深め再び口を開く。
「慌ててはなりません。貴族とはいつも余裕をもって対応するものです。たとえ驚いたとしても、顔に出してはなりません。」
・・・よく見ると仕草もきれいだし、本当に淑女の鏡っていうか、貴族の見本っていうか、ぜひ見習いたいな。
私は軽く腰を落とす。
「ご教示いただき、ありがとうございます。」
「ええ。ほかは完璧ね。素晴らしいわ。」
「お褒めにあずかり至極恐悦に存じます。」
ハリエットは満足そうに微笑む。それを、オトゥリーナが眺めていたのを私は知らない。
すると次は、ガタイのいい男の人が出てきた。
「イーノフォンゾ・マン・ウァッサーング・マイ・リターマルダだ。普段は領主の護衛騎士として動いている。だが、今日はシャフテンの弟として出席させてもらった。弟とはいっても、上級貴族の家に婿入りしたため、今はただの上級貴族だ。」
・・・養父様の弟か。確かに少し似てるところがあるかも。
私があと何人いるか数えていると、アイガスティーが前に出てくる。
「次は私の子供たちを紹介する。さあ、出てきなさい。」
アイガスティーに言われて、2人の子供たちが出てくる。
皆それぞれ、両親と同じ髪や瞳の色を持っている。
・・・か、かわいい~。
「現領主の息子、アイガスティー・マン・ウァッサーングが長子。キャロライン・ファン・ウァッサーングです。よろしくお願いします。あの、アインゾーネ様。」
キャロラインが、もじもじと恥ずかしそうに話す。
「なんですか。」
「関係上では、叔母様とお呼びしなければいけないのですが、お姉様とお呼びしてもいいでしょうか。」
・・・きゃあああー!!かわいい!!
何とか取り繕っているが、もう、心の中ではキャーキャー言っている。
「もちろんですわ!!お姉様と呼んでくださいませ。」
「ありがとうございます。お姉様!!」
キャロラインの顔が、ぱああああっと明るくなる。
・・・うふふ、うふふ。かわいいな。
そう思っていると、次は男の子が出てきた。
「ラウセンド・マン・ウァッサーングだ。」
・・・えっ。
オトゥリーナが慌てて注意する。するとラウセンドが、
「出自もわからぬものに言うことなどない!!」
周りの空気が凍った。それになんだかフェシュナインドのほうから黒くて冷たいものが漂ってくる。
・・・うわあ。こ、怖い。
「なんということを言うのだ、ラウセンド!!いったい誰からそんなことを教えてもらったのだ!!!」
アトランティスが顔を赤らめながら怒鳴る。
すると肩をびくつかせたラウセンドが、ぼそっと話す。
「.ェ...だ。」
「何?」
「エルマーロだ。」
「エルマーロ!!前に出なさい!!」
ハリエットに怒鳴られ、側近の中にいた、一人の男性が前に出てきた。
「なぜ、こんなことをした。」
エルマーロと言われた人は、冷や汗をたくさん流しながらも、強い眼差しでこちらを見ている。
「なぜ、と聞かれましても、私は事実を述べたまでです。そんな出自の分からぬ者の下につくことなど私にはできません。」
その言葉にフェシュナインドが反論する。
「アインゾーネは正当なる領主一族です。父上と次期領主の位を争った末、名もなき貴族に殺された父上の兄君の娘なのですから。」
・・・ええ!?そんなの聞いてないよ!!フェシュナインド!!
その‘‘エピソード‘‘にエルマーロが声をあげる。
「そんなの嘘だ!!『ギルベアト』様に子供はいないはず。それはどこの領地から来たのかもわからないただの不審人物ではないですか!!」
「貴方は嘘だといいますが、本当の真実は全く違うのですよ。」
フェシュナインドは顔色も変えずに、すらすらと少しの真実と噓を交えて話す。
・・・はい。当たっていますよ。私はそのギルベアトって人の娘ではありませんし。真実は全く違うっていうのもそうですね。私、時空の旅人ですからどこの領地からも来ていませんし......。
私がそう現実逃避していると、ショフテンが前に出てくる。
「エルマーロ。其方は、領主候補生に偽りの情報を与え、領主一族に不敬を働いた。処罰は後程.....。連れていけ。」
騎士たちが扉を開け入ってくる。
すると、エルマーロが立ち上がった。
「うおおおお!!」
エルマーロは短剣を手に私に向かってくる。
・・・まずい、よけきれない!!
私がそう思っていたら、フェシュナインドが私とエルマーロの間に現れ、振りかざされた短剣を剣で受けた。そしてそのまま、短剣ごと撥ね上げる。
「なっ!?」
ナイフが宙を舞い、イーノフォンゾの手の中に納まる。
「私は、私は許さぬ!!必ず待っていろ!!アインゾーネ!!そして、」
エルマーロが騎士たちに連れていかれながら呪いのような言葉を吐き、フェシュナインドを見る。
「月下の死神!!!」
・・・月下の死神?それって、フェシュナインドのこと?
そして扉が閉まった。
フェシュナインドはただ黙って扉を見ている。
静寂がその場を支配した。
皆それぞれ違う顔をしている。
・・・どうしよう。い、居心地が悪すぎる。
何とかしようと、私は口を開いた。
「あの。と、とりあえず、座って落ち着きませんか?」
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