洗礼式と心
私とフェシュナインドは、あの後もいろいろとしゃべっていた。そして、いつの間にか目的の場所についていたらしい。
・・・はふぅ。やっとついた。
「遠かった.....。」
「確かにな。領主一族の館は大きい。特に始まりの領地ともなれば、通常よりもさらに大きいだろう。」
・・・始まりの領地?
私が不思議に思っていると、フェシュナインドは扉を開け、中に入っていった。それに私も続く。
部屋の奥には、こちらを向くように置かれた大きな執務机があった。それに向かって、横を向くように置いてある、長い机とたくさんの椅子がこちらに向かってのびている。
奥にある大きな執務机には、やけにやつれている男性が座っていた。
黄土色のような金髪に、濃い水色の瞳をしている。髪はぱさぱさとしていて艶がない。
そしてとても顔色が悪い。
「フェシュナインドか。そして其方の横にいる三つ編みの女性が、」
「はい。アインゾーネです。父上」
・・・父上ってことは、やっぱりこの人が領主様。
私は跪き、初対面の挨拶をする。
「お初にお目にかかります。アインゾーネ・ファン・エンダーザイト・フィリー・ウァッサーングと申します。以後、お見知りおきを。そして、これからよろしくお願い致します。養父様。」
「ああ。よろしく頼む。私はこの始まりの領地であり水の領地、ウァッサーングが領主。シャフテン・マン・ウァッサーングだ。私は其方のことを歓迎する。」
養父様、ショフテンは私に手を差し伸べる。その手を取り私は立ち上がった。
「ありがとうございます。」
「いや、よい。貴族男性として当たり前のことだ。」
そういい、ショフテンは笑った。
そこにフェシュナインドが現れ、ショフテンに書類を手渡す。
「アインゾーネ。これが洗礼式の書類です。血判を押し、このインクを使って名前を書いてください。」
養子縁組の時にも使ったインクを、書類とペンと一緒に私に差し出す。
どうやらこのインクは、契約をするときに使うインクのようだ。
私はそれに‘‘サイン‘‘する。
「アインゾーネ。手を。」
フェシュナインドはナイフを右手に、左の手のひらを上にして私に言う。
「ありがとうございます。フェシュナインド様。」
私が血判を押し無事、洗礼は済んだ。
そして今度は能力を調べるためにか、不思議な石(魔石かな)でできた透明の棒のようなものを渡される。
私が手で持つと、何かが体の中から抜けていったような感じがした。
すると、そんな感覚とともに、それは虹色に、持っているところから染まってゆく。
棒だと思っていた物の先端が開き、花の形へと変化した。
・・・昔、本で読んだゼフィランサスの花みたい。確か花言葉は、『期待』。
私がそんなことを考えてると、突然頭の中に文字が浮かんだ。
・・・再生?
「再生。」
「そのようですね。聞いたこともないので、おそらくはアインゾーネにしかない能力でしょう。」
・・・えっ。この文字、二人の頭の中にも浮かぶんだ。なんか不思議。
私が彼らを見ると、二人とも安堵の表情を浮かべていた。
「これでおしまいだ。アインゾーネ。ひとまずは安心だな。」
ショフテンはそっと息を吐いた。
それに、フェシュナインドも頷く。
「そうですね。一安心です。話は変わるのですが、父上。」
「なんだ。」
・・・なんだろう?養父様も不思議な顔してるし。
「癒しをかけてもよろしいでしょうか?とても顔色が悪くていらっしゃいます。」
「ん?ああ。ありがたい。」
フェシュナインドは、右手の中指に嵌っている指輪に魔力を込め呟く。
「癒しを我が父上に。」
すると、緑色の光が指輪から飛び出し、ショフテンに降り注ぐ。
・・・顔色が少し、良くなったかな?
「すまないな。」
「いえ。では、時間も押しているので失礼します。」
「ああ。それと、アインゾーネ。其方に少し話がある。」
「なんでしょう。」
フェシュナインドは私に、外で待っていると伝え、部屋から出て行ってしまった。
「アインゾーネ。其方には、フェシュナインドのことを支えてほしいのだ。」
「フェシュナインド様を、ですか。」
・・・フェシュナインドは私が‘‘サポート‘‘しなくても大丈夫だと思うけど。
ショフテンは、真剣なまなざしで私を見つめる。
「そうだ。あの子は人の前では表情を一つも変えないのだ。父である私の前ですらな。」
そう、自分を嘲笑うかのように話す。
・・・えっ。フェシュナインドはよく表情の動く人だけど。
フェシュナインドは、ついさっきのような月のような笑顔は初めてだったけど、普通に笑うし、顔をゆがめたり、怒ったりもする。だから私は、ずっと表情を動かさないフェシュナインドが想像できない。
「昔はああではなかったのだがな。たのむ、アインゾーネ。あの子を、フェシュナインドを頼む。」
「.....かしこまりました。」
「話は済んだか?」
部屋の外に出ると、フェシュナインドが笑って出迎えてくれた。
・・・やっぱり想像できない。表情がないなんて。
「うん。」
「父上は何と?」
「仲良くするようにと。」
私はそう、わざと違うことを話す。
「話したいことがある。すまないが私の部屋へ寄ってくれないか。」
「わかった。いいよ。」
・・・話したいことってなんだろ?
そして部屋につくと何かの道具を触って、部屋に明かりをつける。
「これは何という道具なの?」
フェシュナインドはお茶を入れながら私の質問に答える。
「それは、照明の魔術具だ。少ない魔力で部屋に明かりを灯すことができる。下級貴族であれば節約して使っていて、平民には使えないそうだ。そのため平民たちは蝋燭の明かりで暮らしている。」
「でも、体の内側から何かが抜けていく感覚が、魔力を使うということだったら、まったく魔力を使っていないみたいだけど。」
「まあな。私たちの魔力量は他に追随を許さないくらいに強大だからな。」
フェシュナインドが肩をすくめる。
・・・フェシュナインドも私みたいに魔力が多いんだ。
私は彼に勧められた椅子に座る。
「すまない、アインス。私の部屋には2種類しか紅茶がなくてな。一つはすっきりとしているが、君はこちらのほうが好みだろうと思い用意した。ザンフトゥーワイシャにボータバーンのホーニヒと言うミルクを入れた。」
・・・ええと。ざんふとぅーわ、い、しゃ、にぼーた.....なんだっけ?でも、これも覚えなきゃいけないんだろうね。大変大変。
「さて、アインス。明日からいよいよ、君に勉強を教えようと思う。それにあたって、君がいた世界のことについて話してほしい。」
フェシュナインドは紅茶に口をつけ、毒見をすまし私に勧める。
そして、私も紅茶を飲む。
口の中に優しいミルクの甘さと薫りの華やかな紅茶の味が広がる。
・・・うん。すっごくおいしい。さすが天才さんは何でもできる。
「いいよ。でも何を話したらいいの?」
「君が知っていることだ。」
私はこの世界のあり方について話す。
フェシュナインドは私の話を静かに聞いている。
「人間よりも神々のほうが多かったの。まあ、神の箱庭だから。」
「神の箱庭、か。それも、世界がたくさん存在するなんて....。」
「うん。そこにある神々の使う図書館、さっき言ったたくさんの世界の歴史が本になって収められているところで、私は司書として働いていたの。」
私は話す。そこで紡ぎかけの歴史に触れてしまい、この世界に入ってしまったことも。
「ということくらいかな。」
話し終えるとフェシュナインドは、しばらく俯いて黙っていた。
でも少し経ったら、再び口を開いた。
「君は、神の箱庭に、帰りたい?」
・・・そんなの、当たり前だよ。
「うん。」
私が答えると、フェシュナインドは席を立ち私を緩く抱きしめる。
窓から夕日が差し込み、私たちを包み込む。
「そうか。でも私は、..........君にこの世界にいてほしい......。」
・・・えっ。どういうこと?
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