不穏な影と能力
「ごきげんよう。おじい様。」
「おお。アインゾーネではないか。久しいな。」
今日は、洗礼式の書類にサインをするのだ。そのため、領主である私の養父にあたる人の執務室へ向かっている。
「あの、お尋ねしたいことがあるのですが。」
「ぬ?何かね。」
そう。聞きたいことがあるのだ。それは、洗礼式は本当はいつ、行うものなのか。そして、
「フェシュナインド様に、この間お会いしたのです。」
「おお。そうか!早速、会ったのだな。」
「ええ。とても、お美しい方でしたわ。」
「だろうな。あれは、私の目から見ても男とは思えんくらいに美しいからな。しかし、其方もとても美しいぞ。」
アトランティスは、私にそう笑いかける。
・・・たしかにねー。フェシュナインド様はまるで妖精みたいだもん。
「お褒めにあずかり、至極恐悦に存じます。」
「む。世辞だと思っておるだろう?」
・・・不本意そうな顔をしてるな。でもここからが本題。
「じつは、その、フェシュナインド様のことで。」
「何!?フェシュナインドが其方に何かしたのか!?」
「い、いえ!そんなことありません!それどころか、助けていただきました。」
・・・うわっ。近い。近いよ。
アトランティスは、私に詰め寄る。でも、私が助けてもらったというと、渋々離れていった。
「ええと、そのフェシュナインド様が、わたくしに勉強を教えてくださるとおっしゃたのです。その件に関して、おじい様は何かご存じではないかと。」
「ああ。その話か。私が頼んだのだ。」
当たり前のことのように、あっさりと言う。
「お、おじい様が、ですか。」
「うむ。そうだ。」
・・・ええぇ。でもどうして。
その問いには、アトランティスが答えてくれた。
「其方の立場は、領主一族たちの中では一番弱い。後ろ盾も何もないからな。だから、ウァッサーングの頭脳とも言えるフェシュナインドの弟子となることで、フェシュナインドという後ろ盾を得たほうがいいと思ったのだ。......フェシュナインドがな。」
「ふぇ、フェシュナインド様がですか。」
アトランティスが、苦いものを嚙んだような顔で言った。
・・・なんでかな?私なんかを庇護したって‘‘メリット‘‘は一つもないと思うけど。
「なぜでしょうか。」
「さてな。あ奴のやることなどわからぬ。」
「アトランティス様。アインス」
二人でそんなことを話していると、前のほうから話題の中心。フェシュナインドがあらわれた。
「ごきげんよう。フェシュナインド様。昨日はありがとうございました。」
「いえ。感謝されるほどのことではありません。」
・・・あれ?フェシュナインド様の口調が違う。
すると、フェシュナインドがアトランティスの名を呼び、口元を袖で隠しながら、アトランティスの耳元で何かをささやいた。
アトランティスは顔色を変え、足早に反対方向へと去っていった。
「フェシュナインド様。いったい、なに」
「フェシュナインドだ。」
私の言葉に、フェシュナインドは重ねてそういった。
「ふぇ、フェシュナインド。」
「そうだ。なんだ。」
・・・うぅ。身分が上の人を呼び捨てするなんて。心臓に悪いよ。
そんな時、アトランティスは、
―――――――――――――
領主一族の館を出入りするための門の内側にいた。
館の周りは魔術が施されている美しい装飾の入ったフェンスに囲まれているため、館の正面には出入りするための大きな門がある。ほかにも領主一族のものしか知らない抜け道も存在する。
「む。あ奴にアインゾーネの名前を教えたか?教えていないはずだが。」
アトランティスは不思議に思う。そんな思考を遮るように、アトランティスの護衛騎士が言葉を発する。
「アトランティス様。いかがなさいましたか。」
「いや。何でもない。いくぞ。」
「「「「「はっ!!」」」」」
―――――――――――――
「えっ。不審者が現れた?このウァッサーングに?」
「そうだ。」
フェシュナインドによると、私がこの世界に現れたことを彼が知った日くらいから、領内に何度か不審人物が、現れているらしい。
そのたびにアトランティスが対応していて、今だにどこの領地から、何の目的できたのかわからないようだ。
「だが、おそらくは君が目的だろう。くれぐれも警戒を怠らないように。」
フェシュナインドが真剣な顔で私に注意する。
「うん。分かった。」
・・・なんだか怖いな。できるだけ会いたくないよ。というか絶対会いたくない。
「それで?何かアトランティス様に尋ねようとしていたが、何か質問でもあるのか?」
・・・なんでわかって....。もういいや。天才だもんね。
「洗礼式って、ほんとはいつする物なの?何のためにするの?」
「洗礼式は通常、3歳の誕生日に行われる。しなければいけない理由は、二つ。一つは、子供たちを人として認めてもらうため。洗礼式前の子供は、人とは数えられず、殺されようが、誘拐されようが、何もできないのだ。」
・・・こっ、こわ!!じゃあ私も今はその状態なの!?
「もう一つは、能力を調べるためだ。」
「能力?」
能力とは、魔力が一定量あるものはみな使える魔術で、一人に一つずつしかないらしい。
珍しい能力では、世の中でたった一人だけ使える能力もあるというのだ。
今日は、私も能力を見つけるみたい。
「じゃあ、フェシュナインドの能力は何なの?」
「私の能力は、破壊の能力だ。物や生物を壊したり、殺したりする力だ。」
フェシュナインドの顔から感情が抜け落ちている。
いつもは明るく優しい光を放っている瞳は、暗くよどんでいる。
・・・ど、どうしよう。まずいこと聞いちゃった。ああもう!!
「フェシュナインドは、優しいよ!!たとえ能力が破壊だったとしても、フェシュナインドはいい人だよ!!私は嫌いじゃないし、むしろ好きだし。能力なんて関係ないよ!!」
私がフェシュナインドの両手を握り、彼に詰め寄ってそう話す。彼は目を大きく見開き、呆然とした顔で私を見つめていた。
・・・うん。もうあんな目じゃないね。安心安心。
「そうか。....ありがとう。」
フェシュナインドはそういい、優しく、やわらかく、まるで月のように笑った。
その笑顔を見て、私は息をのむ。
・・・綺麗。なんて美しいの。
そして、私は思った。
この笑顔を守りたい。もっといろんな顔を見たいと。
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