第26話 おかしくなったお父様

「ヒグッ……ごめんなさい……試すようなことして、本当にごめんなさい……」


 ダバダバと涙を流しながら、謝罪を繰り返す吸血姫。

 これは……どういう状況だ?


「えっと、降参……の意味はわかっているよな?」


「はい……わたしの負けです……。こ、殺さないでください……ヒグッ……」


「……命乞いをする魔物なんて、初めてだな」


「な、情けなくてごめんなさい……。は、話だけでも、き、聞いてもらえませんか? ヒグッ……」


 先ほどの高圧的な態度とは打って変わって、なんというか……見た目通りの可憐な少女のような素振りを見せている。

 これは演技……ではないな。プライドの高い吸血姫は、演技で敵を騙すなんてことはしない。


「えっと。とりあえず、ララとリリは攻撃中止だ」


「デドラ……」


「ルガァ……」


 ションボリした表情で、準備していた攻撃を辞めた2匹。

 コイツらとしても、消化不良なのだろう。


「……とりあえず、話を聞いてみる?」


「……それもそうですね」


 コイツを殺すか否かの判断は、その後でも遅くない。

 それに単純に命乞いをする魔物の話が、とても気になるのだ。

 一体どんな理由があれば、プライドの高い吸血姫がプライドを捨てて、降参を選択するのか。その理由を是非聞いてみたい。


「話してくれ、吸血姫。いや…… レイナ・ラ・ロリルシアよ」


 親近感を沸かせる為に、あえて個体名を呼ぶ。

 人間と吸血鬼では精神構造が似ているので、この程度のことで好感度を稼げるはずだ。


「あ、ありがとうございます……!!」


 俺の計画通り、レイナは満面の笑みだ。

 そして鼻水を垂らしながら、レイナは語り出した。

 ……汚いな。



 ◆



「わ、わたし……少し前までは、お父様と一緒に暮らしていたんです……」


「少し前? 何かあったのか?」


「はい……。あれは今から1ヶ月くらい前、聖職者たちが数人やってきたんです」


「まぁ、おかしな話ではないね。吸血鬼は聖魔法が特効だからね」


「わ、わたしとお父様も、最初はそう思いました。いつも通り、蹴散らせばいいんだと考えていました……。ですが……」


 レイナの表情が曇る。


「あの日来た聖職者たちは、異様に強かったんです。SSS級のわたしとお父様でも、まるで歯が立ちませんでした」


「それは……奇妙な話だね。聖職者でSSS級の人は何人がいるけど、彼らは私が知る限りだと特段仲がいい訳でもないからね」


「徒党を組んだりすることは、無さそうな人たちなんですね?」


「うん。そもそもSS級の迷宮如きに、SSS級の人たちでパーティを組むなんてあり得ない話だよ」


 それもそうか。

 SSS級という肩書きは、強者の証だ。

 ソロでSS級の迷宮を攻略することくらい容易く行えないと、決して得られない称号なのだ。


「その聖職者たちはお父様を羽交い締めにして、怪しいクスリをお父様に打ちました……」


「クスリ?」


「はい……。緑色の液体が入った注射を、お父様の首筋に打ち込んだのです……。その後すぐ、帰還石で帰りましたが……」


 聖職者は聖魔法で全てを解決したがる。

 風邪を引いたら聖魔法、骨折したら聖魔法。

 病気も怪我も何でもかんでも、聖魔法で解決したがる連中なのだ。


 故に彼らは薬や医療を嫌う。

 神の力を介さない治療など、冒涜的だと喚くのだ。子どもの如き癇癪で、騒ぎ立てるのだ。


 だからこそ、聖職者がクスリを扱うということに違和感を抱く。

 レイナの父にクスリを打った連中は、本当に聖職者なのだろうか。


「そこからです、お父様がおかしくなったのは……」


「おかしくなった?」


「夜中にいきなり叫んだり、辺りの魔物を貪り食らったり……。日に日に理性が落ちていって、今では言葉も通じません……」


「まるで獣みたいだね」


「今はこの部屋の下にある、地下室にいます。理由はわかりませんが、逃げるように下へと駆けて行きました……」


 よく見ると部屋の隅に、大きな穴が空いている。

 そこから降ったのだろうな。


「アルガ様、お願いがあります。お父様を……殺してあげてください……」


 と、レイナはそう告げた。

 その表情は酷く思い詰めたような、暗いモノだ。


「なるほど。父親を殺せるほどの実力者か試す為に、襲いかかって来たわけだな」


「試すようなことをして、本当にごめんなさい。ですが……わたしに勝てる実力が無ければ、お父様に勝利することなど不可能ですので……」


「レイナのお父さんは、そんなに強いの?」


「以前まではわたしと互角でした。ですがクスリを打ち込まれてから、その戦闘力は日に日に上がっています……。今ではわたしでは、手も足も出ません……」


 そんなに強いのか。

 SSS級のレイナを凌ぐのだから、俺やシセルくらいしか対処可能な者はいないだろうな。


「本当に殺してもいいのか? 治療は無理なのか?」


「お父様の顔を見れば……無理だと察するはずです」


 つまり、それほど酷い状態というわけか。


「レイナ、お父様を救ってやるよ」


「ほ、本当ですか!!」


「ただし、条件が1つある」


「……わ、わたし……初めてなので、や、優しくしてください……」


「は?」


 急に話が伝わらなくなった。

 と思いながらレイナを見ると、たわわな胸を寄せながらモジモジしている。


 ……あぁ。なるほど。

 俺が求める条件が、『身体を売れ』だと思っているのか。


「……アルガくん、変態だね」


「変態なのはコイツですよ……。さすがに傷心の少女を狙うほど、俺も腐っていませんよ」


 ため息をこぼす。

 ピンク髪は淫乱という風潮は、正しいようだ。


「レイナ、俺の仲間になれ」


「え、それって……結婚してくれってことですか!?」


「違う、テイムされろってことだ」


「あ、そっちですか……」


 何故かガッカリするレイナ。

 今の流れ的に、結婚には結びつかないだろう。


「えぇ、いいですよ。お父様を救えるなら、どんな非道な目に遭っても構いません」


「……非道な目に遭いたいんじゃないのか?」


「……なんとか言えよ」


 ため息をこぼしながら、レイナの頭に触れる。

 そして、唱えた。


「《仲間術テイム》」


 瞬間、光がレイナを包み込む。

 光が晴れると、そこには変わらないレイナの姿があった。


「……何も変わりませんね」


「そんなもんだ。それよりも、準備はいいか?」


「え、もう挑むのですか!? 回復とかは──」


「必要ない。ほぼ万全の状態だからな」


「つまり……わたしとの戦いは、準備運動にもならなかった訳ですね」


 肩を落としてガッカリするレイナ。

 いや、そんなつもりで言った訳ではないのだが。


「アルガくん、女心を学んだ方がいいよ……」


「え、え?」


「うぅ……悲しいです……」


「え、え?」


 2人は続いて、穴に落ちていった。

 俺1人を残して。


「ま、待ってくれよ!」


 俺も2人を追いかけるようにして、穴に落ちた。

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