第15話 闇市場
次の日、俺は『闇市場』にやってきた。
この街は一見すると栄えているが、少し路地裏に入ると凄惨なスラム街が顔を出す。そこに闇市場はあるのだ。
闇市場で扱われる商品の質はピンキリだ。
だが、正規ルートで買おうとすると非常に高額な商品が、闇市場では安値で売られている場合も少なくない。もちろん逆も然りだが。
「さて、今日はお目当ての商品はあるかな?」
そう呟き、入ったのはボロい武器屋だ。
「……らっしゃい」
ふてぶてしいおっさんが、ムスッとした表情で俺を出迎えてくれた。
まぁ、闇市場の接客態度なんて、こんなものだろうな。
「これを売却した」
そう言って、俺はカウンターに角笛を1本出した。
「これは……な、なるほどな」
おっさんはジックリと角笛を、まるで舐めるように鑑定している。
闇市場はその性質上、ガラの良くない者が跋扈している。粗悪品を売られることも、多々あるのだろう。
だからこそ、おっさんは偽物かどうかを見極めているという訳だ。
「……アンタ、これはダメだな」
「は?」
「偽物だ。金貨1枚で対応──」
俺はとっさにナイフを抜き、カウンターに乗せているおっさんの手の甲を刺した。
刃先がおっさんの手を貫通し、木のカウンターにまで達するのを感じる。
「ぐ、がぁああああ!! な、何しやがる!!」
「あまり俺を舐めるなよ? それはオーガから直々にドロップした、正規品だ」
「は、離せ!! 俺が悪かった!!」
「俺の格好を見て、初心者冒険者だと思ったのだろ? 適当なデマカセを言えば、こんなヤツは騙せると思ったんだろ?」
そのままナイフをグリグリと捻り、さらなる痛みを与える。
「ぐ、がぁああああああ!!」
「甘いんだよ。あまり舐めるなよ?」
「お、おい!! 俺の知り合いにはマフィアがいるんだぞ!! こんなことをして、タダで済むと思うなよ!!」
「だったら今すぐ呼べばいいだろ。カモにしようとした男に、反撃されましたってな」
「そ、それは……」
「この程度の諍いでで動いてくれるほど、マフィアは優しくないだろうがな」
さらにナイフをグリグリする。
「わ、わかった!! 俺が!! 俺が悪かった!!」
「買取価格を倍にしろ」
「な、何ッ!?」
「大切なお客様を騙したんだ。それくらいはしろ」
「だ、だが……この店が潰れるし!!」
「安心しろ。この店で一番価値の高いナイフを、買い取ってやるから」
「だ、だが……」
「言うことが聞けないのならば、ナイフを勝手に盗むぞ?」
「わ、わかった!! 倍で買い取ってやる!! 一番強いナイフもやる!!」
「最初からそう言え、バカが」
店主の手からナイフを抜き取る。
「1800枚の金貨……いや、それだとキリが悪いか。金貨2000枚用意しろ」
「……チッ、覚えていろよ」
「何か言ったか?」
「なんでもねェよ!!」
店主はそう言って、バックヤードに戻った。
しばらくすると、大きな麻袋と漆黒の箱を持ってきた。負傷した手に包帯を結びつけている。
「まずこれが金貨2000枚だ」
「なるほど、重いな」
手渡されたのは、ズッシリと重い麻袋。
中を見ると、ギッシリと金貨が詰まっている。枚数は後で数えよう。
「それでこっちが……俺の店で一番強い短剣【黒竜の牙】だ」
黒い箱に納められていたのは、一振りの漆黒の短剣。
【黒竜の牙】の名の通り、獣の牙をそのまま加工したような武器で装飾は一切ない。刃渡りは20センチほどで、今使っているナイフと大差はない。
「手に持っても?」
「あぁ、構わねぇよ」
【黒竜の牙】を手に取る。
軽い。まるで羽のようだ。
軽く振ってみると、実に手に馴染む。
大袈裟だが……俺と出会うためだけに存在するような、そんな武器だ。
「バ、バカな……。な、なんで、『呪い』が発動しねェ!!」
「……『呪い』?」
「その短剣は性能こそ段違いだが、手にした瞬間に身体が腐り落ちるハズだろ!! どうして、呪い効かねェんだ!!」
「俺が知るか。そして……つまり、俺を殺そうとしたんだな?」
何故呪いが効かないのか、気になるが今はどうでもいい。
学習しないこの男に対して、腹が立ってそれどころじゃないからな。
……一度、痛い目を見せる必要があるな。
「そうだな、試し切りとしようか」
「は、ハァ? な、何を──」
短剣を軽く振るうと、店主の身体が両断されたた。
客を騙すような店、存在しない方がいいだろう。
「て、テメェ……」
「傷口から腐っているな。なるほど、呪いの効果は攻撃時にも乗るのか」
軽く振るうだけで、人間を両断可能な攻撃力。攻撃時に呪いを付与可能な能力。
これは相当強い短剣だ。正規で購入しようとすれば、金貨5万枚はくだらないだろう。
「安心しろ。有り金全部持っていくなんて、そんな非道な真似をするつもりはない。ただ、角笛は返してもらうぞ」
バックヤードに侵入して角笛を回収後、俺はその店を後にした。
◆
その後、俺は闇市場の防具屋を訪ねた。
防具屋は俺を騙そうとすることはせず、接客態度も闇市場とは思えないほどに優れていた。
こんな腐ったスラム街にも、素晴らしい店もあるんだな。
角笛を売却し、金貨100枚で購入した防具は【ブラックスパイダーシリーズ】の防具。
ブラックスパイダーの糸で編まれた、漆黒のロングコートと漆黒の長ズボン、漆黒のシャツだ。サイズもちょうどいいモノがあった。
「着心地バツグン。通気性快調。素晴らしい出来だ」
それに加え、防御性能も優れている。
物理攻撃を30パーセント軽減する効果。
全属性魔法に対する耐性。さらに破れても再生する。
まさしく、完璧な防具だ。
こんな防具を金貨100枚で購入できたのだから、俺はなんとツイているのだろうか。
「〜♪」
鼻歌を奏でながら道を歩いていると──
「あ」
「? ……ハァ」
偶然にもカナト達に出会った。
……楽しい気分が台無しだ。
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