第6話
「加奈、そろそろ帰ろうか」
「そうだね」
水族館を一通り見て回り、中に併設されたレストランでご飯を食べた後、ギフトショップを二周したところで亮は言った。
今日はこのまま彼の家にお邪魔して、ゆっくり一泊する予定だ。
昼は外で遊んで、夜は家でだらける。それが私たちの五年間の定型だった。
まあ、一宿のお礼に夕飯くらいは作ってやろうと思う。エビフライとか。
亮の家への道程は足が自然に動くくらい憶えているので、何も考えなくても家に着いた。
玄関で靴を脱いで部屋に入る。
「さあて、だらだらするぞ!」
「そんなに意気込んでするもの?」
「何に対してもちゃんと向き合いたいんだよ」
「ソファに寝転びながら言われてもね」
それから二人でしばらくだらだらと時間を浪費して、お腹が鳴ったので夕飯を食べた。
空になった食器を片付けると、亮は「エビフライのお礼」とコーヒーを淹れてくれた。青と白のマグカップを両手で運び、私の前に白を置く。
「ありがとう」
「こちらこそ」
私たちはソファに並んで座った。湯気の立つコーヒーにゆっくりと口を寄せ、ほうと息をつく。
「平和だねえ」
「ほんと。落ち着く」
私はマグカップを両手で持ったまま答えた。
「……なあ、加奈」
「ん?」
亮は自分のマグカップをゆっくりとテーブルに置く。
「平和ってさ、いつまでも続いてほしいものだと思うんだ」
「え、うん。まあそうだよね」
何を言っているのかよく分からなかった。
しかし続く彼の言葉に、私はその意味をすぐに理解する。
「だから、僕と結婚してくれない?」
時が止まったように感じた。音も光も、コーヒーの香りも何もかもが動きを止める。
「……えっと」
ようやく声を取り戻した私はそれでも考えはまとまらず、言葉が出てこない。
いつかはそう言われる時が来るんじゃないかとは思っていた。
でも、その答えはまだ見つかっていなかった。
「……嬉しい。けど」
「加奈、なにか隠してる?」
どきり、とした。
「なんでそう思うの?」
「なんとなく。この五年、いつも無理してるように見えたから」
どうやら彼には気付かれていたらしい。
私は何も言えない。無理に暴く気はないよ、と彼は首を振った。
「もし加奈がそれを隠したまま生きていけるなら、僕はそのままでいいと思う」
でも、と彼は穏やかに続ける。
「でも今、それが原因で僕たちが終わってしまうなら、僕は君を知ってから終わりたい」
彼は真っ直ぐに私を見ていた。
それはそうだろうと思う。訳も分からないまま別れるなんて私もしたくない。
彼の言葉を思い出す。
自分を隠したまま生きていけるのか。
……もしもそんなことができるなら、私の答えなんてとっくに出ていたはずだ。
「……そう、だよね」
願ってしまった。
化け物の私は、彼に受け入れられたいと願ってしまった。
自分を隠したまま生きていけるほど、私は強くない。
「実は、私ね」
そして何より。
私だって、彼とずっと一緒にいたいんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます