第5話
「お待たせ」
「全然待ってないから大丈夫だよ」
デニムにパーカーというカジュアルな格好の亮はひらひらと手を振った。
「さて、じゃあ早速行きますか」
「そだね」
亮は自然に手を差し出す。私はその手を取って歩きだす。手を繋ぐことはカップルとして一般的な愛情表現だ。
今日のデートは地元の水族館。私たちは受付でチケットを二枚買って、エントランスに入った。
初めに一種類ずつ魚やクラゲが展示された小さな水槽が並ぶエリアが広がる。
私は海が好きだ。
多種多様な生き物が同じ場所でそれぞれ自由に生きている。それだけで十分奇跡的で美しい。
しばらく歩いていくと一際大きな水槽に目が奪われた。
「おお、すごいなあ……」
彼はため息をつくように言う。
それは近海に生息する生き物を集めて疑似的に再現したという巨大水槽だった。
視界すべてが大量の水と煌めく魚で覆われ、まるで海の中を覗き見ているようだ。
「きれいだね」
するすると滑るように泳ぐ魚たち。それを見ていると、なんだか少し羨ましくなる。
こんな風に自分の世界を自分の好きなように泳げたら、気持ちいいだろうなって。
「あ、エビだ」
私はその水槽の中に大きな伊勢海老を見つけて呟いた。
水底にいながらも堂々とした存在感を放っている。
「ほんとだ。美味しそうだね」
「亮はすぐ食べようとする」
「だって、それってすごいことじゃない?」
「なにが?」
「エビを見て美味しそうと思えることだよ」
「どういうことよ」
ほら見てよ、と彼は巨大水槽の底を歩く伊勢海老を指差した。
赤褐色のごつごつとした甲殻に覆われて、糸のような髭を揺らしながら細く長い脚を何本も器用に動かしている。
「あんな奇妙な生き物、普通食べようと思わないでしょ」
「まあ確かに。私には無理だ」
「でしょ。それでもどこかの変な人が殻割って食べたんだよ。おかげで僕たちは、エビは食べられるんだって知った」
亮は水槽を見ながら「すごいよね、ほんと」と笑った。
「普通と違う人を、僕はすごいと思うよ」
彼の言葉を聞いて、自然と笑みが零れる。
「……そうだね」
私はエビを初めて食べた人のことなんて全然知らないけれど、なんだか自分のことのように嬉しかった。
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