第3話

 好きなものを噛みたくなる。

 それを人にしてはいけないのだと思い知ったのは高校二年生の春だ。

 私に初めての彼氏ができた。

「好きです。付き合ってください」

 普段から仲良くしていたクラスメイトからベタな告白を受けて、驚きと面映ゆさを感じつつ私は「はい」と返事をした。


***


 それから何度かの放課後デートを繰り返し、初めての休日デート。

 その日、私たちは遊園地に行った。

 メリーゴーランドやお化け屋敷、ジェットコースターなど色んなアトラクションを楽しんだ。順番待ちの間も彼との雑談が楽しくて、時間なんてすぐに過ぎていった。

「最後、あれに乗ろうよ」

 もうすぐ日が暮れる。彼が指差したのは、この遊園地の目玉である大観覧車だ。

「……うん。いいよ」

 かすかな期待と緊張を滲ませて、私は彼と観覧車へと向かった。

「綺麗だね」

 もうすぐ頂上へと到達するゴンドラの中。昼から夜、橙から濃紺へと向かうグラデーションを見ながら彼は言った。

 私も外を見る。

「ほんとうに」

 綺麗、と言おうとした口は塞がれる。


 彼の唇で、塞がれていた。


 ファーストキスだった。初めての、好きな人とのキス。

 甘酸っぱい、なんてもんじゃない。

 甘すぎて、幸せすぎて、とろけそうだった。

 そして私は彼のことが大好きになって。

 頭の中がその気持ちでいっぱいになって。

 つい、彼の唇を噛んでしまった。


「痛って!!」


 彼は大きな声を出して跳ねるように離れた。

 少し強く噛みすぎてしまったのかもしれない。

 彼の唇の端から少し血が出ていた。それに気付いた彼は、左手で唇を拭う。

 そして彼は自分の手に付着した赤い血を見た。

 ――その時の、彼の表情が忘れられない。


***


 デートから帰った夜、私はメールで別れを告げられた。

『自分の気持ちが分からなくなった。ごめん。今までありがとう』

 別れの言葉もベタだな、と笑いたくなったが、結局笑えなかった。

 電源を切ったスマホをベッドに放って、目を閉じる。

 その日、私は愛情表現というものは、お互いがその認識を共有して初めて伝わるものだと知った。

 そして同時に、私の愛情は理解されることがないのだとも悟った。


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