第2話
私には昔から、好きなものを噛みたくなる欲求があった。
初めてそれを自覚したのは4歳のときだ。そして、それが人とは違うことだと知ったのも同じ頃。
「こら、やめなさい!」
お母さんは私のお気に入りの着せ替え人形を、私の口から引っ張り出しながら怒った。
「だめよ。加奈は何でもすぐ食べちゃうんだから」
お母さんは何を言ってるんだろう。
こんなの食べるわけないのに。
「たべてないよ」
「じゃあ何してるの?」
「かんでるの」
「ええ……?」
お母さんは困惑の表情を浮かべる。
何故そんなに戸惑っているのか、私にはよくわからなかった。
「……まったくもう、なんで噛むのよ?」
なんで?
何を訊かれているのか、やっぱりよくわからない。
好きだから、噛んでるだけなのに。
「だってすきだもん」
「だからなんで好きなら噛むのよ。変な子ね」
その言葉に私は少しショックを受けた。
私って、変な子なの?
「……へんじゃないもん」
悲しみの感情が内側からじわりと滲むように溢れて、ぼろぼろと涙が零れた。
「ああっ、ごめんね。お母さん言い過ぎた」
慌てたようにお母さんは何度も「ごめんねごめんね」と言いながら私の頭を撫でる。
その手の温もりに痛みは少し和らいだけれど、一度流れ出した涙は簡単には止められない。時間をかけて少しずつ少しずつ、私は涙を収めていく。
「ごめんね」
涙の最後の一滴を止め、流れた跡だけが頬に残る私に。お母さんはもう一度謝った。
そしていつものように。
泣き止んだ私に優しく言ってくれる。
「お母さんは加奈のことが好きよ」
そう言いながらお母さんは私の頬にキスをした。それだけで私の機嫌は直ってしまうのだから不思議だ。
しかし嬉しい気持ちもあれど、心の隅に小さなわだかまりも残る。
……どうして。
じゃあどうしてお母さんは好きな人にキスをするんだろう。
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