第9話 フルド・キャンセム
「ふへぇー、やっと見えてきた」
前の町をでてもう4日になる。自分の体臭が臭い、まあ、臭いと思うだけましなことで、もっと臭くなると、自分じゃわからなくなる。これは以前のこと、一ヶ月風呂にも入らずひたすら旅してわかったことだ。
今回の旅も、川に出くわすこともなかったせいで、身体を洗うことができなかった。
町についたらとりあえず洗濯と、水浴びをしたい。
もう少しで森が開ける。
この森を抜ければ先程山の中から見えていた街、水の都パルミアへと到着する。
街の城壁が見え出していた時、道の端っこに、旅人らしきものが座っているのを見つけた。
警戒した。フード付きマントを羽織り、顔はほとんど見えない。座っていてもその大柄な体躯はすぐにわかった。第1印象は盗賊だ。
横切るのをためらっていると。ゆっくりと立ち上がりこちらに歩み寄って来る。
足は遅い方ではないが、なんとなんく追いつかれると感じ、とっさに腰の剣を持つと、予想盗賊は、まだ離れた位置から焦った声を発した。
「あ、すみません、違うんです!頼み事があって」
「は?」
「その、、、この手紙を街のポストギルドまで届けて欲しいんです。」
は?自分でいけよと心の中で返答した。
「まずフード外せ」
「・・・・は、はい、でも逃げないでください。本当に危害は加えませんから」
そう言ってフードをとった奴の姿を見て手紙を届けて欲しい理由は理解できたが、逆に他の疑問がふえた。
フードから見えてきたのは赤い皮膚とごつい顎から出る牙、すぐにその顔を見てオークだとわかった。
警戒心を強める。オークは言葉を続けた。
「金貨2枚を渡します!!それで控え証を持ってきてくれればまた金貨2枚渡します!」
そう言ってオークは手紙と金貨2枚を地面に置くと、ゆっくりと後ろに歩き、俺との距離を開けていった。
俺はしばらく考えた。
そりゃ、オークは街に入れない。でも手紙を誰かに送りたい。金まで持っているし。着ている服やマントもそれなりも物だ。色々と疑問を解決しようと質問した。
「その手紙ってお前が書いたもんか?」
「・・・はい、そうです」
警戒しながら、手紙に近寄り金貨と一緒に手に取る。
なかなかの達筆な字に驚く。俺より確実に上手い。
「本当にお前が?」
「は、はい」
オークが文字を書くとは信じられない。チラリと手紙を見る。
宛はゲラルドワーカーズ・・・・・場所は勇都か、、
宛先と勇王の国の名前がそこに書いあった。手紙の書き方としては、お手本のように綺麗に書かれている。
名前はオタル・ハッシュドアと書いてある。
オークに家名があるとはまたもや驚きだ。
次に金貨に目をやる。
手紙の配達は一通銅貨8枚ほど、金貨なら一枚出してもお釣りがくる。ちなみに9割ほどがお釣りになる。
「えーと、そうだな、金貨一枚で足りると思うけどな」
「え、あ、あのー、それはなんというか、手付金と言うか、その、」
「あーまあ、そうか、こんな怪しい手紙を届けるなんて、そのくらいの報酬がないとしねぇか」
個人の商人なら1ヶ月で稼げるかわからないような額を手紙を届けるだけで貰えるならそりゃ誰だってしそうだ。
だが俺は違う。面倒ごとは嫌いだし、これが危ない手紙なら届けたふりをして、逃げる。
が、 普通の手紙ならばやらない手はない。
中身を見てもいいが、、
「中身見てもいいか?」
「え、は、はい、」
思ったのと違い、すぐに承諾した。
俺が見てもわからないような暗号がある手紙なのか、それとも普通の手紙なのかはわからないが、なんとなく、そう、なんとなく中を見るのは悪い気がしてやめる。
「、、、わかった、届けてやるよ」
「ほんとですか!?」
オーク顔がぱっと明るくなる。オークの笑顔はそれはそれで怖かったが、少しだけ、自分の警戒心が緩んだ気がした。
関所を問題なく通過して俺はオタルの手紙をもって街に入った。
国の境目にある商業都市、水の都パルミア、誰もが知っているような有名な街だ。
とりあえず先に宿の取りそこの井戸を借りた。身体洗い。洗濯させてもらう。垢も汚れも相当なもんだ。井戸を使うだけで銅貨5枚も取るとは、ぼったくりめ。
とりあえず、荷物を宿に起き、洗濯物が乾く間に、予備の服を着て、剣と財布、通行証、手帳だけをバックから取り出す。バックは重いので部屋に置いておこう。部屋に鍵がついているのはありがたい。
宿を出て色とりどりの露店や商店が並ぶ街道を歩く。さすがは水の都、透き通った水路が通る街並みはなそれは綺麗なものだ。
賑わいのある街道を歩き、目的地のポストギルドをめざす。
レンガのトンネルが目の前に現れる。
(上が水路になってんのか。)
トンネルの上からは水の流れる音が聞こえ、度々水飛沫がみえる。なかなか観れる光景ではない。トンネルというより水路の橋の下と言うほうが正しいかもしれない。
水路の橋を抜けると木とレンガ造りの一際大きい建物が見えた。
ここが、この街のポストギルドだ。
中に入る。広いホールに受付用のカウンターがずらりと並んでいる。さすが主要都市のポストギルド受付の数も半端無い。
丁度受け付けが空いたカウンターの前に立つ。
「いらっしゃいませ、ポストギルド、パルミア支店です。」
かわいい
茶髪で可愛らしい受付嬢が挨拶をする。さすがは見た目重視の花形職業だ。
「手紙の配達で」
クールを装いながら、手紙を差し出す。
「かしこまりました。ではこちらにご記入よろしくお願いいたします。」
スマイルで受付嬢は書類を出す。
ペンを取りそれを書く、うん、やはりあのオークの手紙みたいに上手くかけない。
決して汚くはないとおもうが・・・・
書き終えた書類を受付嬢にわたす。
受付嬢は不備がないか手紙を確認し始めるとハッとした顔になる。
「しょ、少々お待ちくださいませ」
彼女はそういって席を立つと手紙を持ったまま、奥の男に話しかけ始めた。おそらく上司だろう。
その話し声は周りの賑やかさのせいで聞こえないが。受付嬢の話を聞いた上司は、部下であろう若手の男に指示を出しているようだった。
少しの不安が浮かぶ。もしかして本当にやばい手紙だったのが。
逃げる覚悟を決める。
焦り足で受付嬢が戻ってきた。
「オタル・ハッシュドア様で間違いないでしょうか?」
「え、あーまあ、その使いって感じですけど」
「申し訳ありません、もう少々お待ちください!」
そう言って、再び上司の元へと早足で戻っていく。
すると次は、上司と共にこちらに戻ってきた。
遠目でもそう思っていたが、なかなかのイケメン。整った口髭のさわやかダンディな紳士が綺麗なお辞儀をする。
なんてモテそうな爽やかなおじさんだろうか。
「いつもご愛顧ありがとうございます。私、受付管理のバッセム・レターソンと申します。実はオタル・ハッシュドア様宛に12通のお手紙をお預かりしております」
「は、はあ」
「お渡ししたいのですが、1年以上他のポストギルドに来られていないようで、こちらから探すことも出来ず・・・」
そりゃオークがここに受け取りに来たら大騒ぎだろう。
「あー、そのですね、ちょっと本人は、事情があって来れないみたいで」
「左様ですか、、では、お客様の身分を確認できるものはございますか?」
「あー通行証なら」
そう言って通行証を差し出した。
「フルド・キャンセム様ですね。少々お待ちください。」
ーーーーーーーーー
日が高くなる頃、俺はオタルとあった場所まで戻っていた。随分と本人確認やら証明書やら時間がかかった。まあ無事にすんでよかった。
すぐに森の陰からオタルが現れる。
「本当にいってくれたんですか?」
「ああ、ほら、控え」
オタルはそれを受け取ると信じられない表情で、控え証を確認する。
「騙しじゃねーぞ、あとこれ」
皮製の小さなバックから手紙の束を取り出して、オタルに渡す。ちなみにこのバックはポストギルドの紳士が、沢山の手紙を入れるためにご愛顧としてサービスでくれたものだ。頑丈そうで軽い。しかも耐水性らしい。
イケメンは嫌いだが、あれはいい紳士だった。
「え?」
オタルはきょとんと手紙の束をみる。
「お前宛だよ」
ーーーーーーー
「う、う・・・うう」
泣いている。オークが手紙を読んで泣いていた。
なんかこえぇ
「おい、大丈夫か?」
「あ、すみません大丈夫です。」
そう言ってグジュリと鼻をすする。
"旅人送り"
主に旅をしている者に手紙を届けるためのやり方の一つだ。
国中にあるポストギルドに手紙を送り保管してもらう。ポストギルドは該当の名前の主が現れたら渡すという仕組みだ。
ただこれにはかなりの金がいる。保管料と共に各所に送るため、何十通の手紙を送らなければならない。大概この方法を取るのは金持ちしかいない。
オーク宛にこの方法を取った手紙の主、ゲラルドワーカズってのはそこそこ金のあるところなのか・・・・
一枚の手紙を読み上げたオタルは次の手紙を開ける。
この手紙の量、多分こいつに届くまで定期的に送っていたのだろう。どれだけの金がかかったか。それだけこいつは大切に思われてるらしい。
仲間?それとも友から送られた手紙を涙で濡らしながら読むコイツを見ていたらなんとなく理解出来るような気がした。
これは夜になるかもなと、俺はオタルが読み終えるまでの間、焚き火の薪を集めながら見守った。
ーーーーーー
「ありがとうございました。本当に、、これ、残りの分です」
目を腫らしたオタルは、金貨を2枚出しながらそう言った。手紙の量は相当あったようだ、なにせ一通だけでもかなりの分厚さがあった。やっと半分読み終わった時にはもう太陽が山の陰に半分沈んでいた。
「そ、そのもう一つ頼みたいんですけど、、、」
なんとなく察しがついた。
「返事を送りたいのか?」
「あっはい!」
「いいよ、別にそんくらいその金もいらん、余分な分も返すよ。」
銀貨3枚だけを残して、オタルに返す。
銀貨3枚でも日当としてはかなりの額だ。
「で、でも、」
「いらん、また次があるだろ、取っとけよ、俺は充分貰った」
「あ、ありがとうございます!!」
嬉しそうに礼を言うオークに俺は警戒心などすっかり忘れていたことに気づいた。
まあいいだろう、こいつには多分害はない。そう思った。
「じゃあ、今書きま・・・・いや、それより食事ににしませんか?ちょうど、お肉が取れてたのでスープと肉料理にしようかと思って」
「え、あ、ああ、そうだな」
オタルは嬉しそうにバックから包丁や調理器具を取り出す。驚いたことに保存用ボックスまで出てきた。肉などを保存できる箱、普通は手に入らないレア物だ。しかも小型。やっぱりこいつは只者じゃない。
だが、オークの手料理か・・・・不安だ。オークの料理とか食えるんか?と、目玉の浮いたグロテスクなスープが頭に浮かんだ。
一気に危機感が襲ってくる。
いや待てよ・・・・意外とフラグかこれ?
まあそのフラグは的中した。
スープは骨から出汁を取り、さらに干したキノコを水を吸わせてから、小さく切り刻み鍋に投入した。
「出汁取ってんのか」
「あ、はい、こうすると少ない塩で、味が出るんです」
確信した。これは美味い。
「料理するんですか?」
「ああ、たまにな」
会話しながら俺は鳥の脚を焦げないように回しながら焼く。表面に塗った薬味がいい匂いを漂わせる。これも絶対美味い。
「すげーな、これ。胡椒みたいなもんか。よく見つけたな」
「はい、色々試してら、これが結構美味しくて、でもよかった、最初は毒とか言われるかと」
「胡椒自体は最近は街で使われてるらしいな、高いからいい店でしか使わねらしいぞ」
「へえーそうなんですね。高価なんだこれ」
料理をしながら色々と話した。
お互いの自己紹介や、例えばオークとは似つかわしい引き締まった身体のこと、日頃から鍛錬をしているようだ。しかも武術まで覚えているそうだ。鬼に金棒とはこのことだ。
いや、こっちの世界で改めていうならオークに武術か。
奴隷区、今はダンジョンと呼ばれる場所で住み、ゴブリンの爺ちゃんに育てられていたこと。旅をすることになったきっかけ、歴史が好きなことなどなど、
そしてオタルは見てもわかるが料理が大好きみたいだ。祖父が言っていたらしい。
料理は人の心を豊かにすると。その言葉がきっかけで料理を研究するようになり、独学で、肉の臭みを取るためだったり。毒を消すためだったり、オタルは先人の料理人達がしていたことを、たった一人で短期間で成し遂げていたようだ。
料理は予想を超えて美味かった。スープなんて、そこらの店のスープよりも、格段に上のレベルだった。
鳥の脚もスパイシーで食が進む。すぐに骨だけになった。絶品の料理に忘れかけていた前の世界がなぜかふと浮かび、懐かしい気分が溢れ出した。
ーーーーーーーー
全て平らげた俺とオタルはしばらく腹を落ちつかせた。空を見上げれば、太陽はすかっりと沈み月が上がっていた。
「ーーーーーあ」
眠気に襲われた時あることを、思い出した。
「どうしたんですか?」
「宿借りてたの忘れてた一旦戻るわ」
「は、はい」
オタルの顔が寂しそうに変わる
「大丈夫ちゃんと戻るって、荷物心配だしな」
「は、はい、気をつけて」
ーーーーーーーー
夜だったせいか関所は昼間より通過するのに時間がかかった。
宿に戻る。宿の主人はカウンターで寝ている。起こさないように自分の借りた部屋へと向かう。廊下にかけてあるランプを取り。部屋の鍵を開け中へとはいる。
「・・・・あれ?」
おかしい、荷物がない。部屋を間違えたか?
一旦部屋を出て確認する。確かにこの部屋だ。
「嘘だろオイ」
部屋を出て井戸に向かう。干してあった服の姿ももちろんない、穴の空いた下着だけが残っていた。
「おっちゃん!起きて!!起きろ!!」
カウンターで寝ている店主に急いで問いかける。
「ん、んあ、なんだよ、」
「俺の荷物は!?知らない?」
「知らねーよ、騒ぐなら憲兵呼ぶぞ」
盗まれた。久しぶりの治安の良い街で安心していた。くそぉ!!!あの中には色々と入っている。
そんな俺を見て店主は一枚の紙を差し出した。
部屋を借りるときに書いた誓約書だ。
そこの項目の一つを店主は指差した。
ーーーーこの宿での盗難、紛失等は一切責任を持ちません。自己責任でーーーーー
それを見た俺は頭を抱えた。
「朝にはでてってもらうからな」
「わかってるよ!」
明日の朝を過ぎれば追加料金を取られる。不幸中の幸いか、剣や金、通行証と大事な手帳だけでも手元に置いといてよかった。
悔しさと悲しみを胸に、その日は寂しく宿で寝た
ーーーー
「あれ?荷物はどうしたんですか?」
翌日、トボトボと戻ってきた俺にオタルはそう聞いた。
「ああ、ちょっとな」
力なく焚き火の前に座る。
「なあ、オタル、提案があるんだが」
「は、はい」
「一緒に旅をしねーか?」
しばらく考えていたことだ。実は荷物を盗まれる前から考えていた。
不安もたしかにあるが、荷物が盗まれたおかげで、踏ん切りがついた。
「え、え?すみません、もう一度」
オタルは信じられないように聞き返えす。
「一緒に旅をしようや、お互い得するだろ?」
「え、あの」
狼狽えてるようだ。
「俺が一緒にいれば手紙も出せるし、必要なもんも街で手に入る?そして、俺に関しては強くねえからさ、用心棒ができるし、なにより美味い飯が食える。」
「で、でも、あの」
「ダメならいいんだぞ?」
「いえ、そんなことは!」
「じゃあ決まりだな、なーに、嫌になったら解散すればいいだけだろ?」
少し強引に決めた。オタルは推しに弱いらしい。もし普通のヒュムだったら色んなところでカモされていただろうなと容易に想像できた。
未だ狼狽えている。オタルを気にせずに言葉を続ける。
「じゃあよろしくなオタル」
「は、はい、よろしく、、お願いーーーー
オタルの言葉の途中で俺は「あ、」と遮る。
「敬語は無しな、呼び捨てでいいよ」
「で、でも、」
「そっちの方が俺が楽だ」
俺がそう言うとオタルは少し考えて「わかった」と頷く
「えーと、じゃあ、、、よろしく、フルドさん」
さんもいらないけど、まあいいや、なれてからで
「おう、でよ、、ちょっとお願いがあるんだけんどもよー」
「え、はい、僕にできることでした、、、ことなら」
「金貸して下さい」
こうして、生まれて初めて俺は魔物に土下座したのであった。
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