第7話 オークの群れ
欠けた月を背に一頭のオークが、先程仕留めた鹿型の魔物をズルズルと引きずりながら山を登っていた。
よだれを垂らし、贅肉の溜まった腹を揺らしながら荒れた山肌を進む。
汚い鼻息を鳴らしながら、進んでいるとあることに気づく。
"メスの匂い"
すぐに風上の方に目をやる。そこには大きな岩。目を凝らすとその影からその匂いの主が現れた。
黒髪の女。それがどの種族かなんてことはこのオークには関係のないことだ。女であればなんでもいい
オークは獲物から手を離し、下卑で醜悪な笑みをしながらそのメス目掛けて走り出す。
一方、その女、フレイヤは顔色一つ変えずに向かってくるオークをただ見ているだけだった。
フレイヤとオークの距離が縮まる。その時後ろで小さな爆発音が聞こえた。
少し不自然な音にオークはフレイヤから目を離し、速度を緩める。そして音のした方角に視線を向けようと首を回した瞬間、視界が赤く染まる。
オークは絶命した。
ーーーー
フレイヤは見ていた。
オークがこちらに走り出すと、後ろの岩陰からオタルが現れ、助走もつけずに跳躍、そしてオークが振り向くよりも早く、その拳で頭部を殴りつけた。
拳の威力でオークの身体は回転し、頭は地面に打ち付けられ、上へと飛んだ下半身が遅れて地面に落ちた。
拳が頭蓋の割る音を聞いたフレイヤは即座にオークが絶命したことを理解する。
素直に感心した。助走なしで数十メートルは離れた距離を一瞬で縮めた機動力と
武器も使わずにオークの頭蓋を果物のように砕いたその拳に。
死体となったオークを観察するオタルにフレイヤは歩み寄る。いっそ警戒心を増して
「良かったの?やっちゃって?、場所ぐらい知れたんじゃない?」
「大丈夫です。だいたいの目星はついてるんで、多分ですけど、知能も低いし、言葉もわからないだろうし、無駄に暴れられた方が厄介ですので
「....そ、でどうすんの?、多分私一人で余裕なんだけど」
「いえ、僕がいきます。フレイヤさんはできれば女性の人たちを助けてくれれば、、、多分ですけど、こいつらなボスは女性を人質にする程度の知能は持ってるかも、同じオークの僕の方が色々と都合がいいと思います。、、、それに、、」
「それに?」
言葉が途切れたオタルにフレイヤは言葉を促す。
「怖がられると思うので、目に逃げられて怪我した人もいて、、、」
なるほどね、とフレイヤは納得の表情で肩を揺らした。そうだ警戒はしながらも自然に話しているこいつは魔物なのだ。と改めてフレイヤはオタルの存在を再認識した。
「にしても詳しいのね」
「・・・まあ、自分の種族ですから」
オタルはそう言うと先程殺したオークが置いていった。鹿型の獲物を担ぐ。
「仲間に扮して近づくつもり?」
「はい、血の匂いでごまかしてくれますし、近づくけばバレますけど、その前に殺ります」
「あっそ、じゃあ私は後ろから見張らせてもらうわ、言っとくけど、まだ信用はしてないからね」
「はい・・・わかってます」
ーーーーーーーーーー
あれから何日たっただろうか。
オークに襲われて、私達は捕まりここまで連れてこられた。あの子は無事だろうか、倒れた馬車の下敷きになっていた。旦那や他の男達は確実に生きてはいないだろう。安否のわからないあの子だけでも生きていて欲しい。
私も娘も姉妹や、一緒にいた村の女性たちも皆犯され連れてこられて、体力はとうに限界が来ていた。
ここ数日、食べたのは野草と臭い肉、皆、すぐに腹を下した。
ただ、獣のようなオークと違いのボスには少なからず知性があったようだ。
小さい娘達はまだ子を宿せないと知ってか知らずか犯されずにすんだし、それなりに肉には火を通して食べられた。オークにも頭の良し悪しがあるようだ。
今、下っ端のオークが肉を取りに行っている。臭くても、火を通せば少しは食べられるだろうか。少しでも娘や体力が戻ってほしい。
娘はぐったりとに死んだように硬い岩に寝そべっている。
早く解放してやりたい。
柔らかなベッドに寝てやりたい。
温かいスープを飲ませてやりたい。
それができない自分が悔しくてたまらなかった。
ジャリっと離れたところで音がした。重い足音、下っ端のオークが帰って来たのか、他のオーク達も気づいているようだ。
重い身体を起こす。手首に痛みが走る。縛られた手首の縄には血が染み込み固まっている。それが割れたようだ。新しい血が滲み始めた。
他の皆は身体を起こす元気もないようだ。死んだように横になって休んでいる。
遅れて音の方を見る。予想通りオークが獲物を担いでこちらに運んで来ている。
かすかにわかるオークのシルエットに違和感を感じた。
なんとなくだ。この何日かでこの群のオーク達は大体把握していた。
だからこそ違和感があった。あんなに痩せたオークがいただろうか、、、
他のオーク達の下っ端が帰ってきたことに何体かは気づいていた。
近くにいたオークが、ニク、ニク!と言いいながら、痩せたオークに近づいていく。知能が低いオークだ。腹がすいて早く獲物に目が行っているのか痩せている違和感に気づいていないようだ。
痩せたオークに贅肉の溜まったオークが近づく。二頭の距離が無くなった時、バコッという衝撃音が空に響いた。
何の音だろうか。その音に娘達の身体がビクリとなって、上体を上げその音の方角に目を向ける。
太った方のオークが力を失ったように膝をつき、そのまま地面に倒れた。
私は何が起こったのか理解できなかった。他の女たちも同じだろう。
が、オークの数頭は理解できたのであろう。雄叫びを上げ、棍棒、剣、ハンマー、など各々の武器を手に取り出した。
「ころぜぇええ!!!!!」
そう叫んだのは
斧を持ち、人から奪ったであろう防具を不細工に装着しているオーク、この群のボスだ。
その指示に殆どのオークが、痩せたオークめがけ突進していく。
仲間割れ。
最初はそう思った。私は怯えて震える娘を思いっきり抱きしめた。何があろうともこの子だけは守らなければ。他の女性達も、子を抱きしめ、皆で身を寄せ合い、怯えながらこの仲間割れを凝視した。
バゴッ!!!ドコッ!!!と聞いたことも無いような音が聞こえる。痩せたオークがやられたのか、それとも他のオークがやられたのか。
その答えはすぐにわかった。痩せたオークに襲いかかった群から一体の死体が飛んで来て、私たちの近くの地面にぐしゃりと叩きつけられ転がる。
その死体を見てゾッとし、すぐに娘の目を覆った。だがそれは遅く、娘はもう目視し、恐怖を感じ大声で叫び出した。
「キャアアアアアアアアアアアア!!!!!」
それに呼応して、他の子供達も泣き叫ぶ。
本能的に私は子供の口を押さえ、ほんの少しだけ小さくなった叫び声が私の手を震わせた。
叫んだのも無理はない。オークの顔がひしゃげて脳が飛び出していた。私もそれをみて、声を殺すので必死だった。吐き気に似た恐怖がこみ上げた。
その間も、衝撃音が夜空に響く。
音が響く旅に皆肩をビクリと震わせる。
その衝撃音の中、別の足音がが近づくのがわかった。重い、オークの足音。
一頭のオーク。この群れのボスの巨体が被さるように私たちの目の前にいた。
そのオークが掴みかかろうと手を出す。私はとっさに娘に被さり守ろうとした。目を強く瞑った。
この子だけは、、、、、
シュルリと言う布がすれるような音が聞こえ、ガンという衝撃音が聞こえた。
・・・・数秒たった。だがオークの手は私に届くことはなかった
目を開ける、そして、オークに視界を戻す。
いつのまにか沢山の黒い布の帯のようなものが私たちの周りを囲っていた。かすかに繊維が疎らに光っているように見えた。
不気味ではあるが美しいと思えた。布のすれる音の正体はこれだった。
オークがいた場所であろう場所にいたのは黒髪の女性だった。
オークは飛ばされて離れたところで倒れている。生きてはいるようで、すぐに頭を押さえながら起き上がろうとしていた。
「よかった。生きているみたいで」
雲が開け、月明かりが彼女を照らし始める。この暗さからでもわかるような美しい女性が私たちと飛ばされたオークとの間に凛と立っていた。
「皆生きてる?」
「は、、はい、、」
「もう大丈夫よ」
美しい女性は強く、優しい口調でそういった。しばらく意味がわからなかった。数秒して理解した時には涙が溢れていた。
その間に飛ばされたオークが完全に立ち上がる。唸り声を上げ怒りの形相で、こちらを睨みつける。
「待ってて、すぐ終わらせる」
彼女はそういうと、魔法陣が転開される。初めて見る白く光る転開陣に一瞬心奪われた。
私に抱かれた娘がキレイと言葉が漏れたのが聞こえた。
「クリフォードの奴かあぁ!!!」
オークが女性から目線を外し別の方向にそう叫んだ。皆がびくりと身体を震わせた。
オークが叫んだ相手は痩せたオークだった。
今思えばもう衝撃音はなくなり他のオークは死体となって横たわっていた。
そして月明かりと焚き火の光で痩せたオークの容姿が鮮明に見えてきてわかった。
痩せているのではなく筋肉で引き締まり、贅肉がないのだ。
拳からは殺したオーク達の血がポタッポタッと垂れ落ちていた。
そして逞しいオークはゆっくりとボスオークとの距離を縮める。
ボスオークは唸り声を上げている。私にはボスオークが怯えているように見えた。
「そのクリフォード、群れはどこ??」
怒りの混じった声、だがその声は他のオークに比べてとても優しい声に思えた。
「助けて!頼む!!」
オークのボスは怯え、震えながら跪き逞しいオークに許しを求めた。
「質問に答えて、クリフォードはどこ?」
「だのむ!!!助けでええ!!」
徐々に近づく逞しいオークにボスは質問を無視して、地面に頭をつけながら命乞いの言葉を汚い声で叫ぶ。
「頼む!だのむーーー!!」
逞しいオークとボスオークの距離がお互い手の届く位置に切った。
私の位置からは見えていた。土下座している。ボスオークの腹の下、ゆっくりと斧が動くのが見えた。油断したところに斬りかかるつもりだ。
「ガァ!!!!!」
知らせねば、直感的にそう思った。
「あぶない!!」
知らせようと声を出すのと一緒にボスオークが逞しいオークの足を狙い斧を振り抜いた。
がその刃先はオークの脚へと触れることはなかった。
上に飛んだオークはボスオークの頭を抑え、地面に叩きつけた。
フゲェというひねり声とともにボスオークの頭が地面に埋まる。
「やっぱり、前のオークも同じことをしたよ。
クリフォードはそういうことを教えているの?」
「わがっだ!!言う!!言う!!!だからだ助けでぐれ!!!」
頭を掴まれ顔を上げたオークは観念したよう喋り出した。
「俺らのボズだ!!!散らばって好きにしろって言われたんだ!!」
「好きなようにってどうして?」
「しらねぇ!!なんもじらねーんだ!!」
「どこにいるの?」
「しらねぇ、わがらない!!!」
「、、、そう」
オークはそう言うと静かに空いた右手を振り上げた。
「頼む、だ、だすけ」
ゴォオンと言う衝撃音が空に響いた。
ボスオークは助けてと言おうとしたのだろう。が、言い終えることなく音と共にボスオークの頭は果物のように潰れた。
ベチョっという音と共に拳が引き抜かれる。オークはゆっくりと立ち上がる。
「ちょっと、聞かなきゃいけないことがあるみたいね」
美女がそうオークに言った。オークは困ったように俯く。
「まあ、先にこの人たちか」
そう言って美女は私たちに振り向く。
私達を囲っていた黒い包帯がなくなっていく。
「もう大丈夫よ、安心して、あれは無害だから」
美女は満遍の笑みでそう言った。
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