第104話  戦争の前菜③

「チッ! やっぱり偽物か!」


 この怒りは、しばらくは消えそうにないな。

 さすがに人相手に怒りは湧かないが、魔物を見ると襲い掛かってしまいそうだ。

 まずは、精神を鎮めるべきか。

 そのあとで解放状態を習得すればいい。


 ――ゴォッ!!


 突如、こことは反対側――北門付近で特大の火柱が上がった。

 

「何が!?」


 よく見ると、何かが火とともに打ち上げられている。その影は――


「――魔物が打ち上げられている……つまり、術師は味方か……?」


 何はともあれ、急いで確認した方がいいだろうけど……遠い、めんどい。

 ここで待っていよう。どうせ味方だ。


 そう思い、門に背中を預け、座り込むと『通話トーク』が入った。

 相手は【魔導士】だ。


『なんの用?』

『ははは……機嫌が悪いようですね。今、北門に魔物がなにやら文字を書いていたのでね。書き終わるのを見計らって攻撃したのさ。ちょっと来てほしい』

『……わかった』


 過去一番、気が沈んでいる。

 涙が、悲しみがすべて怒りに変換されている。

 本音を言えば、今すぐにでも森に入って連合の魔物を殺し尽くしたい。






 【魔導士】の元――北門に着いた。

 そこには、オレと同じく、仮面を着けた男がいた。


「これです」


 そう言い、仮面の男――【魔導士】は北門の壁の下方を指した。

 そこには大きく、こう書かれていた。


「……我ら蹂躙を開始する」

「私が来たとき、魔物数体がここで怪しげな動きをしていたので、様子を見ていたら、これです」 

「この文字……」

「あまり口にしたくはないんですけど……血文字ですね」


 文字は真っ赤だった。

 どこから血を調達したのか……今はどうでもいい。


「魔物が文字を理解し、使っている……」

「どこで学んだのでしょうね……」

「どうでもいい。連合は解体する。それで解決だ」


 そんなオレを見て【魔導士】は、


「怒りに身を委ねないようにしなさいよ……? たしかに怒りは力を与えてくれますけど、思考を、理性を奪います。私たちのような、力を持つ者は怒りを――感情を制御、殺さないといけません」


 感情を殺す……か。

 

「オレのは、矛先が向いているから問題ない。理性は保つ」

「……だといいんですけどね」


 そう……連合を解体すればこの怒りも収まるはずだ。

 それに、仇討ちは果たしてある。


 つまり、この怒りはリーインだけでなく、ミル、ゴース、ノヨ、ロイズを殺された恨みの再燃でもある。

 

「さて、この付近に魔物はいないようです。今回の襲撃は、宣戦布告が目的のようですね……」

「いや、蹂躙・・と書かれている。やつらはそれほど我らをなめている。つまり、まだ切り札を持っている」

「なるほど……。たしかに、隊長との戦闘は君とエドガーさんのが最初で最後です」

「おまけに、あれは第十隊――暗殺部隊。直接戦闘の部隊ではなかった」

「でも、あの頃より格段に強くなっていますよ」

「だが、それすらも及ばない可能性だってある」


 向こうの実力がわからない以上、推測で行動するのは危険だ。


「それに、オリハルコン級冒険者である爺さんすら、興味ないと言って見逃した存在もいる」

「ハッタリだと嬉しいんですけどね……」


 ハッタリの可能性か……ないとは言えない。

 負傷状態の隊長人狼と2対がかりでも勝てないと見込んで、とか。


 可能性はかなり低いけどな。

 まず、爺さんが圧倒的強者と感じたこと。

 あの隊長人狼が救援信号を送った後に現れた存在であること。


 こんな存在が雑魚なはずがない。

 問題は、どこの地位にいるかだ。

 どこぞの隊の隊長なのか、隊長より下なのか……。


 どちらにせよ、存在自体が絶望的だと考えておく必要がある。

 さて、話を変えよう。


「さて、【魔導士】。これからどうするつもりだ?」

「さぁてね。せっかくエルフの国に来たことだし、この国をウロウロするのもいいかもしれない。ラ……君は?」

「オレは明日、リザードマンの国へ行く」

「そうか……もう少し休んでもいいのでは? 平静を装っているのかもしれないけど、憎悪と殺気が漏れてるし、口調も変わっちゃってるし……」


 殺気がオレの容量を超えてしまっているようだ。

 ただ、憎悪まで読み取るって……オレ自身、出しているつもりはないんだが……。

 殺気に混ざっているのか?


「そうか……なら、ゆっくりしていくとしよう」


 今は殺戮衝動が心の内にあるけど、これは消すべきだな。

 街中で過ごせば幾分かはマシになるだろう。


「うん、それがいい。じゃあ、私も今日はゆっくり休むとしよう。相棒を酷使してしまったからね」






 オレは都市に入り、宿で受付をしていた。

 フレイの労いも考え、高級な宿だ。


 朝にも関わらず、チェックインの受付ができるのは、連合の襲撃があったからだろう。


「いらっしゃいませ、宿泊ですか?」


 誰かが入ってきたようだ。


「はい」

「では、こちらの紙に必要事項を記入してください」


 なんで宿まで一緒なんだよ……。


 聞き覚えがあるな、と思ったら、声の主は【魔導士】だった。


「まさか……【放浪者】が2人もこの宿に泊まるだなて……」

「あの南門での戦いを鎮めたらしいわよ?」

「町の騎士たちが夜通し戦っていたのに!?」


 何やら裏方でひそひそと話声が聞こえる。

 気を紛らわすために聴覚強化を発動しているせいで筒抜けだ。


 あと、騎士だけじゃなくて冒険者も戦っていたからな!

 戦いを鎮めた件に関しては、【魔導士】は出遅れ。何もしていない。


「やあ、まさか同じ宿とはね」

「……どうも」


 受付を済ませ、部屋へ入る。

 フレイの世話は任せてあるし、オレはゆっくりするだけだ。


 聖火の指輪リングオブクリーンフレイムを発動し、汚れを落とす。


 コートを脱ぎ、ハンガーに掛ける。

 手袋も外し、仮面とともに机の上に置く。

 靴を脱ぎ、カーテンを閉め、ふかふかのベッドへダイブする。


 そろそろ人々の活動が始まる頃だ。騒がしくなるが、気が紛れていい。

 自分だけの世界に籠ったら、すぐにでも殺戮衝動が顔を覗かせるだろう。


 ――あれは守れなかった。


 リーインだって騎士だ。他に戦っている騎士や冒険者だっていた。

 死と隣り合わせなのは、リーインに限った話ではなかった。


 オレがリーインの側に『晶人形ゴーレム』を出しておけば守れたかもしれない。

 だが、『晶人形ゴーレム』は判断力が鈍い。

 攻撃を命令していれば、リーインは守れなかった。

 かといって防御を命令していても、あの魔物の数だ。守り漏らし、リーインが死んでいた可能性は十分にある。


 オレにはどうしようもないんだ。……どうしようも。


 ああ、まただ……。

 オレは仮にも【知】の器の所持者だ。

 知を司るオレが衝動に身を任せてどうする……。


 そのとき、ドアがコンコン、とノックされた。


「……はい」

 

 いざというときのために、即座に戦闘に入れるように起き上がっていたが、そんな心配は杞憂に終わった。


「【ま……アーグ、なぜここへ……?」


 そこには、仮面を外した【魔導士アーグ・リリス】がいた。


「うん、どうにもまだ立ち直れていないようだから、話し相手になってあげようと思ってね……どうですか?」


 オレにとっては嬉しい話だ。断る理由はない。


「……ん」


 オレはベッドに、アーグは椅子をこちらに向けて座った。

 そして、なにやら魔法を唱えた。

 オレはカーテンを軽く開けた。


「これだけは言っておこうと思いましてね。傷口を抉るかもしれないけど……。救えないものはどう足掻いても救えないよ」


 救えないものはある。覚悟は決めていた。それに、今も決まっている。


「今回は偶然、それが君の同級生だっただけで。たしかに、私たち力持つ者は他人を助けることができる。でも、自分ですら助けられないようなら、他人を助ける資格はないよ」


 ノブレス・オブリージュ。

 強き者には、弱き者を助ける義務がある的な考え方。

 この考えはこちらでは、近衛騎士や冒険者の存在意義を示す。


「問題ない……オレは自分を持っている。知り合いの死だって覚悟はしていた。この覚悟が弱かったはずがない」


 覚悟が弱かった、だなんて言わない。

 この、死の覚悟に強弱はない。


「そう! なんだ、わかっているじゃないですか!」

「それに、この先休んでいる暇はない。やつらが本格的な活動をする以上、オレも休んではいられない」

「今は休んでていいですよ。相棒のためにもね」


 とりあえず、明後日にでもへラリア王都に戻って、あの場所へ行こう。

 更なる強さが必要だ。


 この殺戮衝動は殺さない。

 これがオレの力を出してくれるのは変わらない事実だ。


 この衝動と折り合いをつけていく方法はいたってシンプルだ

 ――この力をオレの足元にひれ伏させればいいだけ。








 

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