第103話  戦争の前菜②

 仕留めた魔物4体の遺体を一か所にまとめ、部屋を出る。

 念の為、すべての階を見て回ったが、魔物はいなかった。


 立ち入り禁止の地下1階には、無事な組合員に事情を話し、案内してもらった。ついでに、魔物の処理も押し付けてきた。


 そしてオレは冒険者組合をあとにした。


「フレイ、大丈夫か? ここで休んでてもいいんだぞ?」


 フレイはさすがに眠いから休むらしい。


 受付嬢に話を通し、フレイを預かってもらった。

 寝るだけだから、場所を提供してもらっただけだし、金は取られないだろう。


 オレは1人で南門まで向かい、門の上に立って戦況を見渡した。


 攻撃を受けているのはこちらの門だけ。念のため、他の門にも必要最低限の戦力を配置している。

 指揮官が不在でも、これぐらいの判断はできているのか。


 すでに数人、死んでいる。

 戦場の様子はなんとなく掴めた。加勢するとしよう。


 覚醒し、門の上から飛び降りた。

 ちょうど、多数対1人の戦況に置かれているエルフの目の前に降りた。


 そして、そのまま腰に提げた刀で居合斬りを放ち、魔物5体を斬り伏せた。


「あ、ありがとう……ございます」


 ん? 聞き覚えのある声……。

 振り向くと、そこにいたのは冒険者学校時代の同期、リーイン・ケミスだった。

 

 よう、とか久しぶり、と言いたいところだが……魔法使えば即バレするか。

 いや、誰が聞いているともわからない戦場だ、ここは。言うべきではない。


 だが、振り返って少し見ていたため、取返しがつかない。

 ええい! こうしてやる!!


 オレは親指を立てた。何が「イイね」だ!

 さすがに恥ずかしかった。仮面があってよかったぜ……。

 何を思ったのか、リーインも「イイね」を返してきた。


「う……うわぁああ!」

「――『晶壁』」


 窮地に立ったエルフがいたため、『晶壁』で防いだ。


「その魔法……」


 やはりばれるか。

 最強決定祭でも水晶の魔法は……制限をかけていたか。


 唇に人差し指を当てる。

 静かに、のサインだ。

 リーインも悟ってくれたらしい。


「オレはあくまで【水晶使い】だ」

「うん、了解」


 とりあえず、他のピンチに陥っている騎士を助けに向かう。

 フレイがいてくれたらもう少し楽だったんだが、寝ずに飛んでくれたからな。

 オレも寝てないけどさ。


「――うっ!」


 近くで1人の騎士が止めを刺されそうになっていた。

 その間に入り込んで、魔物の攻撃を防ぐ。


 魔物はカマキリ。2つの大鎌の振り下ろし。

 棍に変え、水平に構えて攻撃を防ぐ。


「お前はもういい。下がって回復してろ!」

「は、はい!」


 鎌を受け止めていたら、周りを別のカマキリに囲まれた。

 だがその程度、障害にもならない。

 360度囲まれているなら、この魔法が最適だな。


「――『晶弾・乱』」


 全方向に『晶弾』を発射し、すべてのカマキリの息の根を止める。

 ハチの巣状態だ。つまり、即死。


「……にしても、数が多すぎる。雑兵の低級冒険者じゃ相手にならないレベルの魔物ばかりだな」


 時間がかかりすぎる。オレが参戦した状態でも、数人は死ぬだろう。

 なるべく死なせないようにはするが……まあ、割り切るしかない、か……。


 とりあえず、重傷を負った騎士をかばい、下がらせる。

 1人下がったら1人出てくる。が、ストックも残り少ない。






 かばって、殺して、かばって、殺して……。

 

「ふむ……だいぶ減ってきたが……。結界の術者はどこに……」


 援軍として【魔導士】が来てくれる予定だが……。いつ来るかわからない。


 あまり期待はできそうにないが……せめて雑兵は片付けておかないとな。

 術者は確実に隊長級。そいつが出てくる前に騎士たちは下げる必要もある。


「うぅあ゛!」


 ――!!

 内側から真っ赤な感情が溢れ出てくる。


 あの4人のときは、持ち物で誰か判明したが、それ以外は種族すらわからない状態だった。


 だが、目の前の光景は違う。


 オレの目の前で、オレが死なせないと決意したあとで、オレが覚悟をしたあとで――!!!


 リーインが――胸を貫かれた。

 操作範囲内だったら、『晶壁』で防げた。だが、あそこはオレから40メートルは離れている。


 かろうじて感情に支配されずに済んだ。

 ギリギリのラインで踏みとどまった。


 周りの騎士に助けは必要なさそうだ。

 それを判断し、リーインを食べようとする魔物たちに近づき、範囲内に入った瞬間、『晶弾』で攻撃し、ヘイトをこちらに向ける。

 その隙にリーインを『晶殻』で覆う。


 リーインの周辺の魔物を掃討し、『晶殻』を解除する。


「リーイン!」

「ラ……ライ……ごめん、ドジした……」

「もう喋るな」


 誰の目から見ても明らかだ。もう、助からない……。


「最期に顔が見れて……顔見せて」


 ああ、仮面着けているもんな。

 仮面を外し、顔を見せる。


「ああ……あの頃に……みんなに会いたかっ……た……」


 そう言うと、リーインは静かに息を引き取った。

 その瞬間、オレの意識は業火に覆われた。


 怒り、怒り、怒り、怒り、怒り…………!!






 次の瞬間――オレが正気を取り戻したとき、この場に魔物はいなかった。

 地面は抉れ、魔物はどれもぐちゃぐちゃの肉塊や、原型を保っていてもハチの巣状態。


 誰がやったのかは明らかだ。もちろん、オレだ。


 時間がどれほど過ぎたのかはわからないが、太陽は昇っている。

 完全に昇りきってはいない。まだ早朝の範囲内だ。


 つまり、オレが我を失ってからあまり時間はかかっていないのだろう。

 にしても、オレがここまで破壊した……? できるのか?

 魔狼フェンリルを殺したときのように、制限が壊れたのか?


 怒りによって枷が外れる? いや、魔狼フェンリルのときは感情は平常だった。

 となると……脳のリミッターか、神器の完全解放のどちらかによるもの。もしくは、その両方か……。


 ともかく、この力を引き出せるように修行しないとな……。

 そうだ、駿のところに行けばいいじゃないか! あいつは【最強】なんだし。

 前回、攻撃がほとんど通らなかったし。


 まず、炎の火力で水晶が溶かされる。

 あいつは【魔】の器で、オレの魔法に干渉して消してくるし。

 抵抗はできるようになったが、それでも成功する確率は3割ほど?


 辺りを見渡すが、騎士も魔物も遺体は放置のまま。

 なのに、騎士の姿はない。


 オレがどれだけ派手に暴れたかがわかるな。

 すぐそばにリーインの遺体がある。

 怒りが再燃しそうになったが、怒りをぶつける相手がいないせいか、すぐに鎮まった。

 こうして思考を働かせていないと、すぐにまた暴走しそうだ。


 それでも、この結界は消えていない。


 つまり、術者は別にいる。森の中だろうか……。

 ここを離れるわけにはいかない。この都市の戦力はかなり低下している。


 そう思っていると、森の奥から異形の蛇が姿を現した。


 腕は6本。上半身は人間に近いと言えば近い。下半身は蛇。全身を緑色の鱗が覆っている。

 連合第三隊隊長の……ナーラージャ。


「何をしに来た……?」

『なるほど……【水晶使い】がいたか』


 何やらぼそぼそと呟いていて、こちらに声は聞こえない。 

 覚醒はしていないが、聴力強化は発動させている。

 それでも聞こえないほど距離があったし、何よりこちらは風下だ。


「……お前は本体か?」

『ああ、私の人形を殺したな、お前は……だが、私は戦いに来たわけではない』

「じゃあ、何をしに来た?」


 怒りをぶつける相手を見つけたオレは、いつ爆発するかわからない。

 オレは無傷だ。魔力も半分も消えちゃいない。


 覚醒し、戦闘態勢を取る。


『何、全滅したようなので私が出てきたまで……』

「……戦うか?」

『いや、今のお主と戦う気はない。平常のお主と戦う気もないがな』

「無駄口を叩くな……! 死にたいのか!?」

『私はこれを言いに来ただけだ』


 異形蛇が真ん中の腕の手を叩くと、結界が消え去った。


「お前か……!」


 そんなオレを無視し、異形蛇は深呼吸をし、拡声魔法を発動した。


『我ら魔物連合はお前たちを蹂躙する!!』


 そう言うと、異形蛇はこちらへ背を向け、森へ帰ろうとした。


「――待てよ。逃がすはずがないだろう!」

『今更仲間が死んだ程度でそこま――』


 うるさいので、距離を詰め、ありったけの魔力で串刺しにした。

 冷静な部分でオレの状態を分析したが、若干、すべての能力が向上しているようだ。


 そして、異形蛇は予想通り、霧となって散った。


 









 

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