第14話 私の主(上) コルメリア視点
私はコルメリア・ヴィルヘルムと申します。カムライール様の専属侍女でございますわ。カムライール様より一つ上です。
今ではカムライール様の侍女として心よりお仕えしております私ですが、最初にご愛人となられたカムライール様に仕え始めた頃はそうではありませんでした。むしろ平民出身のカムライール様に侯爵家の令嬢である私が傅く事に非常な憤りを覚えたものです。
そもそも私は侯爵家の三女でした。ヴィルヘルム家は王国の侯爵家の中でも格式は上の方でしたが、兄も三人いる家族の末の三女ですからそれほど大事にはされず、放任に近い状態で育ちました。乳母に甘やかされ、何不自由無く、それほど厳しい教育もされなかったのです。
それでも私は、自分で言うのも何ですが、見目麗しく育ちましたから、長じるにつれて社交の場に連れ出される事が増えました。早く嫁に行けという事だったのでしょうか。貴族令嬢は金食い虫ですからね。
しかし私は恋愛よりむしろ、お茶会や園遊会。舞踏会などの催しの趣向を考える事に興味が湧き、母やその周囲の婦人に聞いて勉強し。我が家の催しでは色々意見を出したりしたものでした。
17歳になった頃、私は父に呼び出され「王太子殿下のお屋敷で侍女になるように」と命じられました。貴族の子女が自家より上位の家で行儀見習いをするために侍女や侍従をするのはよくある事でした。侯爵家の私なら上は公爵家か王家しかありません。
しかし父は言いました。
「王太子殿下は独身だ。特定の恋人もいらっしゃらない」
だから殿下のお側にお仕えしながら誘惑してこい、という訳です。うまくいけば王太子妃、つまり将来の王妃ですから悪く無い話ではあります。三女の私は家の予算的に多額の持参金が必要な格上、または対等な家への嫁入りは難しいということがこの頃には分かり始めていました。普通にいけば格下の伯爵か子爵の家に降嫁するものと思われます。格下に嫁いで不自由な生活を送るくらいなら、ダメ元で王太子妃に挑戦するのも悪く無いでしょう。
私は承諾し、王太子殿下のお屋敷の侍女になりました。
王太子殿下はそれはもう麗しい、物語の中の王子様もかくやという御容姿です。以前から夜会などでお目には掛かっていましたが近くで見ると格別です。眩しいくらいでした。しかしながら侍女に対する態度は冷淡です。その当時七人いた上級侍女は私と同じ様に家から送り込まれた上位貴族の子女で、見目麗しい令嬢ばかりでしたが、殿下は鼻の下を伸ばすどころか近付くことさえお好みにならず、無駄に触れようものなら叱責が飛ぶ有様です。
後から知りましたが、御幼少のみぎりより多くの女性に誘惑されまくり、唯一心を許していた幼馴染には関係を吹聴されて裏切られ、すっかり女性不審になってしまわれたそうです。そうとは知らない私は一生懸命殿下を誘惑しました。するとお仕えを初めて半月後、お部屋へのお召しがあったのです。私は大喜びでお召しに応じましたとも。
殿下は非常にお優しく、丁寧に初めての私をリードして下さいまして、私は無事に本懐を遂げました。これで私は殿下の恋人。王太子妃、未来の王妃です。私は終わった後も殿下に抱きつき、あわよくばもう一度シテ頂こうとおねだりしました。
すると殿下は先ほどまでのお優しさとは打って変わった冷たい態度で私を突き放すと「其方とはこれっきりだ」と仰り、お部屋を出て行くようにお命じになりました。私は呆然と致しましたよ。そんな私を放置して殿下は布団を被って後ろを向いてしまい、途方に暮れた私は手探りで服を着て部屋を出て行きました。
正直、何が起こったのかも分かりません。次の日、侍女長に説明を受けて分かったのですが、殿下は誘惑してくる女性とは一回だけ寝るのだそうです。そしてそれで関係は終わりだとして二度と相手をして下さらないのだとか。何ですかそれは。私はあまりの事に愕然とすると共に、これほどの屈辱を与えられたことは無いと憤慨致しました。聞けば殿下にお仕えしている上級侍女は既に全員がお手付きなのだそうです。道理でお仕えしている間、全員が能面の様な顔をしていると思いましたよ。上級貴族の令嬢は皆、プライドが高いです。屈辱を与えられた相手にさらに縋るなどプライドが許しません。殿下はそれを利用して付きまとってくる令嬢を遠ざけるためにこんな事をしているという訳です。
私は怒り狂い、すぐさまお屋敷を飛び出し実家に帰り、事の次第を訴えて、侍女を辞めると叫びました。しかし、お父様は怒っては下さったものの、侍女を辞める事は承知して下さいませんでした。なんでも、私を侍女に押し込むのに色々無理を通したのだそうで、直ぐに辞められるとお父様の面目が立たないのだという事でした。私はお手付きとなり屈辱を与えられた令嬢がそれでも上級侍女のままでいる理由を理解しました。
仕方なく私はお屋敷に戻り、そのまま殿下にお仕え致しました。麗しい憧れの殿下も今となっては汚らわしく憎たらしい害虫にしか見えません。誘惑などとんでもない。私は他の侍女と同じように無表情で機械的に殿下のお世話を致しました。殿下はその方がご機嫌がよろしい有様です。だめだコイツ。これじゃぁ、一生結婚出来ないわね。というか妻になるお方がかわいそうだわ。
そんな風に我慢して殿下にお仕えしていた頃、カムライール様が下級侍女としてお屋敷にやってきたのです。
カムライール様はこげ茶色の髪と瞳を持つ可愛らしい方で、非常に背が低くちょこまかと動き回ります。そのため、上級侍女の間では「なんか可愛い娘が来た」と話題になったものです。ただ、目もパッチリして顔立ちはお宜しく、身体付きはメリハリがあり、美人です。本人が卑下するほど地味では無いのですよ。お化粧次第によってはちゃんと大人っぽくもなりますし。
下級侍女ですから言葉を交わすことはありませんでしたが、働き者で可愛らしいので誰もが姿を見ると頬を緩ませるような感じで、厳しい侍女長すら可愛がっているようでした。その頃からカムライール様はお屋敷の愛されるマスコットだったのです。
ですからそのカムライール様が殿下のお召しにあったというのを聞いて私はずいぶんと驚きました。あの鬼畜王子、遂に下級侍女にまで手を出し始めたか!と憤りまもしました。お部屋に通されたカムライール様は緊張していましたが、平民と聞いていたのに所作は綺麗でした。殿下とお話をしている姿も特にビクビクしている所は無く、特に食事は良く食べました。肝は太いようです。
殿下の方がなんだかソワソワしているというか、これまでお部屋に招いた令嬢と対している時よりも緊張しているように見えました。後で知りましたが、殿下はカムライール様をお召しになったつもりは無かったそうで、侍女長が無理やり送り込んだというのが真相だそうです。結果的に見れば大正解だったと言えましょう。
そのままお二人は閨に入られ、私は不寝番でお部屋の前に座っていましたが、普通に一度だけなさる音がして直ぐに静かになりました。私のように追い出されはしなかったようです。そして珍しく直ぐに殿下の寝息が聞こえてきました。殿下は不眠が酷く、夜遅くまで眠れずに寝がえりを打つ音が聞こえてくるものなのですが。
翌朝、殿下を起こそうとお部屋を伺いますと、まだ寝息が聞こえます。珍しい事にドアを開ける音がしても起きません。カムライール様も寝ているようで、困った私達は出勤してきた侍女長に判断をゆだねました。侍女長は「起きるまで寝かせてあげましょう」といい、私達はお二人が起きるまで待つ事にしました。あ、不寝番だった私は寝ましたよ。だから殿下たちがお昼ごろに起きてきたのは後で聞きました。
殿下はそれから数日はなんだかご機嫌がよろしかったのは覚えています。ただ、それからしばらくは殿下とカムライール様は全く接触なさいませんでした。殿下は女性とは一度しか寝ませんし、私はカムライール様も私達と同じく「処女喰い王子被害者友の会」の一員になったのだと思っただけでした。
ところが数か月後、ある夕食の席で殿下が突然「カムライールをもう一度呼んでくれないか」と仰ったのです。
驚天動地です。あり得ません。数々の美しい高位貴族の令嬢をヤリ捨てて二度と抱かなかった女嫌いの鬼畜王子が、なんと特定の女性にまた会いたいと仰ったのです。しかも相手は平民の少女です。
殿下の弁明によると、最近不眠症が酷く、カムライール様と寝た時だけはよく眠れたので、彼女と寝たいとのことでした。女性を抱き枕扱いにしたいとは流石に鬼畜王子の言い草ですが、理由は関係ありません。高位貴族の私たちを差し置いて、平民のカムライール様をもう一度お召しになる、特別扱いするというのが問題なのです。
私を含め当番の侍女は怒りを込めて殿下を睨んでいます。その様子を見て侍女長はカムライール様を単にお召しに応じさせるのは危険だとお考えになったようです。殿下に「カムライールを愛人になさいませ」と仰いました。
貴族は愛人を抱えるのが当たり前です。我が家にもいました。我が家のように正妻に子供が多ければ愛人とその子供は殆ど表には出てきませんが、正妻に子がなければ愛人の子が家を継ぐ場合もあります。そんな感じですから愛人というのは日陰の身ではなく、公的な身分なのです。
ですが、侍女長は公的な愛人ではなく、私的な愛人にせよと仰いました。これも私の父にも複数いました。身分低い女性と関係を持った場合、公的な愛人にはせずに私的な、大ぴらにしない愛人として認めて処遇を保証するものです。この場合は一応は内緒ということになっています。
私的な愛人の場合、愛人への愛が冷めれば手切金を払って関係を解消することもありました。ただ、ご落胤騒動が起こると面倒ですので、関係が終わっても捨て扶持を払うなり、侍女などとして雇うなりして生涯身分保証することが多いです。
カムライール様を私的な愛人にするというのは妥当な線だと思いました。それでも私達は一度でヤリ捨てられて愛人にもなれないわけですから、その地位を得たカムライール様への嫉妬と怒りは大きかったのです。
まして私はご愛人様になられたカムライール様の専属侍女に任命されてしまいました。何ですかそれは。なんで侯爵家令嬢たる私が平民の少女に仕えなければならないのですか!
私は怒り狂いましたが命令には逆らえません。まだ侍女を辞めて良いとの許可は家から出ていません。私は渋々承知いたしました。
カムライール様には王太子妃が使うのが通例のお部屋が与えられました。この時点で私は疑問に思いました。このお部屋をカムライール様が使ってしまったら、王太子妃になられた方が困るのでは無いでしょうか?
それと、私的な愛人をお屋敷に住まわせて同居させるのはあまり聞いたことがありません。公的な愛人でしたらままあることですが。私的な愛人は別邸に部屋を与えるとか、部下の邸に隠すことが多いです。そうでないと内緒にできませんから。お屋敷に囲ったら私的な愛人に出来ないのではないでしょうか?
そんな疑問を覚えながらお部屋を整え、日用品の準備をして、カムライール様をお部屋にお迎えしたのでした。
カムライール様は詳しいことは何も聞かされていないらしく。お部屋に通されて目を丸くし、とりあえず揃えた既製服のドレスに目を丸くし、私が専属侍女になると聞かされて更に目を丸くしていました。
しきりに何かの間違いだと仰っていましたが、間違いなどではありません。私は屈辱に耐えながらカムライール様にドレスを着せてお茶を入れました。ドレスの着こなしは慣れているし、お茶を飲む所作もきれいです。聞けば実家は破産前まではそれなりに裕福な商家だったそうです。商人には貴族よりも裕福なものは大勢おります。カムライール様の実家もその類だったのでしょう。
お帰りになった殿下はカムライール様のお顔を見るなりホッと安心なされているのがよく分かりました。単に抱き枕にするだけでなく、カムライール様とお会いするのが楽しみだった事が如実に分かります。それを見て又私達は嫉妬心を深く致しましたとも。
正直に申し上げて、私はこの時、カムライール様のお世話をまともにする気はありませんでした。というか、積極的に放棄する気でいました。それを殿下に叱責されたなら、それを理由に侍女を辞めるつもりでさえいました。虐める気も満々で、どうやって困らせてやろうかと思っていましたよ。
ですが、私はお嬢様育ちで呑気に育っていましたから、虐めると言っても何をして良いかよく分かりません。とりあえず朝食の時間になっても食事をお持ちしない事にし、時間になってもお部屋の中に立ち知らんぷりしていました、
すると、カムライール様はプイッと立ち上がり、どこかに行ってしまいました。私が唖然としていると、すぐに侍女長に連れられて帰って来ました。侍女長が私を叱ります。何でもカムライール様は侍女用の食堂に行って食事を食べていたそうです。カムライール様は首を傾げています。
「食堂に行ってはいけないとなると、私はどこで食事をすれば良いのですか?」
と本気で仰っています。これはダメです。食事を用意しなくても勝手に食べに行ってしまうのですから嫌がらせになりません。私が怒られるだけです。
カムライール様は元下級侍女だけにお屋敷の中に詳しく、しかも何でも自分でやる癖がついています。侍女がいないと何も出来ない私とは基本的に違うのです。私がサボタージュしても別に何という事もなく、着替えから髪を溶かすのも化粧も入浴も何でも一人でこなしてしまいます。顔を洗う水が無くても自分で井戸まで行ってしまう有様です。
もちろんカムライール様が水瓶を抱えて歩いていれば私が侍女長に叱られます。カムライール様は全く困っていないのに私だけが怒られるのです。何とも馬鹿馬鹿しい事です。結局私はすぐに嫌がらせやサボタージュを止めました。
素直にお世話をして差し上げれば、カムライール様は非常に嬉しそうな笑顔でいちいち「ありがとう」と仰って下さいます。この「ありがとう」は効きました。なにせそれまでお仕えしていたのがあの殿下ですから。お世話をしていてお礼どころか声も掛けて頂いたことが無いわけです。それがカムライール様は膝掛けを掛けてあげた程度でもお礼をおっしゃるのです。
侍女は基本的には主人がお部屋にいる時は立ちっぱなしでお控えしています。カムライール様の侍女は当面私一人ですから、一日中立ち続けなのです。ところが、カムライール様はそれを悪がって、しきりに私に座るように仰います。お断りしても何度でも仰られ、結局私は押し切られて座らされました。私は自分の侍女に私のいる前で座らせた事などありません。それどころかご自分でお茶を入れて私に出して、話し相手になって欲しいなどと仰います。
仕方なくお話し相手をしていれば、すぐに情も通いますし、気安くなってもきます。ほんの数日で私はカムライール様と仲良くなり、仲良くなればお世話にも身が入ります。するとカムライール様は非常に幸せそうな笑顔で「私の侍女がコルメリアで良かったわ」などと仰るのです。家からは放任され、殿下には愛されず、心がかなりやさぐれていた私はカムライール様の感謝にそれはもう癒されました。
癒されたのは私だけではなく、しばらくはカムライール様に敵意を向けていた上級侍女たちも同様です。カムライール様は彼女達にも何度でも感謝の言葉を掛け、その身を案じて下さるのです。彼女達もすぐにカムライール様に感激して素直にお世話をするようになりました。
カムライール様はお屋敷を歩き回り、下級侍女や下働きにも感謝の言葉を掛け、待遇の改善(待遇を知っているので)を侍女長に掛けあうなどしていました。ですからお屋敷の者はすぐにカムライール様に感謝し、彼女を女主人と認めるようになりました。
ところが困った事に殿下はあまりカムライール様の所には来ませんでした。最初の内は週一回というところです。お屋敷に帰ってきてもカムライール様の所に来ないのです。カムライール様は「王太子様は間違って私を愛人になさったみたいね」などと仰っていました。そんな筈は無いのですが。
まぁ、その頃は私もあの鬼畜王子の事だからすぐに飽きたのかもと思っていました。「愛人を辞めさせられたら上級侍女になれば良いですよ」などと言って、上級侍女の仕事についてカムライール様に教えて差し上げたりしていました。
ですが、殿下との夜を何度か過ごす内に。カムライール様の心境に少し変化が出て来たようです。カムライール様は、最初は殿下に全く興味をお持ちでなく、おいでになれば精一杯お相手するのだけど、来なくても特に気にもしないという感じだったのです。
ところが次第に「今日はおいでになりません」と侍従が言いに来るとがっかりしたご様子を見せるようになりました。お食事も進まず、溜息などを吐く始末です。昼間にも「王太子様はお疲れのようで心配です」などと殿下についての話題を口にすることが増えました。
自分のものは何も買わないのに、殿下の為に外国から疲労回復に良いというアロマや入浴剤、食べ物を取り寄せたりもしていました。どう見ても殿下に対して特別な情を抱きつつあると思われます。それでいてお二人でいるときにカムライール様があからさまに殿下に甘える事はありませんでしたし、もっと来て欲しいと要望することはありませんでした。
その事についてカムライール様はこう仰っていました。
「王太子様のお求めで無いことはしたくありません」
カムライール様の行動はこの頃から一貫していました。殿下の事を自分より優先されるのです。この頃はまだ自覚は薄いようでしたが。段々と自分の事を捨ててでも殿下のお為になる事を優先するようになります。
殿下は頻繁には通わない内から段々とカムライール様に依存してゆきました。カムライール様を愛人になさってから精神状態が非常に安定したようで、お通いにならない時にもご機嫌が非常に宜しいと殿下の侍女に聞きました。カムライール様が何をしているかを尋ね、楽しそうにしていると聞くと非常に満足げなのだそうです。
お通いになった時にはあの仏頂面は何処へやら、非常ににこやかでご機嫌で、カムライール様の日々の生活のことを聞いて頬を緩ませ、侍女時代のカムライール様の失敗話を聞いては声を上げて笑っています。カムライール様も殿下のお肩を叩いたり、耳掃除をして差し上げたりと甲斐甲斐しくお世話をしておりました。見るからに仲睦まじいのです。
これはクビどころかその内お通いが増えるだろうと思っていたら案の定です。その内週一が三日に一度になり、すぐに二日に一度になりました。この頃にはお二人はもうお互いにラブラブで、ベタベタベタベタとまぁ、お部屋にいるときは殆ど離れない有様でした。一緒にいられる時間が増えてカムライール様もご機嫌でした。反面殿下がお通いにならない日には火が消えたように寂しがるようになってしまいましたけど。
ついにお通いは二日に一度になりました。もうここまで行くと面倒臭いから一緒に住んでしまえ、と侍女達は思い始めていましたね。
ですが一つ問題がありました。お二人の閨の問題です。それというのはお二人の房事が段々と激しくなってきたのです。
そもそも殿下は処女喰い王子などと呼ばれていますが、房事をお好みではありませんでした。本当の好きモノなら淡白に一回やってお終いとはならないと思われます。殿下が令嬢を食い散らかしたのは令嬢と絶縁する目的があったためでした。その為、令嬢が近付かなくなればもう女を抱く事には何の興味も示さなかったのです。
ところが、カムライール様と肌を重ねられる内に房事の楽しみをお知りになったのでしょう、女を愉しませる事に悦びを覚えるようになったと言いましょうか。一晩に何度も致すようになったのです。カムライール様を感じさせ、彼女を絶頂に追い詰めるのを楽しんでいるようで、カムライール様は大きな声をあげて一晩に何度も果てるようになりました。
なんで私がそんなことを知っているのかといえば、不寝番で何度か扉に前に控えていたからですわ。不寝番は名誉な仕事で上級侍女の仕事なのです。ですが、年若いほとんど処女の私達上級侍女には、お二人の激しい行為はあまりにも刺激が強く、最終的には房事のある日の不寝番は年配の下級侍女に任せる事になりました。
それは兎も角、そんなねちっこい房事を二日に一度もされたらたまりません。カムライール様はヘトヘトになってしまわれました。私は侍女長を呼び、カムライール様が事情を訴えます。すると侍女長がお話をしてくれたらしく、その日いらした殿下がカムライール様に謝りました。
この頃にはもう殿下はカムライール様を本当に大事になさっており、カムライール様の言う事は何でも聞く状態でした。カムライール様が最上の贅沢を望んでも全て与えられたでしょう。しかしカムライール様は全然贅沢には興味を示さず、宝石一つ欲しがらないのです。
妙に律儀な殿下は、愛人の所に通うのなら房事は必須なのだと思い込んでいたようで、別に房事はしなくても良いのだと分かると逆にお喜びになりました。そして次の日からは毎日お通いに、というか、カムライール様のお部屋で同居なさるようになったのです。
殿下と同居なさるようになってカムライール様は非常に嬉しそうでした。ただ、この頃からカムライール様は殿下とこれ以上仲良くなるのを恐れるような素振りを見せ始めます。
「私は愛人だから分を弁えないと」
などと仰るのです。以前はクビになったら上級時侍女になるからいいわ、などと仰っていたのですが。この頃には殿下に捨てられる事を恐れるようになっていました。そんな心配はいらないくらい殿下とカムライール様は仲睦まじいと思うのですが。
私がその事を侍女長に報告すると、侍女長は驚いた後「そろそろカムライール様に爵位を授けていただきましょうか」と仰いました。王家のご愛人様は流石に侯爵家の愛人などとは格が違い、正式に爵位を賜るのだそうです。カムライール様はこれまでは殿下の私的な愛人でしたが、爵位を頂いた瞬間、公的な愛人様。事実上の第二婦人となるのです。
私は平民出身のカムライール様が爵位まで与えられるお立場になられるとまでは思っていなかったので驚きました。ですがこの頃にはもうその事を素直に喜び、納得出来るくらいカムライール様に忠誠心を覚えていました。侍女長と殿下の間で話はとんとん拍子に進み、王宮も巻き込んでどんどん大事になります。
もちろん、聞かされたカムライール様は仰天です。パニックです。詳しい説明を侍女長から受けて頭を抱えてしまいました。喜ぶべき事態だと思っていた私はカムライール様が何を危惧しているのか全く分かっていませんでした。
カムライール様はダンスの教師を招いて練習を始めたり、私を相手にお作法の復習を行なったり、主要な貴族の名前や特徴を覚えたりと懸命にお披露目会の準備を始めました。あまりに寸暇を惜しんで棍を詰めて勉強しているので、私がお諌めしますと、カムライール様は首を横に振りました。
「私が失敗すれば王太子様のご迷惑になります。私は絶対に王太子様にお恥をかかせたくないのです」
もっとも、カムライール様はダンスもお作法も十分にお上手です。実際、お披露目会では見事に堂々とやり遂げられました。大変お疲れになったようでしたが。
お披露目が済み、爵位を与えられてカムライール様が殿下の公的な愛人として認められると、今度は社交の招待が激増しました。それと共に、カムライール様には社交の主催義務が生じました。社交に疎いカムライール様のために、私は以前より培ってきた社交開催のスキルを発揮してお助けしました。まぁ、予算無制限のお茶会や夜会を主催出来る事など私自身には無いでしょうから、以前からやりたい趣向を実現するには良い機会でした。存分に腕を振るわせていただきましたよ。
カムライール様には大変感謝され、私もますますカムライール様への忠誠心を厚くしました。
ただ、私はこの頃からカムライール様の事が少し、お可哀想に思えるようになっていました。
カムライール様は欲が薄く、ほとんど自分の欲求を訴えることをしません。ほぼ唯一の欲求は殿下と仲良く暮らしたい、という事です。ですがたったそれだけの小さな望みのために、カムライール様は多大な苦労を強いられていました。
愛人となりお屋敷に閉じ込められ、慣れない儀式の場に引っ張り出され、夜会で注目され、令嬢達の悪意に晒され、社交の開催を強いられ、そのために一生懸命勉強し、慣れない主催者として懸命に振る舞ってヘトヘトになっています。
実はそのどれもカムライール様のために必要な事では無いのです。殿下の公的な愛人でいるために必要な事なのです。お相手が王太子でなければ必要無い事なのです。殿下がカムライール様を見初めなければカムライール様はこんな苦労をしないで済んだのです。私は殿下に対して、以前とは違い意味での怒りを覚えるようになっていました。
だた、殿下も以前の鬼畜王子からは想像も付かないほどカムライール様に対して細やかに気を遣われていました。侍女長や私に対してカムライール様に無理をさせないようにと厳命なさり。少しでもカムライール様が元気が無いようならすぐさま社交を断ってカムライール様をお休みさせました。社交の場では殆どカムライール様の側を離れず、カムライール様に悪意が向かぬように女性から誘われても以前の様に乱暴に追い返すのではなく如才なく対応して、穏便に断っています。
殿下にお気を遣われてカムライール様は大変殿下に感謝なさり、その恩返しとばかりに殿下に更に尽くされる。するとそれを喜んだ殿下がまたカムライール様を大事にされる、という具合にお二人の関係はどんどん深まっていきました。それを見ていた私達上級侍女は、何というのか、自分たちの不明を思い知りました。私達は果たして、殿下を誘惑した時に殿下の都合や心情に想いを致したでしょうか?全く殿下の事情を忖度せず、自分の都合と欲求を押し付けただけだったのではないでしょうか。
それでは殿下に振り向いてもらえなくても当たり前です。カムライール様に敵わなくても当たり前です。愛情とは与え与えられるもので、一方通行であってはならないとお二人のご様子を見て学習したわけです。殿下が鬼畜王子であるのは事実としても、殿下がそうなられたのにはやはり私達求婚していた令嬢たちの方にも問題があったと言えましょう。
カムライール様が公的なご愛人様になられてからしばらくして、実家から「侍女を辞めて帰って来て良い」と連絡がありました。どうやら、カムライール様の筆頭侍女としてお勤めしている私に、カムライール様との関係を深めたい侯爵家が目を付け、次男の伯爵との縁談を持ちかけて来たらしいのです。
ですがこの時、私は苦労に苦労を強いられているカムライール様をお助けしたいと強く思っていましたから、それを断りました。カムライール様の生活が落ち着くまで待って欲しいとお願いしたのです。カムライール様は私の事を本当に頼りにしてくださり、常に感謝を下さいました。私もお返ししたかったのです。カムライール様はこの頃から殿下の御子を産みたいと仰って色々と方法を試していました。私も色々と聞き込みをしたり、書物を集めたりしてご協力致しましたよ。私はせめてカムライール様が御子を産むまで侍女を続けよう。そう思っていました。
カムライール様が妊活を初めて半年くらいして、見事にカムライール様はご懐妊なさいました。カムライール様は驚き喜び、私も大いに喜びました。殿下は「自分の子か?」などと仰ったので私は本気で切れるところでしたよ。
ところが、カムライール様の妊娠生活は本当に大変だったのです。侍女である私も毎日毎日大変な日々が始まりました。
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