救われたい人と死神の話

こぷり

救われたい人と死神の話

「橋の上で川を見ないで」って高校生の頃社会の先生に言われたことがある。

なぜかと言うと川の流れを見ていると飛び込みたくなるから…だそうだ。

あの時の私は何となく聞いていたけど今なら分かる気がする。

高校を卒業してすぐ社会に出るのが嫌で何となく大学に入り、卒業し何となく社会人として会社に入った私だったが要領が悪く仕事でミスを繰り返したり、自分より遅く入った私に言葉の暴力で攻撃してくる先輩たち、それを見て自分は標的にされずにホッとしている同僚や後輩…そんな毎日を三年も過ごした私は気持ちも体もボロボロだ。

だから橋から飛び降りて自分の人生の幕を閉じようとしている。


もう疲れてしまった…


どこで間違ってしまったのか…私は自分の怠けさや一番大事な時期を台無しにしてしまった。


「もう終わっちゃおうかな…」

誰にも聞こえない小さな声で呟いた時


「こんな所で何をしてるんです?」


男性の声が聞こえてきた。


声のする方を見ると、黒いマントにフードを深く被った男性が立っている。

歳は私より年上・・・いや年下?


「川を見ていました」

「川?なぜ?」

「……飛び降りて死のうかなと」

「こんな浅い川にここから飛び降りても死なないですよ」


笑いながら黒いマントの男は言った。


「浅くても川の中に大きな石が沢山あるように見えるし、打ち所が悪ければそのまま死ぬことができるかもしれないですし」

「死ぬことは怖くないんですか?」

「怖いですよ…でも生きるのが辛い。まぁ‥自分で選んだ道を歩いてきたのがこの結果です。自分が悪いことは分かってる。頑張りもせず、怠けて楽な方ばかり選んできたんだもん…結果がこれです。ただ歳を取っていくだけでこの先の未来には何もないし、真っ暗…」


「そうですか」


「はい」


「だけど成功する人なんて一握りだし、多くの人はあなたのような人ばかりですよ」

「…」

「僕は色んな人を見てきた。自分の夢のために一生懸命努力をし成功した者もいれば、君のように自分を責めて人生に絶望している者、周りに流されながら生きた者…貴方は人より少し生きるのが下手かもしれないけど、自分で人生を終わらせちゃいけないですよ」

 

「あなたは…誰ですか?」

「皆さんは僕を死神と言います。僕はね君よりずっと色んな人間の人生を、世界を見ている。僕から見たら君の見ている世界は狭くてまだいくらでもやり直せる…今死ぬのはもったいないと思いますけどね」

「死神なのに生きようと前向きな言葉をかけてくれるんですね」

「僕は死神です。僕は人生を全うした魂をあの世に連れて行くのが仕事だけど、君の魂はまだ連れていけません」


「…」

 

「考えがあるんだ。僕に君の人生の手伝いをさせてくれませんか?」

「他を探した方がいいんじゃないですか?」

「君がいいんです」

「なんで私なんですか?」

「なんでだろうね…何となく君がいいんだ」

「…」

「ダメですか?」

「…」

「君はもしかしたら明日車にひかれて死ぬかもしれない。病気で後数年、数か月の命かもしれない。今ここで死ななくてもいつかは寿命を全うするんだ。だから自ら命を絶とうとしなくてもいいんだよ?」


「…」


「ぼ・・・僕といると楽しいですよ?」


なんだか宗教勧誘とか、高い壺を買わせようと必死な人みたい。


「…ふふ…分かりました。何だかあなたのその必死さを見ていたら今はどうでもいいような気がしてきました」

「僕、そんなに必死ですか?」

「黒いマントに頭から深くフードを被った…ふふ…笑っちゃいけないのかもしれないけど…久しぶりに笑ったかも。あ、でも死神って大きい鎌を持ってるイメージがあるのにあなたは持っていないのね」

「今の死神は鎌を持ちません。相手に恐怖を与えるだけですから。君を笑わせられたから…良かったのかな?」

「…多分?」

「じゃぁ、良しとしましょう。僕は君を守る、君は君の人生を今から楽しく生きる!」


「…もしかして、私とあなたは24時間一緒にいるってことですか?」

「お構いなく」

「いや、お構いなくって」

「僕のことはいないものと思ってください。最初は気になるかもしれなけど日を追うごとに気にならなくなりますから」


死神は笑いながら言った。

きっとフードで隠された顔は満面の笑みなんだろう。



 

それから死神と私の奇妙な生活が始まった。

 

死神は『死神』らしくない死神だった。

 

「大丈夫、僕が守ってあげる」


彼は口癖のように私にいい聞かせてくれた。私にはその言葉は安心する精神安定剤のようだった。

私がへこんでいると隣で励ましてくれたり、嬉しい時は一緒に喜んでくれたり、私が知らないことを教えてくれたり…友達のような兄のような存在でいつの間にか死神が自分の隣にいることが当たり前のようになっていた。


私の生活に死神が花を咲かせたように…

 

私は新しい職場の同僚との結婚が決まり、死神さんに報告した。


『おめでとう、君は今まで頑張ってきたんだ。これから君はもっと幸せにならなきゃいけないよ』

死神さんは変わらずフードを深く被ったままそう言ったけど、私はきっと切ない表情で笑いながら言っているんだろうなと思った。

 

そして、次の日から死神さんを見ることはなかった。 



月日は流れ…


「死神さんいる?」

「いるよ、ここに」

病室のベッドから窓の外を見ると空は雲一つない青空が広がっていた。

あの日橋の上で初めて会った時も今日のように雲一つない青空だった。

「私ももうおばあちゃんになってしまったわ。私はあとどれくらい生きられるかしら?」

「…」

「私ねあの橋の上で死神さんに会えたこと、今では本当に良かったと思っているの」

「それは良かった」


「実はね死神さんには言ってなかったことがあるんだけど・・・私には兄がいたの」

「お兄さんが?」

そう。兄と言っても私が小さい時に病気で亡くなったから私には記憶があまりないのだけど…母がよく兄の話をしてくれたわ」


「どんな話?」

「体の弱かった兄だけどいつも私のことを話してて『病気が治ったら僕が妹を守る』とか、『病気が治ったら沢山遊ぶんだ』とか話してたんだって…叶わず終わってしまったけど」

「優しいお兄さんだったんだね」

「兄は成人してすぐに亡くなったと聞いたわ。私も兄と沢山遊んだり、話したりしたかった…だからあなたは私の兄のような存在、ありがとう」

「私は十分生きた。人並みの生活を送れたわ。私には勿体ない人と出会って、子どもを授かって私の子供達も結婚して孫もこの手で抱くことができた…これ以上の幸せはないわね」

「本当はね橋の上で私は死ぬことが怖かったの。だから死神さんが声をかけてくれて良かった。だけど今は怖くないわ、きっとあの人があの世で待ってくれているから…」

「あの時僕は君の命を救ったわけだ」

「そうね。きっとあの時、救われたいって気持ちがあって運よく死神さんに助けられた…そんな人世界中探してもきっと私だけね」


二人はクスッと笑った。


 

「ただ…」

「ただ?」

「一つだけお願いがあるの」

「なんでしょう?」

「あなたのお顔が見てみたいわ。いつもフードを深く被っているでしょう。あの世に行く前に見たいの」

「見ても面白いものではないですよ?それに僕はイケメンでもないし…不細工です(笑)」

「それを決めるのは私よ?あの世であの人に会った時に死神さんとの話をするの。どれだけ私が助けてもらったかを」

「そこまで言うなら…仕方ないね。見てもガッカリしないでよ?」

 

そう言った彼がフードおろし顔を見せてくれた。

 

そこには昔母から写真で見せてもらった兄の姿が。

 

私はプレゼントを貰った子供のような笑顔で


「あぁ…やっと会えましたね」


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

救われたい人と死神の話 こぷり @kopuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ