第3話:会議一発目

「じゃあ折角だし一回目の作戦会議してみますか!」

 カフェのマスターから窘められ、俺たちがとしている中、沈黙を破ったのはやはり前原担当だった。



「作戦会議って…何すればいいんですか。」



 正直俺は今まで構想段階までは一人でやってきたから、こんな風に誰かと相談しながら書けと言われても、はいそうですか、と素直にはいけない。確かにと言った顔で考えた後、早瀬の方を向く。



「早瀬ちゃん、ラブコメって読む方?」

「…いえ、正直あんまり読まないですね。」

 申し訳なさそうに言う早瀬。

「ほら、じゃあ駄目じゃないですか!どうやってラブコメ読まない人間が執筆の協力できるんですか!」



「いえ、むしろ丁度いいくらい。」

 そう言って彼女は紙束をばさっと早瀬に手渡す。どう見ても俺のボツ原稿だ。



「ちょっとそれ読んでみて?」

「あ、はい…」

 やや困惑気味ながらも言われるがまま読み進めていく。


 10分ほど経っただろうか、早瀬は紙束をそっと机の上に置く。うつむいており表情を読み取る事はできない。

「で、読んだ感想を教えてもらえない?」



「正直に言っていいですか?」

「うん、包み隠さずいっちゃって?」

 まあ、ボツになったとはいえこれは自信作し相手はラブコメ初心者だ。『ヒロインの子可愛かったー』とかそのくらいの感想しか出てこないだろ。



「問題点は大きく分けると二つですね。」

 ・・・もんだいてん?・・・ふたつ?


「一つ目は女の子の表現ですね。出てくる女の子が全員なんか男の願望の究極系というか、エゴが具現化したみたいな存在になってて読んでてしんどいですね。」

 おっと…雲行きが怪しくなってきた。


「二つ目は心情描写。主人公がヒロインに恋してる心情描写は持ち前の文章力で生々しいくらいリアルに描写されてるのに対して、ヒロインの子の心情描写があまりにもスッカスカで温度差で最早風邪ひくレベルになってます。」



「ふ、ふーん。ま、まあ?ラブコメ読まないやつからしたらそういう感想になるのかもしれないけど?俺が狙う読者層はもっと若い男性だからな、お前には分からない」



「———あと、」

「あと!?」

 二個じゃねぇの?めっちゃ続きある感じなんですか?上げて下げる感じなの?ジェットコースター式なの?いや、下げて下げられてるからフリーフォール式か。



 一人勝手に悲しくなっている俺に、早瀬は容赦ない追撃を仕掛けてくる。

「デートシーンの描写が雑すぎるとか、日常会話が全然日常してないとか、挙げていったらキリがないですね。」

 素人意見で恐縮ですが、と早瀬は締めた。



「で、この感想を聞いて日向先生はどう思った?」

「・・・」

「ありゃま、メンタルへのダメージがキャパオーバーしちゃった。」

「・・・・・・」

 それは…ルー何柴ですか…?



「打たれ弱いのは昔っから変わってないのねー。」

 一つ小さくため息をつく。

 そのあたりで意識は完全に覚醒する。だが今日は激しく動きすぎたせいか、体がしびれて思うように体を起こせない。


「ふふっ」

 それを見て、前原さんはくすりと微笑む。



「なんですか?そんな思春期の子供を慈しむような眼で見て。」

「いや~?とても今まで仲たがいしてたとは思えないな~って。」

 思わず怪訝な顔をしてしまう。

「別に、私だって好きこいつの事嫌いになったわけじゃない…ですから。」



 おお、なんか知らないうちに興味深い展開になってきた。体は動かせないが俺は黙って事の成り行きを見守ることに決めた。そしてこの感想は前原さんも同じだったようで…



「へえ、なんだか訳アリな感じかしら?」

 おお、ネタを前にして前原さんの目がキラキラし始めた。

「そんな、大した話じゃないですって。」



「あと、早瀬ちゃんのオタク嫌いってのも、嘘でしょ?」

 え?いやいや、前原さんは知らないかもしれないけどこいつのオタク嫌いはかなり根が深いことで有名ですけど…?



 しばしの沈黙の後、ようやく早瀬が口を開く。

「……答えなきゃダメですか?それ。」

 ありゃ?ひょっとして図星か?

「ああ、ごめんごめん!そんなつもりじゃないのよ。ただ…」



 ただ、何だろうか?

「ただ、日向先生をよろしくね。先生、見ての通り繊細だから。」

 前原さん…!俺は、今、モーレツに感動してますよ!



「はい…そこに関しては、保証、できます。絶対、大事にします。」



「「お、なんかデレた。」」

「デレてません!————って、」



 あ、やべ。口に出てた。いつの間にか体の痺れも取れていた。

 おそるおそる上を向くと、明らかにイラついた顔の幼馴染とめっちゃ笑顔の担当さん———いや、正確に言うと眼だけは笑ってなかった。怖い!怖いですって前原さん!



「アンタ、どこから聞いてた?」


「『打たれ弱いのは』辺りからバッチリ聞いてた。」

「ほぼ全部じゃねぇか!」

 鋭いツッコミを入れてくる早瀬。



「まあいいわ。この際聞き耳建ててたのは水に流すけど、ちゃんと早瀬ちゃんの意見は分かった?」



 うっ、そういえばそうだった…

「でも、これはラブコメ読まない人の感想ですよね?俺が狙うターゲット層とは…」


「分かってないわね、日向先生。」

 はぁとわざとらしくため息をつく前原さん。

「なんですか、俺間違ったこと言いました?」



 再び彼女はため息をつく。

「お・お・ま・ち・が・い・です!そもそも、先生の新作ラブコメってどういう風に売り出されるか分かってます?」

「ええと…『”銀狼の翼人”の作者の新作ラブコメ!』とかですか?」

「その通り!で、その帯を見て手に取るのはどんな人ですか?」



 頭の中に書店で俺の新作が並んでいる映像が流れる。

「…ああ!前作から読んでくれている人!」

「そうです!特にこのパスタ丸さんはファンオブファン、一番先生の先品の良さと悪さを分かっている人です!そんな人の意見を先生は聞き流すっていうんですか?」



 すごい正論に聞こえるが、俺も一作家としてここは引き下がるわけにはいかない。

「で、でも!こいつラブコメ読まないんですよ?そんな奴にラブコメの良さが分かるんですか?俺のはラブコメ読者にはちゃんと伝わるよう書けてますよ!」



 俺はこれが没ネタだという事も忘れて猛然と突っかかる。だが一方前原さんはプルプルと震えだす。あれ?なんかめっちゃお怒り?



「舐めるな…」

「え?」

 ごにょごにょと微妙に聞き取れない。


「ラブコメ読者を、舐めるなーーーー!!!」

 突然強い怒りをあらわにする担当さん。ちょっと、また店員さんに怒られますって!



「ラブコメ読者は早瀬さんみたいな初心者さんよりよっぽど厳しい目でラブコメを見るんですよ!?テキトーな萌えシーンや中途半端なラッキースケベは批判の格好の的ですよ?先生も自分が読者に回ったらそう思うでしょ?」



 ここまで一息で言い切る前原さん。さすが編集者、ラノベに賭ける情熱もそうだけど、何より説得力が違うな…



「先生のラブコメは、カレーとハンバーグを混ぜてそこにプリンを添えてるようなもんです!一つずつならいいけど、一緒にしちゃだめでしょ?」

「た、たしかにその通りです!」



「いや、それただのハンバーグカレーのセットじゃ…」

 何か早瀬がごちゃごちゃ言っているが、俺の耳には届かない。



「これで分かった?先生が早瀬さんと協力するべきだって理由が。」

「はい、徹頭徹尾、完璧に分かりました!」

「じゃあ、これでタッグでラブコメの取材もしますね!」

「はい!」

「じゃあ、週末に二人でデートシーンの取材も出来ますね?」

「はい!もちろんっす!」



 ・・・・ん?あの人今なんて言った?顔を上げると蒼白な顔をする幼馴染と、悪い笑い方をする担当がそこにいた。



「よし、言質取れたね。」

「俺、今、何て言いました?」

 いや、まさか大人がそんな汚い手使うわけ…



「うん?週末デートするって言ってたよ。」

「いや、デートシーンの取材!デートじゃないですよ!」

「何だ、やっぱり聞こえてんじゃん」

 くっ、やっぱ手口がかなりタチ悪い…。



「いや、でもこういうのは双方の合意がないと…」

 俺は最後の砦、早瀬にすべてを託した。



「早瀬ちゃん、取材するの、嫌?」

「…別に、嫌じゃないです。」

「!?!?」

「じゃあ決まりね!あ、ちゃんと行くからには作品に反映させてねー。」



 唖然としている俺をよそに段取りを決めていく前原さん。

 まじでか?俺が、こいつと取材とはいえ、デート?



「あ、一応多少は経費で落とせるから好きなとこ行っていいよ~。」

「別にそこ気にしてませんよ!」





 早瀬は何も言ってこないし、本当にこの取材、大丈夫なのだろうか……。


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