第40話 高尾山A級ダンジョン - 第50階層

 50階層へと向かう道中で、気難しい眼鏡の弓使いの佐々木が、凪に話し掛ける。


「一条くん、あの時は疑ってすまなかった」

「あ、佐々木さん。え?」


 佐々木は、気まずそうに視線を逸らしながら眼鏡に手を当てていた。

 はて、あの時……? 何を謝られているのか、記憶を探る。


『今日まで話題にも上がらなかった無能スキルの一ツ星風情が、短期間に三ツ星になれるわけがない。それに、我ら黄昏騎士団が除名した者の名を使って、恩を売るなど騎士団の誇りが許さない。侮辱するにもほどがある』


 あ〜あれか。思い出した。


「あー、全く気にしていないので、大丈夫ですよ。俺も自分自身、以前と比べてだいぶ変わったと思うので、佐々木さんが疑うのも仕方ないのかなって思います」

「そう言ってもらえるとありがたい。君は命の恩人であり、黄昏騎士団トワイライトを救ってくれた英雄だ。私も感謝の念が尽きない」

「そ、そんな恐縮しないでください!」

「ああ……すまないな。だが、最近まで一ツ星だった者が、四ツ星をも凌駕する三ツ星になっているなんて、やはり今でも信じられない。今は君の正体を疑っていると言うよりは、そんなことはどうでもよくなった、という感覚に近い。それくらい君に感謝しているのだ」

「あ、ありがとうございます」


 佐々木は”超”が付くほどに律儀な男だった。


「それと、君にはもうひとつ、謝らなければならないことがあるんだ」

「え? なんでしょうか?」

「実は2年前、君の除名を進言したのは……俺なんだ」


■■■


 2年前。黄昏騎士団トワイライトギルドの会議室の一室にて、佐々木は虎徹に対して、凪の除名を進言していた。


「マスター! あの一ツ星固有職業ユニークジョブの少年は、自分の周り数mを詳しく視るだけのハズレスキルです。あの程度の探知など、熟練のハンターであれば造作もない。なぜスキルになっているのか理解に苦しみます。攻撃も出来なければ防御も出来ない。なんの取り柄もない無能に違いありません。そんな無能な彼への莫大な契約金も、ギルドメンバーから不満の声があがっています! どうか、彼の除名をご検討ください!」


 佐々木の進言を黙って聞いていた虎徹の眉間に深いシワが刻まれる。


「………………わかった。一条凪を除名しよう」

「決断、ありがとうございます。それでは、早速手続きを済ませてきます」

「待て、佐々木」


 虎徹の決断を聞いてすぐさま踵を返した佐々木は呼び止められた。


「なんでしょうか?」

「いいか。私は一条凪が無能だからと言う理由では、除名はしない。この世に無能という理由で切り捨てられる人は居てはならない。全ての人に可能性があると私は思う。私は……父とは違う」

「……?」


 虎徹が苦虫を噛み潰したような険しい表情をする。


「だが、今回の件に関しては、”無能”だからという以前の話だ。戦闘能力のない者が、ダンジョンに潜入するというのは、死にに行くことと同義だ。私は一条凪を見殺しにすることは出来ない。彼のためにもハンターを諦めてもらった方がいい」

「かしこまりました」


 虎徹は、ふぅと嘆息し、憂うような目で呟いた。


「彼はまだ若い。ハンター以外の選択肢も見つけられるだろう。酷ではあるが、少々強引に突っぱねよう。きっぱりとハンターを諦められるように……」


■■■


 佐々木は当時の虎徹との会話を淡々と語った。

 凪は、それを静かに聞いていた。このダンジョンで虎徹と関わったことで、悪人ではないことは理解できた。それどころか、日本最大規模のギルドの長にふさわしい威厳と寛容さを兼ね備えた傑物であると思う。だからこそ、話を聞いていて違和感はなかったし、虎徹らしいなとさえ思った。


「マスターを恨まないでやってくれ。彼は……ただ不器用なだけなんだ」

「ははは、そうですね。俺のことを考えてのことだったのに、不器用なのかもしれないですね……佐々木さん、話してくれてありがとうございました」


 虎徹もそうだが、佐々木も不器用な人だと、凪は思った。

 黄昏騎士団トワイライトは、堅物で不器用な人間が多いな。ギルドのカラーなのだろうか?

 そんなことを考えながら、凪は少し笑った。


■■■


 一行は、高尾山A級ダンジョン、第50階層に辿り着いた。


 50階層に足を踏み入れた、瞬間。

 押し潰されるような魔力の重圧が襲いかかる。

 すぐに<広域感知>でダンジョン全体を視てみると、ひらけた空間に人間ほどのサイズの何者かが佇んでいる。

 この感覚は、間違いない――悪魔がいる。

 アクアの時と同様の感覚だ。


 辺りを見回すと、皆カタカタと震え、嫌な汗が吹き出し、自ずと進む足が遅くなっている。

 想像を絶する程の強大な敵に立ち向かうことに理解が追いついていない様子。

 まさに死地へと向かう、その足取りは重いといったようだ。

 45階層での戦闘に勝利したことで少し浮かれていたパーティ一行は、これからがこのダンジョンを攻略する上での本番であることを理解した。


 神崎が険しい表情で凪に話し掛けた。


「一条くん、君とアクアさんは、どうしてここまでの魔力にさらされても、平然としていられるんだ?」

「え? えーと、似たようなことが一回あったからですかね?」

「き、君はどれほどの困難を乗り越えて来たというのだ……」


 あんぐりと口を開けて驚愕する神崎。困難っていうか……一回目は、いま俺の隣でのんきに棒キャンディーを舐めながらピクニックにでも来たかのように能天気でいる、このアクアさんなんですよ。

 あの時、アクアの佇むフロアの扉を開いた時は、本当に拍子抜けだった。


 一行は、ダンジョンキーパーの佇むフロアの前まで辿り着いた。

 魔力による重圧は、一層強くなっていて、パーティ一行にも緊張が走る。


「虎徹さん、それでは行ってきますね」

「あ、ああ。無理はするなよ。絶対だ」

「わかっています。危険と判断したらすぐに戻ってきます」


 強大な魔力を持つ悪魔。

 とはいえ、アクアと同様にコミュニケーショが可能なのであれば、交渉はできるはずだ。

 ヤバそうであればすぐに助けを呼ぼう。

 まずは先制攻撃を喰らわないように注意を払う。


 凪は、意を決して扉を開いた。


『お待ちしておりました』


 ――バタン


 ボスフロアに入ろうと扉を開いた瞬間、かき氷を口にかきこんだかのようなキーンという衝撃が頭を貫いた。

 フロアに居る悪魔からの<念話テレパシー>だ。

 なんだかデジャブなんだけど、悪魔って<念話テレパシー>が、苦手なのか?

 近くに居た神崎も頭を抑えているが、アクアはケロリとしている。


「あの、アクアさん? あなたは平気なんですか?」

「?」


 はて、と言った表情でこちらを見るアクア。悪魔は頭の構造が異なるのか?

 どうやら悪魔同士の<念話テレパシー>は、特に問題ないようにみえる。


「アクア、ちょっと先に入ってもらってもいいか?」

「なんじゃ、お前様よ。ビビっておるのではあるまいな? まぁいいじゃろう。妾が先陣を切ってやろうぞ」


 そう言って意気込むアクアは勢いよく扉を開ける。


『どうして扉を閉めるのですか? 恥ずかしがり屋さんなのでしょうか。おや、貴女はアシュタ……』


 ――バタン


 アクアが何事もなかったかのように扉を閉めた。


「え、おい! なんで閉めちゃうんだよ!」

「いや、なんじゃ、その……面倒くさい奴が目に入ったんでな。つい……」

「『つい』って、お前……」


 ――がちゃ


『なんでまた閉めるのですか? 焦らしプレイなんですか?――あ、そういうことですか。すみません』


 笑顔で怒りを露わにしていた声の主が扉を開いた。が、すぐに申し訳なさそうにしている。

 扉の前に集まっていたパーティメンバー一行が、全員頭を押さえる姿を見て、どうやら察したようだ。


 そこに立っているのは、褐色の引き締まった筋肉を黒シャツに白ベストと白パンツで包み込み佇まいから上品さが伺える、金髪紫眼の青年だった。


「はぁ……よりにもよってお主がおるとはのぉ。ベルゼビュート」

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